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決戦5

 勇者国の兵が王都内部に侵入してから1日が経過し、城に詰めていた兵は、夜明けと共に解散となった。結局両国の兵が衝突する事態は無く、緊急招集は無駄に終わっていた。


 そんな無駄な勤務を強いられた者の中で、誰よりも運が悪かった10人は、そのまま休憩を挟むことなく、外門を守る兵との交代せよ、と命じられた。

 兵士長曰く、戦闘していないのだから、休んでいたのと一緒だ、とのこと。


 休日出勤で徹夜をさせておいて、そのまま通常業務に突入である。


「聞いたか? ギル伯爵様が亡くなったらしいぞ」


「は? 伯爵様は討伐隊として出て行かれたはずだよな?

 囮の町を攻めた伯爵様が、なんで亡くなってんだよ?」


「いや、それがな。全身大火傷で帰ってきた奴が言うには、本命だと思っていた城攻めが囮で、討伐隊の撃破が本命だったらしいぜ。

 そのせいで、討伐隊は壊滅だとよ」


「はぁ? 向こうが囮って意味わかんねーよ。ってか、壊滅ってやばいんじゃ…………」


「…………噂は、本当だったみたいだな」


 そんな運悪く外門の警備を命じられた兵達は、眠そうな表情で外門の上につながる階段をのぼり、朝日に照らされる風景に言葉を失った。


 そこにあったのは、炎に巻かれた家の残骸と、地面に散らばる灰。

 勇者国が作っていた町は跡形もなく焼かれており、そこにむかったはずの討伐軍の姿も無かった。 

 

 王都への潜入は囮であり、本命は討伐隊の撃破だった。そんな噂が兵達の間に流れていたのだが、この光景を見る限り、ただの噂では無さそうだ。


 もし、噂が本当で、討伐隊が壊滅していたのなら、俺達はやばいのかもしれない。

 その場に居た誰しもが同様の考えにいたり、顔色を悪くした。


 ここ最近は連戦連敗なのだ。戦いの爪痕が残る大地を見て、良い感情が浮かんでくるはずもない。


 だが、そんな苦悩の表情を浮かべて居られる時間さえ、あまり長くは続かなかった。


 それは怒鳴り声でも悲痛な声でもない。何の変哲も無い普通の声。普通の男の声が、彼等の耳に届いたのである。 


「みなさんお疲れですね、どうも、勇者国の代表を――」

 

