晩御飯の行方
「なんだか目が冴えちゃったわね。クロちゃんに言われたからじゃないけど、今から晩御飯にするわよ。
これは決定事項だから、反論は許さないわ」
狼襲撃事件から勃発した一連の騒動がおわった頃、アリスがそんなことを言い出した。
胸を張ったアリスが、高らかに宣言をする。
「焼き鳥も悪くはないんだけど、わざわざ串を作るなんてめんどくさいし、鉄板焼きにするわよ」
アリスの手には護衛用のナイフが握られ、その目は真っ直ぐにカラスを見ていた。
美少女だけが醸し出せる美しい笑みなのだが、どうにも俺にナイフを向けていた時と同じに見える。
「やばいぞ、カラスよ。ここは俺に任せて、逃げるんだ。
なに、心配ない。俺1人なら出来ることがある。すぐに追いつくから先に行っててくれ」
「カー」
カラスの身を案じて逃げるように命令を出したが、カラスはひと鳴きしただけで、その場から動こうとしない。
相変わらず、クロエに抱きかかえられるままになっていた。
「いや、カーじゃなくて。お前、命の危機なんだぞ。わかってんのか?」
「カー?」
キョトンと首をかしげて、つぶらな瞳をこちらに向けてきた。
「……ダメだな。ぜんぜん状況を理解してねぇ」
だからと言って、相棒であるカラスを諦めるわけにもいかず、どのようにアリスを説得しようかと考えていると、予想外の人物から援護が飛んでくる。
ほかでもない、敵の筆頭であるクロエだった。
「私から言い出したことなんだけど、その子を今夜の晩御飯にするなんてダメだよ」
いきなりそんなことを言い出したクロエが、カラスを守るように背を向けた。
思えば、クロエはとても優しい子だ。
カラスをなでているうちに、愛着が沸いてきたのだろう。
…………なんて思っていると、クロエが突然、カラスの足を掴み、逆さまにした。
「まずは首を落としてから、こうやって逆さまにして血抜きをしないと、せっかくのお肉が美味しくなくなるんだよ。だから、今夜はダメ。
明日の朝ごはんにしようよ」
……うん、そうだった。
彼女は初めて会った王族を前にしても、食欲だけは衰えない女だ。
そんな彼女が食べ物と認定した物を前に、考えを180度変更するなんてありえない。
だが、それを認めるわけにはいかなかった。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ。それは俺の相棒で、食料じゃないんだって」
食べるか食べないかではなく、いかに美味しく頂くか、に話題が変更されていることを危惧して2人をとめる。
たが、そんな俺に向けて、ごみでも見るかのような視線がアリスから飛んできた。
「はぁ? 何を言ってるのよ。そんな不吉そうな物、食べるわけないじゃない。それに、ダーリンのパートナーなんでしょ? クロちゃんも、冗談はその辺にしておいて、晩御飯の準備するわよ」
「ふぇ? 食べないの? ……じょうだん?」
「…………」
どうやらアリスはクロエの食欲を見誤っていたようだ。
絶句し、驚きの表情をクロエに向けている。
そんな2人の様子に、アリスが比較的まともな感覚の持ち主でよかったと胸をなでおろす。
もしカラスが突然いなくなったら、真っ先にクロエを疑おうと心に決めた。
「…………クロちゃん、今日の晩御飯はそこの犬で我慢するわよ。それなら血抜きどころか解体まで済んでるから、問題ないんでしょ? それと、カラスの肉はアリスの好みじゃないから、食べようとしないでよね」
「んゅー? そうなの? ……うん、わかった。アリスお姉ちゃんが嫌いなんだったらやめるね。ご飯はみんなで美味しく食べなきゃ幸せじゃないからね。
それじゃ、私はこのお肉を食べやすく切り分けるよ」
食欲に突き動かせているクロエは、早速とばかりにナイフで肉を切り分け始めた。
そんなクロエをしり目に、それまで沈黙を保っていたサラが口を開く。
「どうやら話がまとまったようだね。
今までの人生でカラスを食べたことも、召喚獣を食べたこともないボクとしては、カラスくんに興味があったのだが、そっちで決まったのなら諦めておくよ。
それじゃぁ、ボクは焚き火の火力を上げてこよう」
助けてくれないと思ったら、サラも敵側だったらしい。
これで疑う先が2つになってしまった。
俺の召喚獣は、ある意味モテモテなようだ……。




