乙女の感情
森の中で待っていたクロエに続けば、大きな洞窟に案内された。
なぜ王族が洞窟の中に?
そう思ったが、問いかけることなど出来そうもない。
「移動するから、目を閉じてね」
「え? それってどう――」
「ノアちゃん」
「……うん」
思わず口をついて出た言葉を姉にたしなめられた。
王族の命令に疑問を持ってはいけない。
問答無用で殺される可能性があるからだ。
素直に目を閉じれば、クロエの優しい声が聞こえてくる。
「ありがと。それじゃぁ、始めるね。
コアちゃん、お願い」
不意に体全体が浮遊感を覚えた。
体の上下がわからなくなり、立っていることすらままならない。
だが、それも一瞬のこと。
「もう目を開けていいよ」
鈴の音ようなクロエの声に恐る恐る目を開けば、周囲を綺麗な石に囲まれていた。
中央には石のテーブルが鎮座し、その周りを20脚の椅子が並んでいる。
「報告と出迎えの準備してくるから、ちょっとだけ待っててね。
好きなところに座ってていいよ」
そういい残して、クロエが去っていった。
残された姉妹が、商人の本能に従って動き出す。
周囲は未知のものであふれていた。
「お姉ちゃん、この机と椅子、つなぎ目ないよ。
壁も一緒。石を削ってこの空間を作り出したってこと!?」
「うーん、そうみたいねー。ここに移動したのも魔法だと思うわー。
さすがは王家ってことねー」
相手は王家であり、雲の上の存在。
価値など計り知れない、と言う事だけは理解出来た。
「けどさー、私たちに用事ってなんだろ?」
「そうよねー。思い当たることなんてないわよー?」
姉妹が顔を見合わせて首を傾げる。
自分たちが持っているもので、王家が欲しがるもの。
必死に思考を巡らせていると、不意に姉の胸が目にとまった。
「今回の交渉の目的はずばり、お姉ちゃんのおっぱいね!!」
得心がいったとばかりに、ノアが声を高める。
自信満々に胸を張った。
「えー? わたしー??」
「うん!! さっきの子もおっぱい大きかったもの!! 絶対そうだよ!!」
控えめに言っても姉は美人だと思う。
それこそ王家から声がかかってもおかしくないほどに。
「お姉ちゃんにも春が来たんだわ!! きっと神様の導きね!!」
胸の前で手を組み合わせたノアが、天に向けて祈りを捧げる。
そんな妹の様子を眺めて、姉が首をかしげた。
「わたしに春?? どういうことなの??」
「だってさー。美人のお姉ちゃんが欲しい、ってこと以外に思い当たるものなんてないでしょ??」
相手は王家。側室は無理でも、愛人にならなれるかも知れない。
だが、そんな妹の意見も、姉は懐疑的だった。
「えー?? それならノアちゃんだって美人じゃない」
真剣な表情で言葉を紡ぐ姉の視線を受けて、ノアが目をそらす。
軽く下を向けば、真っ平らな胸が見えた。
クロエのような子を側近にしている王族なら、狙いはどう考えても姉の方だろう。
「…………」
瞳に悔しさを浮かべながら、ノアが頬を膨らませた。
そうして美人姉妹が情報交換をしていると、入り口のドアが開かれる。
「ただいまー。準備できたよ」
そのすき間から、少しだけ着飾ったクロエが姿を見せた。
「後ろに付いてきてね」
微笑むクロエにうなずいた姉が、素直に歩き始める。
そんな姉をノアが慌てて引き留めた。
「ちょっと、お姉ちゃん!! その服で王族と会う気!? どう考えてもダメだって!!」
「えー??」
姉もノアも旅衣装のままだ。
どう考えても王族の前に出て良い服装ではない。
そして何より、姉の美貌を気に入ったのであれば、着飾った方が有利だと思えた。
「クロエさん。申し訳ないのですが、王族に会えそうな服を貸してもらうことって出来ないでしょうか。このままと言うわけにも……」
申し訳なさそうに言葉を紡ぐノアに、クロエが優しく微笑む。
「大丈夫だと思うよ? お兄ちゃんもお姉ちゃんも、そんなこと気にしないから」
「…………」
ハッキリと言われてしまえば、それ以上の言葉は出なかった。
不本意ではあるものの、そのまま行くしかない。
「それじゃぁ、付いてきてね」
「……わかりました」
石の扉をくぐり、石に囲まれた廊下に出る。
緊張で張り裂けそうになる心臓に手を当てながら、クロエの背中を追いかけた。




