たくさんの勇者
おにぎりを使って、兵を鼓舞した翌日。
「うん。完全に包囲されたね。さすが、4000人もいるだけのことはある」
「櫓からも包囲されたって連絡が来てるよー。見えるところすべてに敵が配置されたんだってー」
「予想はしてたけど、実際に見ると嫌な光景だよな……」
勇者国の周囲は、王国の兵士で溢れかえっていた。
敵を発見するために森を切り開いて作った平原は、王国の旗が至る所に掲げられている。
高いところから石を投げれば、誰かに当たりそうな密集具合であり、発見するとかそんなレベルの話ではない。
見渡す限りが敵だった。
もし俺が王国の王子ならば『こんな壁など、数の前には無意味よ、わはは』と高笑いしているのだろうが、攻められる立場では苦笑すら出てこない。
「みんなに動揺は、…………ないみたいだな」
「うん。みんな元気だったよ。
補給も問題ないってミリアお姉ちゃんが言ってた」
「了解」
そんな状況にあっても、勇者国の兵士は高い士気を保っていた。
壁の上では、弓を手にした住民達が『王国の連中、早く来ないかなー、俺が新しく得た力を見せつけてやるのになー』『バーカ、俺が解放した力で倒すんだから、お前の取り分はねぇんだよ』『いやいや、吾輩が天より授かった力を使って、1人残らず滅する予定である』と笑いあっている。
無論、おにぎりを食べて新たな力に目覚めたり、能力を開放出来たりした人などいない。食べたのは、普通の美味しいおにぎりだ。
それをわかっていながら、人々は自分を騙して笑い合っている。
「さてさて、敵さんの様子は、っと。
うん。予定通りだな。…………ちょっと、やり過ぎたかもだけど」
そんな和気藹々とした雰囲気の俺達とは異なり、壁の向こう側に陣取った王国の兵士達は、全体的にギスギスとした雰囲気が漂っていた。
時折聞こえる声も、談笑には程遠い。
「……おい、今、俺の足踏んだよな?」
「あぁ? 足を踏んだくらいでなんだよ? お前、俺の嫁となにしてたんだよ?」
「だから、なにもしてねぇ、って言ってんだろう、この禿隠し野郎」
「はぁ? 俺、べつに禿てねぇし」
「嘘つけよ。勇者が名指しで、毛が薄いことを必死に隠してるってバラしてたじゃねぇか」
「はぁ? お前、あんな奴信じるの?
お前さては勇者国のスパイだな!!」
「お前こそ、嫁と嫁とって散々言っといて、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。
お前こそ勇者国のスパイだろ」
「おい、お前ら、うるさいぞ。すこし黙れ」
「「うるせぇよ、ロリコン野郎!!」」
「…………」
ちなみに、この人達。3人とも冤罪です!! 無実です!!
悪いとは思いながらも、嘘の情報もばらまいていた。
そんなギスギス状態は一般兵だけにとどまらない。むしろ、上層部の方がギスギスしていた。
なにしろ、一般人とは違い、全員を徹底的に調べ上げてある。
そんなメンバーが集まった会議は、まさに修羅場となっていた。
「それじゃ、君達の手勢だけで、勇者の首をとってきてね」
「「「…………」」」
「ん? 嫌? 嫌なら、それでも良いんだよ?
ふらふらした蝙蝠さんたち」
豪華なテントの中で、第2王子の前に跪く男が4人。それを8人の男達が片膝を地面につけて眺めていた。
第2王位の言葉通り、彼の目の前にいる男達は、第1王子にも良い顔をして取り入ろうとしていた者たちだ。
ちなみに、第1王子派のスパイだった2人の男は、秘密裏に処刑されている。
「僕達は、勇者が逃げないように、周りを取り囲んでおくから。がんばってね」
「……かしこまりました」
「了解しました」
「はい」
「…………」
王国側の作戦は、捨て駒を突っ込ませて、俺達の出方を伺い、本命が突撃する作戦で決まったようだ。
裏切りの可能性がある者を俺達に排除させてから、本格的に攻めるのだろう。
そうして、決戦の火蓋が切られようとしていた。