魔女降臨
時は少しだけ戻り、王国兵敗走の少しだけ前。
指令室に身を寄せていたサラとアリスは、歩くようなスピードでゆっくりと勇者国へと近づく第2王子の姿を眺めていた。
念のために弓と銃による一斉攻撃を仕掛けてみたが、案の定、見えない盾によって防がれてしまった。
そんな結果を受けて、アリスの顔に不安が宿る。
「……ほんとうに、大丈夫なんでしょうね?
あの盾を破壊しないと、手も足も出ないわよ?」
「昨日に続き、今日もアリスらしく無いね。
けれど、心配しなくても大丈夫だよ。鉄壁対策は完璧だからね」
「ふん。やけに自信満々じゃない。そっちこそ、サラ姉らしくないわよ。
まぁいいわ。付与姫様のお手並みを拝見といこうじゃない」
「ひきこもりの付与姫か、懐かしい呼び名だね」
それじゃぁ、始めようか、とサラが伝令に合図を送る。
それまで鳴り響いていた銅鑼の音や破裂音が消え去り、サラの手に赤い魔玉が渡った。
大きく息を吐きだしたサラが、目を閉じて、深く息を吸い込む。
「執行者名、サラ・オオヤマ。執行魔法、吸魔能力の付与。執行レベル、最大。
保有魔力、体力、共に異常なし。…………魔法執行」
淡々と紡がれるサラの言葉に合わせるかのように、彼女の手に乗った赤い魔玉の色に暗さが増していく。
赤から朱、朱から葡萄、そして詠唱が終わる頃には黒色にまで変化していた。
「……なによ。やけに、禍々しいじゃない」
「そうだね。まぁ、見た目には、目をつぶってくれると嬉しいよ」
アリスの指摘に苦笑いを浮かべたサラが、自身が手に持つ魔玉をまじまじと眺めた。
黒一色のそれは、アリスの言葉通りに禍々しい風合いで、魔王を生み出すための秘宝と言われても納得しそうな雰囲気だ。
国の代表は漆黒のカラスを操り、姫は暗黒の玉を生み出して人々を恐怖に陥れる。
どう考えても、正義とは正反対の集団だろう。
「仕上がりに問題は無いね。それじゃ、攻撃を開始するよ」
そんな暗黒物質を眺め、にやりと笑ったサラは、指令室から壁の上へと渡り、第2王子に向けて投げつけた。
サラの手を離れた魔玉は、重力に従い、放物線を描いて第2王子へと向かう。
「弓、銃、共に斉射。3連撃の後に待機行動に移行。
斉射開始!!!」
サラの号令に合わせて、矢と鉛の玉が壁から放たれ、敵兵へと向かう。
そして、見えない何かに阻まれることなく、無防備な第2王子の近衛兵達に降り注いだ。
「…………おぉぉぉぉおぉぉおおおおおおおお!!!!!」
しばしの静寂の後に訪れる、歓喜の声。
そんな勇者国の兵とは対照的に、王国の兵達から、混乱の声が発せられた。
「ふーん。なかなかやるじゃない。
いまのも、付与魔法なの?」
「その通りだよ。ボク達は無意識のうちに、周囲の魔力を体内に取り込んでいる。その能力を増幅させて付与したんだ」
魔法は魔力の塊だから、これを使えばどんな魔法でも吸収して消滅させれるよ。そう話すサラを前に、アリスは目を白黒とさせて、首をかしげた。
そして眉を寄せながらも、静かにうなずいて見せる。
「とりあえずはすごいってことね!! それにしても、良くそんなことを思いついたわね。どうせまた、ダーリンの発想でしょ?」
「そうだね。『寝て起きたらMP全回復とか、ゲームかよ。吸魔とかそんな感じの能力持ってるんじゃね?』とか、言っていたね。そう思うよな、とか聞かれても、返答に困ると思わないかい?」
「魔力回復が吸収能力ねぇ……。ほんと、ダーリンってば、ダーリンなんだから……」
「良くも悪くも、この世界の常識外の人物だからね」
呆れ半分、称賛半分に2人が笑い合った。