道端会議
無事に檻から生きて出られた俺は、スーツからこの国の一般的な衣装だという服に着替えた。
着心地は悪いが、
「そのまま、外に出ると騒ぎになると思うよ」
とサラに断言されてしまったので、仕方がない。
サラから教えてもらった裏道を使って城を脱出し、城下町に出る。
兄達を刺激する可能性があるため、サラは城を抜け出せない。
なので現在、俺1人だ。
正直な話、1人きりは不安なのだが、それも仕方がない。
だが、そんな俺の不満の声も、街に出た瞬間に吹き飛んでいった。
「おぉ……」
赤いレンガで統一された家々に、茶色い石が敷き詰められた道。
ある者は1メートルを超える剣を身に着け、ある者は三角形の帽子に真っ黒なローブを身にまとっている。
子供の頃夢見たファンタジーの世界、そのものだった。
「……すげーな。……ほんとに異世界なんだな」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
心のどこかで、サラの話はドッキリなのではないか、と思っていたのだが、その小さな欠片さえも粉々に打ち砕かれた。
(日本に良い思い出がないからかもしれないけど、案外なじんでる俺ってすごいかもな)
そんなことを思いながら、人の流れに乗って道を進む。
一応の目的地はあるのだが、そこよりも前に道端の屋台が目を引いた。
「どうだい、そこのかっこいいお兄さん。1本食べてかないかい??」
恰幅の良いおばちゃんが、両手に肉を持って笑っていた。
綺麗な刺しの入った肉が、燃えさかる炎の中で焼かれている。
立ちこめる香りに吸い込まれるように、足が動いていた。
「お姉さん、それって何の肉?」
「ラビッドベアーの肉だよ。1本で鉄4枚だ。食べるかい?」
それって、ウサギか? 熊か??
まぁ、どちらにせよ、食えないものではないよな。
「出来立てをここで食べてっても良いのか?」
「もちろんさね。あつあつを頬張っていきな」
とりあえず、1本注文してみた。
香ばしく焼けた串を受け取り、代わりに鉄の四角い塊を手渡す。
この国のお金は4種類で、金、銀、銅、鉄。
鉄が100枚で銅に、銅が100枚で銀に、といった仕組みらしい。
鉄1枚を日本円に換算すると、30円くらいになる。
1本、120円くらい。
大きめの焼き鳥と考えれば、妥当な数字だろう。
(サラからもらったお金で買い食いって、俺ほんとロクデナシだな)
自嘲気味に笑いながら、熱々の肉にかぶり付いた。
肉汁があふれ出し、香ばしさと質の良いうま味が口の中に広がる。
味付けは塩のみだろうか。
日本の屋台と比較すれば薄味だが、うま味はこちらの方が強いと思う。
これでビールがあれば、最高だな。
「お姉さん、なんか飲みもの売ってない?
出来ればアルコールが含まれてる物が良いんだけど」
「……あんた、旅の人かい?」
どうやら拙い質問だったらしい。
おばちゃんの表情が見るからにこわばった。
声のトーンも落ちたように思う。
「あ、あぁ。ついさっき、到着したところなんだ。
ずっと山奥の村に住んでいてね」
思いつきをとっさに口にすれば、おばちゃんの表情が少しだけ和らいだ。
警戒の色が薄らいだように思う。
「そうかいそうかい。出稼ぎなら知らないだろうが、王が亡くなられてからは流通が悪くなってねぇ。
最近じゃ、酒場ですら入ってないって話だよ」
「そうか、それなら仕方ないな」
相槌を打ちながら、肉を頬張る。
ほんとに、ビールがないのが残念だ。
「たしか、次期王が決まらないのだったか……」
ちょっとだけ攻めてみようかと小さくこぼせば、楽しげな表情を浮かべたおばちゃんが顔を寄せて来る。
どう見ても食いついた顔だった。
「その話しなんだけどね。
ここだけの話し、悪化してるらしいよ」
「悪化? それはどういうことだ?」
「いやね。なんでも王女様が参戦しようとしてるって話しさね」
誰にも言っちゃいけないよ。そう言っておばちゃんが楽しげに笑った。
(その女王様ってのは、サラのことなんだろうな)
小さな焦りを覚えながら、最後の肉を口の中へと押し込んだ。