「ゆ、ゆうしゃ!!!」


「ヒィィィィ!!!」


 突然周囲に響いた謎の声。

 その声を耳にした瞬間、王国の兵達は、蒼白の表情で狼狽え始めた。


 その怯えはかなりのもので、この世の終わりを悟ったかのように立ち尽くす者。

 頭を押さえ、耳を塞ぎ、その場で蹲ってガタガタと震える者。

 中には涙を涙を流しながら、五体投地で許しを許しを請う者も居た。


 勇者を名乗る謎の声。


 それは、先の戦いを経験した者を中心に、不吉なものとして語られていた。


 曰く、その声を聴いたものは動けなくなる。戦えなくなる。その身に最大の不幸が訪れる。死ぬより恐ろしい目にあう。


 実際にその声を耳にしたものが、あの囁きは2度と思い出したく無いと語っており、早くも王都に居る軍属者で、その噂を知らない者は居ない。


 もはやそれは、勇者の声と言うより、悪魔の囁き、魔王の呪い、そんな言葉が付いて回るような雰囲気だった。


「えー、あー、……うん。なんか、ごめんなさい」


 あまりの歓迎ぶりに、声の主、勇者ハルキも困惑する始末である。


「あのですね。私の話を言いて貰いたいんですが、いいですかねぇ?」


「ごめんなさい、すいません、もうしわけありません、ご容赦ください」


「いや、そんな怯えなくても」


「すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません」


「…………」


 あまりの狼狽えぶりに、はぁ、とため息を吐き出した勇者ハルキは、とりあえず進めるか、と小さく呟いた。

 どうやら、状況の改善を諦め、強引に話を進めるつもりらしい。


「これを見てほしい」


 そんな言葉と共に、手のひらサイズの玉が空から降りて来た。

 恐怖に震える男達の前で、その玉が強くひかり、別の空間を映し出す。


「……んな!? ジュリ!?」


 勇者が示す物を見るのは怖い。だが、見ないのはもっと怖い。


 恐る恐る、地獄でも覗くような気分で玉を見た兵の1人が、思わず声をあげた。

 そこに映っていたのは、愛すべき自分の嫁の姿。


「んー? あぁ、リーくん。

 お勤めご苦労さま。これおいしいよ」


 驚きで顔を青くする兵士を余所に、玉の中に映る妻は、幸せそうな表情で謎の料理を口にしていた。


「えーっと、ぴざ? って言うんだって。こんなおいしいパン、初めて食べちゃった。

 リーくんも食べてみなよ、美味しいよ?」


「あ、うん。いや、え? …………え?」


 謎の玉に映る妻は、自分が守る門の内側で、可愛い娘と一緒に家を守っていると思っていた。

 その妻が勇者が示す玉の中で幸せそうに見たことのないパンを食べている。

 

「わたしも、パパとお話しするー。

 けーき? おいしいんだよ。パパー」


 愛する妻の横には、可愛い娘の姿もあった。

 ぷにぷにのほっぺに白いものをつけて、満開の笑顔を咲かせている。


 幻覚でも見ているのだろうか?


 そんな思いが頭を過るが、幸せそうな妻と娘は、直観的に幻覚では無いように感じられた。


 妻と娘の身に何が起きているのだろう。

 そんな不安が押し寄せてくるものの、少なくとも辛い目にはあって居ないと言うことだけは理解できる。むしろ、こんなに幸せそうに笑う妻の顔は、内戦が始まって以来、初めて見るような気さえする。


「勇者、様。…………説明、して、もらえますか?」


「あっ、ようやく聞いてもらえますか。ありがとうございます。説明させていただきます」


 意味がわからない。わからないなら聞けばいい。

 思考停止寸前の頭で、諦めにも似た結論を出した彼は、恐る恐る、悪魔に魂を売り渡すかのような声で、勇者に尋ねた。


「それじゃ、要点だけ掻い摘んで説明しますね」


 楽しそうな勇者の声曰く、王都を襲撃し、住民を勇者国に連れ帰ったらしい。そして、今現在の住民の状況を魔法で見せているらしい。


「つまり、私の妻と娘は、勇者国にらち、……ひとじ、……保護、してもらっている。そういうことですね?」


「えぇ、そうです。保護しています。保護です。

 あとで見せまずが、ほかの方々の家族もこちらで保護しておりますので、ご安心ください」


 そんな勇者の声に、くっ、や、うぐ、など、声にならない悲鳴が男達の口から洩れた。


 敵兵が城に籠っている間に、住民を武装した集団で別の場所へ移動させる。拉致や人質以外のなにもでもない。安心など、出来るはずが無い。


 目立つ場所に町を作って兵をおびき寄せ、油が大量に積まれた場所へと誘い込む。


 城の中でわざと敵に見つかり、注意を引き付けた隙に、包囲して殲滅。

 少なくなった兵が城へと立てこもった段階で、城下町に居る市民を拉致し、勇者ハルキの料理で懐柔した。


 王国はずっと、勇者の手の上で踊らされていたのだろう。


「勇者国は良い場所よ。

 ごはんはおいしいし、お腹いっぱい食べさせてあげれるしね」


「おふくろ…………」


 兵のほとんどは、家族のために戦っている。

 安全な場所で、お腹いっぱいごはんを食べさせるために戦っているのだ。


「あんたー。勇者国に来たら、おいしいお酒いっぱい貰っちゃったわ。

 そんなところで見張りなんてしてないで、早くこっちいらっしゃい」


「おい、おまえ。それはあんまりだろ。

 …………酒、……うまいのか?」


「ええ、あんた好みの酒よ。

 きゅっと入れたら、かーーっときて、くぅーーー、ってなるわ」


 戦う理由を奪われ、こっちに来た方が幸せだと諭される。連戦連敗で、王国への不信感も強い。勇者の声を除外すれば、勇者国の悪い噂は聞かない。


 急いで自宅を確認した彼等が、勇者国への亡命を決意するのに、それほどの時間はかからなかった。


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