魔力の有無
戦場から逃げ出した第2王子は、王国へと続く道をひたすらに逃げていた。
途中で偶然見つけた兵から馬を譲り受け、身を任せるかのように馬に揺られているものの、その表情は優れない。
「王子、残った者は、我々だけのようです。ほかの者の行方は知れません」
「……そっか」
王子の周りを取り囲むのは、300人にも満たない兵士達。
王都を出立した当初は4000人だったものが、今となってはこの人数しか残っていないのだ。
どのような言葉を並べたところで、敗北という評価を受けることは確実だろう。
だが、幸いなことに、兵の消耗という観点からすれば、さほどの被害は受けていなかった。
ほとんどの兵は、ただ逃げただけである。
王都に帰れば逃げ出した兵達も集まってくる。
全員が帰ってくることは無いだろうが、家族を放置出来る者など少数であり、大半の者が王都へと帰るだろう。
今回の失態で、軍関連の権力は兄に持っていかれるだろうが、そちらもまた時間をかけて回復すれば良い。
まだ負けてなどいない、王座への道が閉ざされた訳では無い。
自分は大丈夫だと、第2王子が自分に言い聞かせるように、今後の展望を模索しながら、王都へと歩みを進めていた。
――そんなとき。
不意にその視界を大量の人が埋めた。
「……ん?」
そこに居たのは、同じ防具に身を包み、同じ武器を手にした男達。
王国の兵だった。
「おぉーー、君達、良く戻ってきたね。
罰則はしないから、すぐに――」
「お待ちください!!
……どうにも、様子が変です」
「え?」
突然、目の前に現れた王国兵が、第2王子に向けて槍を構える。
「王子!!! こちらからも、自国の兵士達が!!」
そして気が付けば、背後にも王国兵の姿があった。左右の森からも、人の気配を感じる。
どうやら、囲まれたらしい。
「……僕を待っていたのかな?
それで? 君達の目的は?」
「そんなもの、知れておる」
「…………えっ!? ……兄さん??」
人の垣根を分け入るように出てきたのは、王国の第1王子。
王都に居るはずの兄がそこにいた。
「王国第2王子、貴様の首だ」
突然の兄の登場。突然の敵対宣言。
第2王子は即座に詠唱を試みる。
「国の守護者たる神々よ。我が意図に答え、鉄壁の盾を我が前に示し給え」
第二王子にとっては、それが最善の選択しであり、唯一の選択肢だった。
ゆえに、第1王子としても予想は立てやすい。
「鉄壁の王子など、籠に捕らわれた小鳥に過ぎない。第2王子を守る我が友よ。その者から離れ、我が元へ参れ。第2王子と共に沈む必要は無い。私には君達が必要だ」
「な!! なにを勝手なことを言っているのですか。横暴が過ぎますよ。
それに、捕らわれた籠だなんて、侮辱するのはやめてください。僕の盾は、最高の盾です」
「ふははは。何が最高の盾だ。
愚妹に破られた盾が、最高の盾だなどとは、笑いしかこみ上げて来ぬな」
「…………」
どうやら兄は、先の戦いの結果をすでに知っているようだ。
原因も分からずに敗れた先の戦いを持ち出されては、さすがの第2王子も二の句が継げない。
「もともとは、勇者国との戦いで疲弊した貴様を討つために、こうして待ち構えて居たのだが、まさか負けて帰ってくるなんてな。自分の弟が予想以上に無能で、兄は寂しいぞ」
「……それでは、初めから僕の首を取るつもりで?」
「そういうことだ。そのために初日の夜に逃げ出させて、ここに待機して貰ったのだがな。
貴様の敗戦のおかげで、予想以上の兵が逃げてきてくれたぞ」
自分の部下を兵に紛れ込ませて、夜逃げに扮して集結。
本当に逃げ出した兵も吸収しつつ、第2王子の到着を待っていたらしい。
「サラがどのように、貴様の盾を攻略したのかは知らんが、愚妹に出来ることは、俺にも出来る。
命乞いをするなら今のうちだぞ。我が友達もな」
「…………」
あの時のように、王子の盾が破られるかもしれない。そんな思いが、第2王子を守る兵達を動揺に導いた。
良くも悪くも、魔法の盾の影響力は大きい。
「……兄さんに、僕の盾が壊せると?
魔法も無い、兄さんに?」
固有魔法のない王位継承権第1位。
それが王位を巡って国を分けた原因だった。
「無論だ。俺に不可能など無い」
長男には、国や人を動かすだけの能力があったが、王として認められるだけの魔法が無かった。
次男には、強力な魔法があったが、人の心の動きには鈍感であった。
「1つだけ、冥途の土産に教えてやろう。
お前の盾は、攻撃を防ぐ物じゃない。魔力が籠る物を弾く物だ」
それは王家が誇る禁書を辿り、第1王子が辿り付いた結論だった。
「つまり、魔力が込められていない物は、弾かない」
探すのに苦労したぞ、そう言って、第1王子が真っ黒なナイフを懐から取り出した。
第1王子の周囲を取り囲んでいた近衛兵達も、第1王子と同じようなナイフを取り出す。
「貴様のためだけに作らせたナイフだ。
魔力を持たない物に貫かれて、死ぬがいい」
魔法がすべてじゃない。そんな言葉を含んだ命令が第1王子により発せられ、第2王子の周囲へと王国の兵士が向かう。
それから数分後。
勝ち目が無いと武器を手放した兵達の中央で、黒いナイフが血に染まった。