森に木は隠れない
商人の姉妹が仲間に加わる2週間も前のこと。
王都にあるお城の中に、第1王子スバルの声が響いた。
「なに? サラ様とアリス様が手を組んでいるだと!? その話は本当か?」
「はい。証言を元に足取りを追ったところ、洞窟の中に付与魔法と土魔法の痕跡を発見しました。使用時期にズレはないとのことです」
「そうか……、報告ご苦労だった。下がっていいぞ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げた男が、逃げるようにスバルの前を去っていった。
静かに事態を飲み込んだスバルが、そばに控えるギルに視線を向ける。
「これは早々に始末するべきだな?」
「はい、私も同意見です」
しっかりとうなずいた側近の姿に、すこしだけ表情を引き締める。
脳内で素早く現状を把握し、最善の手を思い浮かべた。
「隊の人数は100人を目標とする。トップと親衛隊以外に既存の兵は使うな。
わかっているとは思うが、弟の件もあるんだ。兵站は最小限、くれぐれも王都の守りを割くことがないようにな。以上だ」
「畏まりました。それでは、討伐隊の長を決めて参ります」
素早く立ち上がったギルが、部屋を飛び出していった。
今日のうちに各村への伝令が伝われるだろう。
「悪くない展開だな」
そうつぶやいたスバルが、ニヤリと口元をゆるめた。
サラとアリスが手を組んだのは痛いが、制御出来ないとは思わない。
100人程度の軍では勝てないまでも、牽制には十分だろう。
今後の展開を予測したスバルの口角が、楽しげにつり上がった。
「いつまでも洞窟の中でもがいてるといいさ」
くくく、と口の中で笑い声をもらした。
差し向けた兵を殺せば、この国の住民から恨みを買う。
戦いを終えてしまえば、国民の敵だと仕向けることが出来る。
勝とうが負けようが、情報操作をすれば問題はないと思えた。
「愚妹どもがくっついた理由だけが、どうしてもわからんな?」
唯一それだけが不安だが、些細なことだろう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
1週間後のとある町の一角。
周辺の村から集められた男達が、豪華な宿の前で世間話に花を咲かせていた。
「ジェイじゃないか。お前も参加させられるのか?」
「あぁ、誰かと思えばマシューさんですか。お久しぶりですね」
声に元気はあるが、2人の表情は暗い。
これから行われる戦いに、誰しもが表情を落としていた。
「今回出ておけば次は出なくていい、と言われましてね」
「そうか。次回は第1王子と第2王子の戦いの可能性があるから、そちらに参加させられるよりは良いか……」
「そういうことです。その戦いが長引いたら、結局は徴兵されるんでしょうがね」
すこしだけ声を落とした男が、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「無事に生きて帰りましょう」
「そうだな。今回は給金が出ないからって母ちゃんがプンプンなんだ。早く終わらして帰らないと、俺が怒鳴られちまう」
「うちも、死んだら呪ってやる、って送り出されましたよ」
額に手で角を作った男たちが笑いあった。
食事こそ与えられるものの、黒くて硬いパンが1つ。給料は一切ない。
そんな内容で集められた人々は、自分から望んで来た訳ではない。
誰しもが村のため、家族のためと、気持ちを奮い立たせていた。
そんな彼等の前に小太りの男が姿を見せる。
もったいぶるような仕草でゆっくりと歩けば、高い位置に設置された豪華な椅子に腰掛けた。
周囲から音が消え去り、小太りの男が口を開く。
「敵はたったの4人だ。お前等は俺の手足となって動け。いいか、決して俺の作戦を邪魔するんじゃないぞ」
「「「はっ」」」
胸に拳を当てて頭を下げれば、小太りの男が豪華な宿の中へと消えていく。
その代わりとして、鍛えられた肌を見せる男が前に立った。
「訓練を開始する。まずは部隊分けからだ。その方から一列に並べ」
それから1週間。
十分な飯も食えずにきびしい訓練をさせられた彼等は、隊列を維持しながら戦場へと向かう。
「生きて帰りましょう」
「あぁ」
誰しもが愛する家族を心の中に思い浮かべていた。




