ぼっちの危機3
手の中には、ひんやりとした玉がある。
首元にも、ひんやりとした金属がある。
その金属は、俺の頚動脈に向けられている気がする。
「あのー、アリスさん?
首元に押し当てられた、これ。なにかなー?」
「あら? 見てわかんない?
あ、そっか、ダーリンからは、顎が邪魔てま見えないよね。
やさしいアリスが教えてあげるわ。アリスが押し当ててるのは、ナイフよ」
勇者の証を見せるために、特殊魔法を使用する準備が整い、いざ、覚悟を決めて決行!!
ってなったところで、アリスが突如、俺の後ろに回り、抱きつくような形で、俺の首にナイフを這わせてきた。
どう考えてもお遊びでやっていいことじゃない‼
「そんな物騒な物はポケットにしまっておいてくれないかなー、なんて思うんですが、どうでしょう」
「いやよ。このナイフはダーリンの首元にあるのが、正しい位置なんだから」
「…………」
本気の殺意はないと思うが、さすがに美少女相手でもこれはつらい。
背筋にひやりとした物を感じ、額から嫌な汗が吹き出る。
「あっ……」
危機感を含んだ緊張のせいで、魔玉が俺の手元から落ち、クロエの方へと転がっていってしまった。
「ボクはハルキの解放を題材に、アリスと交渉すべきなのかな? ……いや、刺激するだけで終わる可能性があるね。ならば……、いや……」
さすがのサラもこの状況は読めなかったようだ。
頭を抱えて対策を練っているように見える。
「……うんと、あれ? 相手は、アリスおねえちゃんだし、けど、お兄ちゃんがピンチっぽいし。……え? どうしよ」
クロエも、俺を助けるために動こうとするが、俺が人質にとられていることに加えて、相手がアリスのために、動くに動けない状況のようだ。
「……そうだね。ハルキ、キミなら出来るとボクは確信している。自信を持ってアリスの課題に取り組むべきだと進言するよ」
「あのね、お兄ちゃん。私も、お兄ちゃんなら出来ると思うの。
アリスお姉ちゃんにすごい魔法を見せて、早く仲直りしてあげてね」
どうやら2人とも、応援する以外の選択肢が見つからなかったようだ。
どうしよう……。
「アリスさん。そのナイフをどのように使うか、教えていただけますか?」
「ふふん、そんなの決まってるじゃない。もし、召喚魔法を失敗するようなら、勇者を偽った罪と、アリスのことを騙した罪で、ぐさっといくわ。
なんか、さっきから、ダーリンの反応がソワソワした感じなんだよね。だから、ちょっと本気になってもらおうかなーって思ったアリスの優しさよ。
何回もチャレンジしてもいいけど、失敗するたびにグサグサ刺しちゃうから、安心してね」
そんな物騒なことを話すアリスの声は、とても生き生きとしていた。
「……冗談、ですよね?」
「ふふふ、その身をもって試してみる?」
……あー、なんだろ。アリスの声が、本気な気がする。
あれかな? もしかすると、ツンデレじゃなくて、ヤンデレだった?
「いえ、試しは大丈夫です。本気でやらせて頂きます。
それでは、魔玉をこちらに貰えますか?」
ナイフが首元にある状態では迂闊に動けないので、魔玉を持ってきて欲しいと要求する。
「お兄ちゃん、がんばってね」
「……ぉぅ」
クロエから魔玉を受け取り、ひんやりとした感覚を手で包み込むように持つ。
ゆっくりと目を閉じる。
魔玉を持ってきてくれるときに、クロエが何かしてくれないかなー、とも思ったが、そんな願いもむなしく、普通に持ってきてくれただけだった。
(いける、やれる。……やれる。うん)
自分の中に流れる魔力を感じ取り、血流に乗るようなイメージで全身に行き渡らせる。
手の中に包み込んだ魔玉に向けて、徐々に魔力を流し込んだ。
(ゆっくり、慎重に……)
魔玉に魔力が集まり、すこしだけ熱を帯びる。
ほんのりと暖かくなった魔玉に、さらなる魔力を込めていく。
「……出来た」
思わず呟いた俺の視線の先には、召喚獣らしき生物がいた。
足先は3つに割れ、その先端には獲物を捕らえるための鋭い爪を持ち合わせている。
口元には、どんな物でも貫通出来そうな、硬いクチバシ。
全身は、漆黒の闇を思わせる黒一色。
両腕の変わりに存在する翼を広げれば、空を自由に飛べそうだ。
つまりは、
………………カラスだった。




