ホラーと共に
「ついに……、やったか……」
血に染まる政敵を前に、第1王子が静かに息を吐きだした。
長年の悲願を達成したというのに、その声には若干の後悔が混じっている。
第1王子として正しいことだったとしても、スバル個人としての感情がそうさせていた。
「許せとは言わぬ。貴様を乗り越え、私がこの国を繁栄へと導こう」
そんな言葉と共に、彼は弟の冥福を祈った。
もし普通の家に生まれ、普通に育っていたのなら、仲の良い兄弟に成ることも出来たのかもしれない。
だが、2人の立場がそれを是としなかった。
王位を争う戦いに、継承権1位が勝ち、2位が負けた。ただ、それだけのこと。
「王都に戻り、軍を立て直すぞ。民の混乱も沈静化させないとな」
「かしこまりました。王位継承の儀式は、いつ頃にされますか?」
「そうだな……」
魔法が無くても、王は務まる。
弟のアルフレッドには作れない豊かな国を作る。
そんな希望を胸に、第1王子は王都と逆の方角、勇者国の方へと視線を向けた。
「まずは、不安要素を潰そう。
今回の作戦のために生かしておいたが、これ以上は必要ない。王位はそれからだ」
王位継承権第2位が居なくなった現在。次に邪魔になるのは、それ以下の者達だ。
もしこのまま放置すれば、将来の不安になりかねない。
1度王都に戻り、体制を立て直した後、即座に勇者国を崩壊させる。
そんな決意を固め、第1王子は勇者国に背を向け、馬を進ませた。
だが、そんな第1王子の歩みも、たったの3歩で止められることになる。
「勇者国の賛同者に告ぐ。やれ!!!」
「「「おぉぉおおおおおおおーーー!!!」」」
突然、周囲に響いた謎の声。その声に呼応する男達。
あまりにも突然の事態に、第1王子の動きが止まった。
「……何事だ?」
「勇者国の攻撃、……いえ、自国兵の反乱のようです」
「なに?」
王子の周囲を囲む親衛隊。
第1王子を守る壁と言うべき存在に対し、王国の装備を身に着けた者達が襲い掛かっていた。
事の起こりは、第2王子が勇者国を攻め込んだ初日の夜。第1王子の息のかかった兵と、王国に嫌気がさした者達が逃げ出した直後に遡る。
「……おい、なんか、声が聞こえねぇか?」
「はぁ? 何をバカなこと言ってんだよ。
こんな森の中に誰が居るってんだ。ビビってんじゃねぇよ」
「……おーい、そこのお2人さーん。
軍から逃げ出した、お2人さーんやー」
「「…………」」
第2王子のもとを逃げ出した2人は、暗闇が支配する森の中を移動していた。
行く当てなど無い。ただ死にたくない一心で、森の中を彷徨っていた。
そんな2人の耳に、謎の声が届いた。
恐らくだが、追手では無いだろう。もし、追手だとすれば、こんな呑気な呼びかけなど無い。
逃亡者には死あるのみ。声よりも先に、矢が飛んでくるはずだ。
「どもども、勇者国の代表をさせていただいております。ハルキです。
私が代表です。無能の居場所無しではございません。大事なことなので、2度いいました」
どうやら声の主は、勇者ハルキらしい。
召喚獣のカラスに付与魔法をかけた魔玉を持たせた、いつものスタイルだ。
暗い森の中で、突如に聞こえる男の声。探せども、その姿は見つからない。もはやホラーだろう。
「真面目な話をしましょう。
このまま逃げて良いんですか? 残された家族は、心配じゃないですか?」
「「…………」」
もともとこの2人が軍に所属したのは、家族を守るためであり、自分が逃げ出せば家族の身に危険が及ぶ。
そんなことは、言われずともわかっていた。
わかっていたものの、死の恐怖には勝てなかったのだ。
「家族や友達、恋人などなど、貴方の守りたい人達みんなで、勇者国に来ませんか?
あることさえして頂ければ、畑付きの家を無償で差し上げますよ」
どうやら要件は、勇者国への引き抜きらしい。
「……なにをバカげたことを。
姿も見せずに、何が勇者だ。貴様、魔物の類であろう?」
先ほどまで命のやり取りをしていた相手から、突然、仲間になれ、それなりの待遇を約束しょうと声をかけられて、即座に信用できるはずが無い。
だが、そんな男達の反応をさして気にもせず、勇者ハルキは言葉を続けた。
「王都に戻る街道で、第1王子が軍を集めています。逃げ出した者も、罰する事無く、吸収しているようです。
お2人には、そこに参加して頂きたい。そして、私の合図で、第1王子に刃を向けてほしいんですよ」
「…………は?
そんなことしてどうなる? 俺達がそんなことすると思うか?」
「逃亡罪無しで戻してくれるんだろ?」
今戻れば無罪。それならば、勇者に手を貸す必要など無い。
だが、この話を持ってきたのは勇者自身だ。無論、この先の話もある。
「逃亡に関してはね。……ちょっと、これを聞いてくださいな」
そんな勇者ハルキの言葉に続いて、彼の言葉では無い声が聞こえてきた。勇者同様、その姿は見えない。
溌剌とした男性らしい声で『本当に、罪無しでよろしいのですか? 逃亡は大罪ですぞ?』と言う問いかけに続けて、『無論、アイツを粛正した後にそちらも処理するさ。平民にもわかるくらいの適当な理由をあげれば、見せしめにもなるだろ? 今は数を集めることに集中する』そんな言葉が聞こえて来た。
前者の声の主はわからないが、後者は演説などで度々聞いたことがある。
第1王子スバル様の声だ。
「この声は、私の仲間の魔法で過去の状況を録音したものです。本物である証拠は無いので、あとはお2人の判断にお任せします。
森の中で魔物に怯えながら過ごすか、街道に戻り第1王子に罰せられるか、それとも、勇者国を頼り家族仲良く暮らすのか」
「「…………」」
「それでは私はこの辺で、失礼しますね。
みんなに頼られて忙しいんですよ。ほんと、忙しいんですよ。…………それじゃ、この辺で――」
「ちょっと、待ってください!!
……ほんとうに、勇者国は、私達を受け入れてくれるんですか?」
「えぇ、もちろん。先にも伝えた通り、作戦に参加してくれれば、家と畑も用意しますよ。ほかに、質問はないですか?」
「……大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか。それでは、勇者国はお2人の参加を待ってますよ」
そして、森の中には、再び静寂が訪れた。
その後、勇者の言葉を信じた彼等は、街道に集結していた王国軍に参加し、勇者ハルキの呼びかけに応じて、王国へと反旗を翻す。
同じように逃げ出し、同じように勇者に説得された兵と共に。