王子の戦い
爽やかな朝の散歩を楽しむかのように、第2王子が勇者国へと進む。
「王子、このまま正面からの突撃でよろしいのですか?」
「んー? うーん、そうだねー。
正面から行った方が派手だからね。正面から行くよ。ゆっくりとね」
「かしこまりました」
友好国でも訪ねるかのように、勇者国の正面門へと近づく。
そしてその距離が一定まで縮まったとき、ジャーン、と勇者国から銅鑼の音が鳴り響き、昨日同様、無数の矢が放たれた。
パーンという破裂音と共に、鉛の玉までもが第2王子に向かって飛来する。
「国の守護者たる神々よ。我が意図に答え、鉄壁の盾を我が前に示し給え」
だが、そんな勇者国渾身の一斉射撃は、王子どころか、その周囲を取り囲む近衛兵にも届くことは無かった。
天空から降る矢の雨は、王子を中心に左右に逸らされ、誰も居ない草原へと降り注ぐ。
鉛の玉は、近衛兵の前方で突然勢いを無くし、そのまま地面へと落ちるのだった。
「「「おぉぉーーーーー!!!」」」
昨日は散々苦しめられた攻撃を容易く止めて見せた王子を見つめ、王国兵達が沸き立つ。
2度、3度と、勇者国は一斉攻撃を仕掛けたものの、すべての攻撃が見えない盾に阻まれ、王国兵の士気を高めるだけに終わった。
勇者国の兵士達も、射るだけ無駄だと思ったのか、それ以降の攻撃は無い。
ゆえに王子は、誰にも邪魔されず、ただ真っすぐ歩いた。
草原を抜け、お堀を渡り、壁へと接近する。そして、いよいよ壁に梯子を架けようとした、
――そんな時。
不意に王子の顔から笑顔が消えた。
「どうなさいました?」
「盾が、消えた?」
自分達の周囲に張り巡らせた無敵の盾が、不意に姿を消した。その理由を探ろうと、王子は自分を見直す。
体力、魔力共に異常なし。
手足に痺れなどもないし、コンディションに問題は無い。
ではなぜ、自分の魔法が消えたのか。
その答えを模索しようと周囲に意識を向けた第2王子は、はっと息を飲む。
いつの間にか、無数の矢と鉛玉が迫っていた。
「……っ!! 王国の守護者たる神々よ……」
慌てて新たな盾を作り出そうとするものの、矢の襲来のほうが僅かに早い。
「がっ!!!」
矢、鉛と立て続けにくらった近衛兵が血を噴き出し、地面へと蹲る。
「王子、ご無事ですか!?」
「……うん、なんとかね」
王子が生き残ったのは、幸運という他ない。
彼の2歩となりを歩いていた者が腕に矢が刺さったくらいなので、1歩間違えていたら、第2王子の首に刺さっていたかもしれない。
だが、運の結果であっても、彼は生き残った。そして、無事に鉄壁の盾を張りなおした。
「どうして僕の盾が……」
人生で初めての冷や汗を流しながら、この世で1番の信頼を置いていた自分の魔法を眺める。
そこには、当初と変わらず、勇者国の一斉攻撃を弾き続ける盾の姿があった。
「…………大丈夫。だよね?」
ホッと息を吐きだし、幾ばくかの余裕を取り戻したのもつかの間。
またしても勇者国の攻撃が止み、不穏な静寂が訪れる。
そして、壁の中央、勇者国の指令本部あたりから、小さな物体が飛来した。
手のひらサイズの真っ黒な魔玉。
それが、宙を舞い、第2王子へと迫る。
「……くっ!!! なんでだよ!!」
そして、真っ黒い魔玉が見えない盾に触れた瞬間。またしても、鉄壁の盾が消え去った。
無論、手のひらサイズの石など、第2王子の目に留まるはずも無く、盾が消えた理由は不明のままだ。
「盾……、僕の盾が……」
このままじゃ、自分は死ぬかもしれない。撤退しよう。
そんな考えが王子の頭を過った瞬間、後ろに残してきた一般兵達が一斉に叫び声を上げた。
「敵兵だーー!!」
「物資だ。物資を守れ!!」
そんな言葉と共に、遥か後方から、パーン、という破裂音が周囲に響く。それは勇者が使う魔法の音。
「背後に、敵? ……っ!!! おい、ヤバいんじゃないか?」
「王子の盾をすり抜ける魔法の攻撃とか、俺達じゃ防げねぇ。
逃げるぞ!!」
切り札であったはずの魔法は効力を失い、勝てる道も見えない。そのうえ、背後からの敵襲とあっては、怯えるなと言う方が無理である。
「ちょ、ちょっと待ってよ。みんな、逃げないでよ」
王子を守ることが使命であるはずの近衛兵までもが、誰彼構わず逃げ出す始末。
蜘蛛の子を散らすように、誰しもが戦場を離れ、森へと逃げ込んでいった。
「まって、待ってよーーー」
そんな側近たちの背中を追いかけて、王子が泣きべそをかきながら走り始めた。