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決戦6

 城にある自室で、カンカンカンと鳴り響く警報音を耳にしたスバル王子は、手に持った書類から視線を外し、面倒だとばかりに天井を仰ぎ見る。


「またか……」


 2日前に鳴らされた警報音が原因で、溢れんばかりに積み上げられた書類をちらっと流しみた彼は、小さく首を振って席をたつ。


 今日に入って6度目の警報音。


 その瞳には、諦めの色が浮かんでいた。


「……指令室へ向かうぞ。ついて来い」


「はっ!!」


 国のトップといえど、いや、国のトップだからこそ、スバルに回ってくる仕事は多い。王国に残る王族は彼だけであり、重宝していた側近まで失った今では、書類の山は増える一方だった。

 しかし、そのような状態であろうとも、国の危機を知らせる音を耳にしておいて、そのまま放置する訳にはいかなかった。


「なにが起きた?」


「はっ!! 勇者国と思わしき兵が攻めてきております」


「またか……」


 指令室に入り、最初に耳にした声は、ここ最近鳴り響いたいた時と同じ物。

 だが、そのあとに続いた言葉は、大きく異なっていた。


「――敵数、およそ4000。王都正面より、ゆっくりとこちらに向けて進軍してきております」


 4000と言う数に驚きを覚えたものの、努めて冷静さを保ったスバルは、出来うる限り抑揚を抑えた声を絞り出す。


「……本気、ということか」


 王国お抱えの諜報員からの情報では、勇者国の兵力は4000人程度と聞いている。

 どうやら敵は総力戦に出たようだ。


 そう判断したスバルは、自分専用の椅子に浅く腰掛けた。

 

「情報を整理する。現在までに把握している敵の行動をすべて話せ」


 自分の前に紙とペンを用意させ、指令室に詰めていた文官から情報を吸い上げる。否、吸い上げようとした。


「……申し訳ありません。勇者国が攻めて来たと報告があって以降、物見からの連絡が途絶えております」


 返ってきたのは不適当な言葉。端々に怯えと混乱と戸惑いが入り混じっていた。


「……どういうことだ?」


 隠しきれない苛立ちが言葉に乗る。そして、苛立ちを含んだ瞳を周囲へと向けたスバルは、そこで初めて指令室の異変に気が付いた。


 数日前と比較して、明らかに詰めている人数が少ないのである。


 討伐隊の壊滅を受けて人員の変更を行っていたが、それを加味しても人が足りなかった。


「ここに居ない者はどこに行っている?」


 怒りよりも戸惑いに満ちたスバルの声に、問われた文官は一瞬たじろいだ。だが、自分の主に問われて無言を貫くことなど出来るはずが無い。

 ガバッと音がしそうな勢いで頭を下げた文官は、そのままの体制で怯えた声を出す。


「ほかの、者は、今朝から姿が、見えません。

 物見からは、敵の中に混じっていたとの情報もございます……」  


「っく!!!」


 届かない連絡、逃げ出した文官。人が消えたのは指令室だけではないのだろう。


 裏切り、寝返り。そんな言葉から連想される人物はひとりしか居ない。


「偽勇者めが!!!!」


 最早、勇者と書いて裏切りと読むくらいの印象である。


 指令室で動き回る者は14人。本来は30人程度居るはずだった。居なくなったものは半数にも及ぶ。


 もしこれが軍全体、王都全体でも同じことが起きているとすれば、状況はかなり拙い。


 そのような判断をしたスバルは、指令室に居た者全員に、内部状況の把握を命じた。そして自らもバルコニーへと続く扉を開き、城の最上階から外の状況に目を向ける。


「なっ!!!!」


 そこに広がっていたのは、有り得ない光景。

 

 大きく開かれた正面門。火を起こし、調理に勤しむ勇者国の兵達。

 そして、その周りを取り囲み、楽しそうに飯を頬張る人々。


 そこに戦闘の気配は一切無い。


 目の前で起きている状況が理解できないスバル王子は、その場に立ち尽くし、茫然とその状況を眺めていることしか出来ない。


「おまえが王国第1王子、スバルで間違いないな?」


 そんなスバル王子の混乱に追い打ちをかけるかのように聞こえて来た男の声。

 思わず後ろを振り向くが、王子の周囲を固めているのは、数人のメイドだけであり、男の姿などどこにもない。

 

 メイド達もきょろきょろと周囲に目を向けているところを見ると、幻聴の類でもなさそうだ。


 姿が見えない謎の声。そこから導き出されるのは、悪魔のささやき。


「……勇者ハルキか?」


「あぁ、そう呼ばれている」

 

 国のトップらしい威厳のある声。


「降伏の勧告だ。城下町はすべておさえた。王国に勝ち目は無い。素直に降伏せよ」


「…………」


 勇者の言葉は、疑う余地の無いものだった。


 スバルの視界内で行われている行為は、炊き出し以外の何物でも無い。敵が王都の内部に入り込んでいるというのに、一切の戦闘行為が行われていないのだ。


 残る王都の守りは、この城だけ。

 ひとめ見ればわかるほどの異常事態が城下町で起きているにも拘わらず、スバルにまで情報が回ってこない状況の城だけである。


 勝ち目などあるはずが無い。


「…………わかった。皆には投降を呼び掛けておこう。

 王座の間で待つぞ、勇者よ」


 深く息を吐き出した後に城下町から目を背けたスバルは、光の当たるバルコニーから、薄暗い城内へと戻っていった。  


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