姫に召喚されまして 3
「無理だな、綱渡り過ぎる。悪いが協力は出来そうにない」
それがサラの作戦を聞いた率直な感想だった。
「ボクに加えて奴隷も複数人買い与える、と言ってもダメだろうか?」
「ダメだな。報酬に文句がある訳ではない。勝算の方の問題だ。
正直な話、サラを助けたいと思うし、美人な君が報酬と言われれば悪い気はしない。
だけど自分の命が関わるとなれば別だ。他人のために自分の命は賭けたくない」
かなりクズな発言ではあるが、本音だから仕方がない。
だって、死ぬのはいやでしょ。
「そうか……」
ハッキリと断れば、彼女の瞳が揺れた。
今にも泣き出しそうなサラを沈黙を貫いて見詰めていると、彼女が小さくうなずく。
「そうか……」
もう一度同じ言葉をつぶやいた彼女が、ふぅ、と息を吐いた。
その瞳に、ハッキリとした決意が浮かんでくる。
「ボクが生き残るためにはこうするしかないんだ。悪く思わないくれると嬉しいよ」
もったいぶるような彼女の言葉に、思わず手に力が入った。
「……なにをするつもりだ?」
緊張感を言葉に乗せれば、サラが静かに微笑む。
「いや、なにもしないさ。キミに現状を教えてあげるだけだよ」
そんな宣言と共に、ポケットから小さなカギが出てきた。
申し訳なさげに視線を背けたまま、サラが言葉を続ける。
「知っての通り、キミは今、檻の中にいる。鍵を開けれるのはボクだけだ。
それに加えて、ここはキミの世界じゃない。つまり、キミが頼れるのは、素性を知るボクだけになる。
言っている意味はわかるよね?」
ずっと伏し目がちな彼女にそこまで言われて、初めて気がついた。
俺には、初めから拒否権などないわけだ。
その事実を理解すると同時に、強い怒りを覚えた。
勝手に召喚しておいて、協力しなければ殺すぞ、と脅される。
怒らない理由がない。
それでも、体内の理性を総動員して冷静さを保つ。
怒りたい気持ちはかなり強いが、彼女に生存権を握られている。
怒れば、事態は悪化するだろう。
す――、はー……、と大きく深呼吸をしてから、彼女の瞳をまっすぐに見詰めた。
「どうして初めからこうしなかった?」
トーンの下がった俺の声に、サラが身を固くする。
その瞳が少しだけおびえていた。
「キミに嫌な思いをして欲しくなかった。
出来ることなら、進んで協力をしてほしかったんだ」
恐らくは本音だろう。
醸し出す雰囲気がそう告げていた。
ふぅ、と息を吐き出して、再びサラの瞳を見上げる。
「時間をくれないか?? 10分だけでいいんだ。自分の考えをまとめたい」
「……了解したよ」
素直に身を引いたサラが、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行った。
見知らぬ場所でひとりきり。
静まりかえった部屋の中で、そっと目を閉じてみる。
真っ先に思い浮かんだのは、悲しげな雰囲気を帯びたサラの瞳。
なぜか心がズキリと痛んだ。
(本気で困っているんだろうな。脅したくなかったってのも本気みたいだし、悪い子でもない)
付け加えるなら、顔もスタイルも好みだった。
このまま死ぬくらいなら、彼女と一緒に苦労するのも良いかもしれない。
本当の意味で冷静になれたおかげか、前向きにそう思うことが出来た。
(ヒーローに憧れる年でもないだろうに……)
込み上げてくる感情に、肩をすくめて小さく笑う。
無機質な檻の天井をただぼんやりと眺めていると、ガチャリと扉の開く音がした。
ドアのすき間から恐る恐る顔を出したサラが、表情をこわばらせる。
「どうだろうか? ボクを助けてはくれないかな?」
小動物のように震える彼女の姿に、思わず苦笑が浮かんできた。
日頃は可愛らしい、よい子なんだろう。
そんな彼女を安心させるように、ゆっくりと言葉を選んでいく。
「関係は対等で良いんだよな? 何が出来るかわからないけど、出来るだけの手助けはさせてもらうよ」
そう告げれば、驚いたようにサラが目を開く。
胸に両手を重ねて、その場に座り込んでしまった。
「……ありがとう。感謝する」
声を絞り出したサラの瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。