決戦3
城にある自室で部下からの報告書に目を通していた第1王子スバルは、カンカンカンと鳴り響く警報音を耳にし、手に持った書類から視線を外した。
「なにごとだ!?」
無意識のうちに体内に生じた疑問をそのまま発するも、答えが帰ってくることは無い。
いつもなら的確な答えを返してくる者は、勇者国討伐の大将として軍を動かしている最中である。
王子の周囲に侍るメイドや護衛兵なども、顔を見合わせるだけで、言葉を発することはなかった。
1つだけ明確なのは、悪いことが起こっている可能性が高いということ。
過去にこの音が城内で鳴り響いたのは、前王が死去した時。滅多なことでは鳴らさない音なのだ。
チッ、っと軽く舌打ちをした後に、席を立ったスバルは、自室の扉を開き、扉を守っていた兵を引き連れて会議室へと向かう。
「なにごとだ」
あらゆる魔法を弾き返すと言われる重厚な扉を兵に命じて開かせ室内を覗くと、そこは戦場の有様だった。
メイドや近衛兵、中には貴族本人までもが右へ左へと走り回っており、全員の混乱が見て取れる。
予想以上に悪い事態らしい。
そんな状況下で王子の姿を見た年老いた文官が、まずいことをした、とばかりに顔を歪ませ、恭しく、そして申し訳なさそうに、出来るだけ取り繕った態度で頭を下げた。
「おぉ!! これは王子。いま伝令を走らせようと――」
「前置きは良い。
で、何が起きた。手短に話せ」
「……畏まりました」
出来る限りの冷静さを取り繕った文官曰く、勇者国が攻め込んで来ており、すでに門内に入り込んで居るとのこと。
確証は無いが、城内でも敵らしき者の姿を見た者が居るらしい。
つまり、いつここに勇者国の兵が雪崩込んで来てもおかしくは無い、ということのようだ。
「……ッチ。敵の侵入経路は割れているのか?」
「どうやら、大店に作られた階段から侵入したようです」
大店の階段。それは以前、勇者本人を名乗る者が逃走する時に使ったダンジョンへの出入り口だ。
「……あそこに張り付かせていた奴らは、ギルに預けたんだったな。
状況は理解した。俺が指揮をとる。情報をすべてこちらに回せ」
ギルの部隊が王都を出立したタイミングを見計らっての潜入。
おそらく町の建設は囮であり、王都の守りを減らしたうえで敵は攻めて来た。であるならば、当然、城内への侵入が目的であり、最終目標は王国のトップ、王子スバルの首であろう。
「外門を守る兵だけを残し、すべての兵を城内に集めろ。門を閉ざして、厳戒態勢を敷け。
それと同時に、城内をくまなく詮索させろ」
スバル王子の指示のもと、その場に居合わせた者が慌ただしく動きだす。
それは彼がこの場に現れるまでの右往左往としたものではなく、全員が一つの目標に向かって走る、そんな姿だった。
巡回や休息中、最終的には引退した兵に至るまで、王都に居合わせた戦える者で外門の守りを除いたすべての者を城へと集めた王子は、徹底した防衛網を築いた。
城門は堅く閉ざされ、お堀に架かる橋までも跳ね上げる徹底ぶり。
無論、王族のみに伝わる地下通路にも、口の堅い兵を配備してある。
平時より兵が減っているとはいえ、城内に限っては、鉄壁と言っても過言では無い状況を作り上げていた。
備えは万全。奇襲の心配は無い。少なくともギル達の部隊が帰ってくるまでは持ちこたえることが出来る。
自分を中心に守りを固める兵を眺め、スバルはそんなことを考えていた。
「報告いたします。城内に敵の姿は発見できなかったとのことです」
「そうか、わかった」
「城下町ですが、東西南北ともに、敵の姿は無い、と報告があがってきております」
「……わかった」
王子が命令を下してから3時間あまり。
スバルのもとに集まってくる情報は、敵は姿を見せず、そのようなものばかりであった。
集めた兵達も、当初のような緊張感は薄らいできている。
「……敵兵の動きに関して、情報がある者はいるか?」
「はっ、我々とは異なる装備の兵を見かけたと、複数の市民から情報を得られております。
場所は東西南北問わず。3~5人が走っていたと、様々な場所で目撃されております」
3~5人が様々な場所で、……王都内に入り、部隊をばらけさせたのか?
複数の場所で隠れ、タイミングを見ての一斉攻撃、その可能性が高そうだな。
「わかった。……敵は民家などに隠れている可能性がある。
6人以上が1組となり、今まで調査した場所も見直しを行え」
「かしこまりました」
目撃情報がある以上、敵は確かに門内に侵入しているのだろう。だが、王子の命令を受けた兵がいくら探せども、その姿を発見することは出来ない。
最終的には、1軒1軒、兵を使って見回らせたが、どれも空振りに終わった。
「どういうことだ? まさか偽の情報に踊らされたか?
……いや、守りが固いと見て手を出さなかったということか」
結局その日は、いつまで警戒しようとも、勇者国の兵が王子の前に現れることはない。
不穏な静寂だけが、王都を包んでいた。