振動
王の座を巡る争いが激化する中でも、人々はたくましく生きていた。
今こそチャンス、とばかりに動いている者もいる。
商人たちだ。
食料を安いうちに買い込む者。
自慢の武器を王都へ持ち込む者。
傭兵用の奴隷を貴族に売りつける者。
国王候補に金品を贈り、自分を売り込む者。
商人達の動きは活発で、それこそ戦場のような雰囲気だった。
そんな時期に、病で命を落とした商人がいた。
葬儀が終わって手元に残ったのは、仕入れに使う馬車と、看板、ほんのすこしのお金だけ。
「おとうさん……」
馬車に揺られる看板を見つめて、妹の方が小さくつぶやいた。
店の権利は人の手に渡り、ずっと暮らしていた家でさえ、今となっては中に入ることすら叶わない。
居場所のなくなった彼女達は、生まれ育った故郷を夜逃げ同然で脱出した。
全財産を積み込んだ馬車に揺られ、先の見えない道をゆっくりと進む。
「だいじょうぶ。ノアちゃんにはお姉ちゃんが付いてるからね。
お父さんだってずっと側で見守っててくれてるよ」
声の主は妹ーーノアの姉だろう。
ゆったりした雰囲気や口調からは、優しさがにじみ出ていた。
看板から目を背けたノアが、不満そうに頬を膨らませる。
「えー?? あたしとしては、お姉ちゃんの方が心配なんだよ?
あたしがいなかったら、お父さんの看板も馬車も奪われるところだったじゃない。
大丈夫!! お姉ちゃんはあたしが支えてあげるんだから!!」
姉の優しさに、軽口で返す。
長い時間を共に過ごしてきた姉妹だからこそ出来る会話だろう。
「そぉ? お姉ちゃん、しっかり者じゃない?」
コテリと首を傾げる姉に向けて、はぁー……、とノアがため息をついた。
「何もないところで転んだりする人をしっかり者なんて言わないって知ってる?
その年まで貰い手がないのも、お姉ちゃんがドジするからでしょ!!」
「年齢のことは言わないでって、お姉ちゃんいつも言ってるよー? それから、結婚出来ないんじゃなくてしないのー。
浮いた話がないって言ったら、ノアちゃんもでしょー?」
「…………あたしとした事が墓穴だったわね」
額に手を当てたノアが、がっくりと肩を落とした。
看板だけが乗る空の荷台を眺めて、もう1つ、ため息をつく。
「それで? どこで仕入れをするつもりなの?」
夜逃げの旅ではあるが、このまま転ぶつもりはなかった。
父のお店を取り返す。
言葉にしなくても、お互いの気持ちはわかっていた。
はずなのだが……。
「んー? どこって、町だよー?」
「……どこの町で仕入れるの?」
「この道を真っ直ぐ行って、あった町の予定よー。良いものがなかったら次のまちー」
つまりは、ノープランだろう。
頭を抱えたノアが、ふぅー……、と長いため息をもらす。
「とりあえず、次の町で周囲の村の情報を聞くわよ」
「はーい」
無邪気に手を挙げて、姉が微笑む。
本当に大丈夫なのだろうか。
ノアの不安は膨らんで行く一方だった。
ーーそんな時、不意に姉の声があがる。
「あら? 女の子?」
「女の子がどうしたのよ?」
荷台から顔を出せば、14歳くらいの女の子が大きく手を振って飛び跳ねていた。
馬車をとめてほしいのだろう。
そう思ったが、ノアにはそれ以上に不思議なことがあった。
「……揺れてる」
飛び跳ねている少女の胸が、大きく揺れていた。
自分より幼いのに揺れていた。
姉の胸も馬車の振動で揺れている。
ノアは、と言うと……。
「お姉ちゃん。あの子はあたし達、いえ、あたしの敵よ。矢を撃つわね」
「んー? ノアちゃん、どうしたのー?? だめよー、どう見ても敵対してないでしょ??
ほーら、馬車を止めるから、弓を置いて掴まってなさいねー」
「……どうせ、あたしは馬車が止まったときの大きな振動でも揺れないですよー」
すこしだけ拗ねたノアをしり目に、馬車が少女の前で止まった。
嬉しそうに近付いてきた少女が、顔を上げて楽しそうに笑う。
「商人さんですか? 雇われさんですか?」
鈴のようなコロコロとした声が聞こえた。




