指令室より
王国の兵が勇者国の周囲を封鎖してから1時間。
サラとアリスは、外壁の中央に設置された指令室で、自分達に向かって突撃してくる敵の姿を眺めていた。
「来ちゃったわよ、王国の連中。
ほんとに大丈夫なんでしょうね?」
「おや? アリスが弱腰になるなんて珍しいじゃないか、どうしたんだい?」
「な、なによ。アリスは弱腰になんて、なってないわよ。
一応、聞いてみただけなんだからね!!」
「そうなのかい?
質問の答えだが。ボクは勝てると思っているよ。準備は万端だからね」
どうにも不安なのか、終始そわそわとしているアリスに対して、サラは堂々と敵を見下ろしていた。
そんな彼女達が居る指令室から目を横に向ければ、600人もの人々が、ずらーっと壁の上に並んでいるのが見える。
「ひとりぼっちで、ハルキを呼び出したのが、嘘のような光景だね。
ハルキはもちろんだが、アリスにも感謝しているよ。ありがとう」
「…………そういうことは、この戦いに勝ってからいいなさいよね」
高い壁に、深い堀、そして士気の高い仲間達。
気が付けば、アリスのそわそわも収まっていた。
たしかに味方より敵の数のほうが多いが、自分ひとりで戦っていたあのころよりは、ずいぶんと勝率が高いように思える。
そうして過去を思い出す2人の前で、突撃してきた王国の兵士が、弓の届く範囲に入る。
「放て!!」
サラが鋭く指示を出せばパシャーンと銅鑼の音が響き、その音を合図に無数の矢が空を飛ぶ。
王国の兵士達も、左手に持った盾を傘のように頭上に掲げ、矢から身を身を守る。だが、一斉に放たれた矢をすべて防ぐことなど出来るはずもない。
盾で受け損なった矢が、腕や足にあたり、至る所からうめき声があがった。
「うん、大丈夫だね。
そのまま、斉射を続けて貰えるかい?」
「イエッサー」
降らせる矢の雨が1回で終わるはずもなく。
一定の間隔でならされる銅鑼の音に合わせて、次々と矢が降り降り注いだ。
手や足に傷を負い、1人、また1人と、命の灯火を消していく。
それでも彼等は、その歩みをとめることはない。
少なくない犠牲を払いながらも、着実に壁との離を縮めていった。
「梯子を回せ!!」
「応よ!!」
そして、突撃部隊がその数を半分にまで減らした頃、その先頭がお堀へと到達する。
すかさず後ろで待機していた部隊が、梯子を先頭へと渡す。
頼り無いながらも、通行止めだったお堀の上に1本の道が出来た。
1本、2本、3本と、お堀の上に橋が架かる。
「進めーーーーーーー!!」
「「「おぉおぉぉぉおぉぉおおおおおおーーー!!!!!」」」
後ろから押し出されるように、男達が橋を渡る。
残る関門は、1枚の壁のみ。
堀に架かった橋と同じように後ろから梯子を入れれば、勇者国制圧も時間の問題。
褒美と共に家族のもとに帰れる。
王国兵の誰しもが、そのような事を思い描いた頃。
――突然、壁に光が差した。
壁に無数の穴が開き、中から鉄の菅が伸びてくる。
「はぁ、はぁ……。っ……。
サラ姉……。ちょっとだけ、……休むわ」
「あぁ、構わないよ。アリスは、十分に仕事をしたからね。
ゆっくりと休んだら良いよ」
「……ちょっと、だけよ。……ちょっとだけ」
壁の穴は、アリスが土魔法で開けたもの。
あとは頼んだわよ、と小さく呟いたアリスは、満足そうな笑みを浮かべたまま、意識を手放す。
それと同時に、破裂音が周囲に響いた。
橋を渡った者が血を噴き出しその場に倒れ、橋を渡っていた者が足を踏み外しお堀へと落ちる。
突然の惨劇に見舞われた突撃部隊は、その足を完全に止めていた。
「おい、今の音って、勇者の魔法攻撃じゃねえのか?
なんでこんな大量にやられてんだ!?」
「知らねぇよ!!
知らねぇが、逃げるしかねぇな」
「バカ野郎。列を乱すな。
敵じゃなくて味方に殺されるぞ」
壁に開いた無数の穴から発射された鉛の玉が、直線的に王国の兵士を襲う。
そんな銃弾と呼応して、頭上から矢が降り注いだ。
勇者国の壁は、意図的にジグザグに作られている。ゆえに、壁に近づけば、前方だけでなく、左右からも銃弾を浴びせられることが可能だった。
前、右、左、上と4方向からの攻撃に対して、普通の盾しか持たない兵士達に対抗する手段は無い。
唯一の逃亡先である背後には、第2王子直属の近衛兵が見張りとして配備されており、逃げることすら叶わない。
ゆえに、突撃部隊の兵士達は、ただ前へと進み、その命を散らすのだった。
「とりあえずは、大丈夫そうだね。
敵に変化がない限り現状を維持、補給を最優先」
「イエッサー!!」
その後、数時間で突撃部隊が全滅。
それ以降は両軍が睨み合いを続けたまま日が沈み、勇者国の圧倒的な勝利で初日の幕が閉じた。