100人で木を切りに行こう
討伐隊の先頭が洞窟に近付いた頃、中央で馬に乗る1人の男が高らかに吠えた。
「全体止まれ!!」
胸当てとボロい剣だけを持たされた男たちが、額から流れる大粒の汗を拭う。
周囲から聞こえる悲鳴のような息づかいを気にもとめずに、馬に乗る男が背後へと視線を向けた。
「准男爵様、少々お話が」
そこにいるのは、木で出来た台に乗る小太りの男。
その下では、6人の男たちが必死にその台を担ぎ上げていた。
死にそうな表情を浮かべている男たちを尻目に、馬から下りた男が片膝を地面に付けて小太りを見上げる。
「前方に敵基地と思われる洞窟を発見しました、指示をお願いします」
恭しく言葉を紡げば、チラリと空を見上げた小太りの男……准男爵が満足そうにうなずいた。
「昼前に到着か。お前らのようなクズにしては、良くやったほうだな。お前を兵士長にしたワシの目に、狂いはなかったようだ」
「はっ!! 恐悦至極に存じます」
准男爵の言葉を受けた兵士長が、深く頭を下げた。
軽やかな足取りで馬に乗り直して、大きく息を吸い込む。
「ここに本拠地を設置しろ!! それが済み次第、洞窟に攻撃を仕掛ける!!」
「「「はっ」」」
精一杯の声で兵士長の命令に応えるも、周囲にいる男たちは今にも死にそうな表情を浮かべている。
街を出てから2時間余り。
重い荷物を持ちながら走り続けた彼らは、すでに疲労困憊だった。
「……、……おい、ジェイ。マラソンの後は穴掘りだとよ」
「……は、はっ……、は……」
「いや、返事はいいさ。……倒れるなよ」
特に今回が初参加の者は、今にも死にそうなほどだ。
そんな彼らを見とがめた兵士長が、もう一度大きく息を吸い込む。
「ゴミ共!! 手の動きが遅いぞ!! 罰として昼飯は抜きだ!! しっかりと国のために働け!! わかったか!?」
「「「「はっ!!」」」」
疲労と空腹の体にムチをうち、防衛のための空堀や准男爵用のテントを必死の思いで作っていく。
木陰で眠る准男爵を殺したいとさえ思ったが、兵士長の目が光る中での反乱は、出来そうもなかった。
「准男爵様、本部と堀の設営が完了しました」
「……んぁ? …………そうか、それで? 姫の首はいつ届く??」
「はっ!! 今すぐにでもお持ち致します。少しだけこちらでお待ちを」
「そうか、良きに計らえ」
再び目を閉じた准男爵に背を向けて、兵士長が顔をゆがませた。
すこしだけ距離をとり、手頃な石を蹴り上げる。
「無能な豚が」
ツバと共に吐き捨て、敵がいるであろう洞窟へと視線を向けた。
右手を大きく掲げれば、木陰に隠れていた男が近付いて来る。
その男に視線を向けて、兵士長が口を開いた。
「敵に動きは??」
「今のところありませんな。逃げも攻めもせずに引きこもっているようです」
「ちっ、とんだ腰抜けを掴まされたか……」
敵の前で無防備な姿をみせて、出て来たところを隠れていた手練れで取り囲む。そんな予定だった。
だが、その作戦は不発のようだ。
「仕方がない。10人ほど突っ込ませて様子を見るか……」
さすがに人を送り込めば、動きもあるだろう。
めんどくさいとばかりに、兵士長がため息を付く。
そして、いけにえ役の10人を決めるために、周囲の一般兵を目を向けた。
――そんな矢先。
「敵だぁ!! 敵が出たぞ!!」
隊列の後方がにわかに騒がしくなった。
慌てて目を向ければ、両手にナイフを持った少女の姿があった。
その周囲には、何十羽ものカラスが飛び回っている。
「なんだあれは?」
敵の姿はひとり。
一般兵をすり抜けて、准男爵のいるテントに向かっているように見えた。
「ちっ!!」
いくらムカつく相手とはいえ、この作戦の責任者。
敵をそのまま行かせるわけにも行かなかった。
「敵は少女ひとりだけだ!! 取り囲め!!」
指揮棒で少女を指し示し、一般兵に指示を出す。
「ぐぉぉ!! なんだこのカラス!!」
「くそ!! 邪魔だよ!!」
近くにいた男たちが少女に近付けば、周囲にいたカラスたちが群がってきた。
「ひっかくな!! どっかいけよ!!」
あるものは爪を立てられ、あるものはクチバシでつつかれる。
痛みはないが、本能的にひるんでしまう。
とにかく邪魔だった。
そうして腰が引けた兵士の横を少女がすり抜けて行く。
「ちっ!! あいつらを集めろ!!」
隣にいる男に命じながら、兵士長が地面を蹴った。
「邪魔だぁぁ!!」
飛びかかってくるカラスを左手の盾で弾き飛ばし、少女に向けて剣を振るう。
振り下ろした剣が、2本のナイフに当たった。
「なっ!!」
そのまま力で押し切ろうと思ったが、びくともしない。
驚きで表情を歪めれば、剣を横なぎにはじかれた。
「ちっ!!」
バックステップで距離をとる。
対峙した少女の雰囲気が、すこしだけ鋭くなった。
(姫の隠し玉か!?)
ナイフの構えに隙がない。
負けないとは思うが、無傷では済まない相手に見えた。
だが、その足は完全に止まっている。
「取り囲め!! 正規兵に道をあけろ!!」
少女が逃げないように視線で圧力をかけながら、周囲に指示を出す。
少女と兵士長を中心に、人の輪が出来た。
「大将、面白そうなやつとやってんじゃねえか。まぜてくれるか??」
「わぉ、いい構え。先輩、脅して仲間にしたらどうっすか?」
森の中に潜ませていた部下たちが、続々と集まってくる。
これで少女に逃げ場はない。
相変わらずカラスたちが向かってくるが、ただ邪魔なだけだ。
「殺せ!!」
「「「うぉぉぉぉーー」」」
兵士長の命令に、部下たちが吠える。
我先にと飛びかかった。
ーーその瞬間。
「くっ!!」
少女を中心にまばゆい光が放たれた。
思わず目を閉じれば、部下たちの小さな悲鳴が聞こえてくる。
「なんだ!?」
足元に大きな揺れを感じた。
立っていられそうもないほどの、大きな揺れだ。
「あいつは!?」
地面に手を突きながら周囲を見渡すも、少女の姿はない。
なにが起きているのか理解出来ないが、敵の策略にハマったことだけはわかった。




