桜の中の好敵手3
「は、な、み、だー!」
気持ちいい程の青空の下、ピンクの花びらがそよ風に揺れている。学校が休みの今日、天気に恵まれ絶好の花見日和だ。
今日まで天候に恵まれ桜の花は次々と開花し、今や美坂公園の桜はほぼ満開に近かった。
はるかは公園の入口で瞳を輝かせている。
いつもは下ろしている髪も、今日はポニーテールでショートパンツから除くすらっとした足が羨ましい。そして相変わらず天使みたいに可愛い。
「町田君、どこだろうね?」
美坂公園は遊具スペースと桜の木々が多くある散歩スペースの2つの区域に分かれている広い公園だ。敷地内には多くの桜の木が植わっていて桜の時期には特に散歩スペースは花見客で賑わう。
町田君が、早めに場所とりをしてくれるとのことだったので私達はその言葉に甘えさせてもらい、ゆっくりお弁当作りを楽しんできた。
というのも、町田君にサンドイッチをとられたはるかが、何も作れないから一緒に作ってと泣きついてきたので泊まり込みでお弁当作りに励んだのだ。
そのかいあって、結構な力作ができたと思う。
「バーベキュースペースから遠い所にとるって言ってたなあ」
「あー、バーベキューの近くはねー」
散歩スペースの一部は花見の期間のみバーベキュースペースとして解放される。バーベキューをしたい花見客はそこで桜とバーベキューを楽しむのだ。そのせいでそのスペース一帯と風下はバーベキューの匂いが凄い。
今回私達は純粋に花見を楽しむために集まるので、出来れば煙や匂いを避けた場所に陣取りたかった。町田君の頑張りに期待したいところだ。
散歩スペースへと足を運ぶ。小さな子どもの笑い声と遠くから聞こえる既に出来上がってそうな大人の人たちの声に、なんとなくワクワクとした気持ちが膨らんでくる。
「あ、町田から連絡きたよ。桜並木の端にいるって」
「……どっち側の端だろう」
「確かに」
美坂公園内の桜並木は、散歩スペースの区画を丸い円だとしたらその中心を真横に真っ直ぐ走っている。桜並木を超えて奥が緑豊な公園で手前が砂やコンクリに舗装された場所が多い公園になっている。
イベントやラジオ体操は主に手前の舗装された場所で行われ、バーベキュースペースもこの1画になっている。全体的に舗装されてる訳では無いので、桜の木もまばらに生えており桜の下でバーベキューが叶う場所なのだ。
話はそれたが、つまり桜並木の端と言われても右端なのか左端なのかどっち側だろうという話になる。
私は少し考えて、右側に進むことにした。
右側の端は遊具スペースに近いからだ。
「なんとなく、魔王のことを考えたら遊具スペースに行きやすい場所にするんじゃないかなあ?」
「なんで、あいつ?」
「なんか騒ぎ出したら遊具スペースに連れてったら喜びそうだから」
「子どもかよ」
はるかが笑いながら、私の横を歩く。
そんな会話をしながら歩いていると、はるかの携帯に町田君から電話がきた。
「もしもしー、場所取りありがとー。あ、やっぱそっち? 今向かってるわ。うん、え? 魔王いんの? 早くね? わかった、急いでいくわ」
魔王、もう居るのか。
町田君とふたりっきりで大丈夫かなあ? 町田君だからのらりくらり対応してくれてそうだけど。
電話を切ったはるかが私を見ていう。
「あいついるみたい。ちょっと急ごう」
「そだね、町田君が可哀想だね」
顔を見合わせて笑ってから、私達は目的地にむけて小走りをした。
「遅い」
「すみません」
「我より遅れるとは」
「魔王様いつ来たの?」
「少し前ぞ」
「ねちねちうるせーぞ、魔王」
「貴様は黙れ! 我は今こやつと話している」
ブルーシートを引いた上に、ニコニコ笑う町田君と不貞腐れた顔の魔王がいた。ついた早々、私に文句をつける魔王にはるかが切れる。
荷物をブルーシートに起きながら、私は魔王を見た。
「あれ? 魔王様、手ぶらなの?」
「後で使いのも者が持ってくることになっておる」
「そうなんだー……使いの者?」
「もしかして、魔族とかあ?」
魔王の一言に私と町田君が言葉を返す。
魔王は私達を見ると、頷いた。
「貴様達は別に魔族が1人2人増えたところでなんとも思わぬ様だし、いいだろう?」
(良くないよ。魔王、勝手すぎだよ!)
「そっかあ。どんな魔族が来るんだろうねえ」
「町田あ、こんなめんどくさい奴がもう1人増えんだぞ? なんか私どっと疲れた」
よいしょ、と年に似合わない掛け声ではるかはブルーシートに座る。私も、これから先の疲労を考えてため息をつくとはるかの横に座った。
大きな桜の木と小さな桜の木の間にしかれたブルーシートから見上げれば、桜のピンクと空の青のコントラストが綺麗だった。
「きれいだねー」
「だなー」
魔王も私の横に座り空を見る。
「……煩くなくて良い木だ」
「……そこですか」
魔王を見れば、予想通り絵になる光景になっていた。
(ほんと、角さえなければなあ……)
あの角がなくて、魔王が魔王じゃなければ私は多分顔で落ちていたような気もしなくはい。
まあ、横暴だし魔王様みたいだけど時々思い出したように優しい所はいいなあと思う。
根はきっと優しい魔王なのかなとも思うけれど、どうしても町田君に言われた魔王なんだから気をつけろの言葉がふいに頭をよぎる。
魔王だから。
だから、私なんて小さな虫を潰すのと同じ感覚で潰せる存在なんだ。
こうやってみていたら、そんなこと想像もできないんだけどなあ。
ぼんやり魔王をみて、そんなことを考えていれば魔王が私を見てふっと笑った。
「……間抜け面よ」
ドキリ、と胸が鳴る。
「ま、間抜け面とか酷い!」
「本当の事ぞ」
「……魔王様ー!」
「魔王様と持田は仲が良いなあ」
「町田君、これの、どこが、仲いいの、よ!」
胸の高鳴りを隠すように、少し大きく、少し大げさになった私の反応。
誰も疑問を抱くことなく町田君もはるかも、魔王も笑う。
「我の駒だからな」
機嫌が良さそうな魔王は、指をついと横に動かした。
キィィインと耳鳴りがした後、風が優しく吹いて花弁が舞う。
私達の目の前をたくさんの花弁がクルクルと回ってから空へ上がった後ふわりふわふわとゆっくり舞落ちてきた。
「キレー、魔王、今魔法使った?」
「風魔法の初級だな。本来こちらの人間に魔法を見せるのはダメなのだか、今日は特別ぞ。魔王権限だ」
「すげえなあ。無詠唱……」
私は言葉もなく、目の前を降りてくる花弁を見つめる。
「どうだ、駒。綺麗だろう」
ドヤ顔で私を見る魔王に、「すごい綺麗、魔王様すごい」と笑って伝えた。
「ほかの奴らには言ってはならぬ。ここだけの秘密よ」
すごいと思う半面、魔法を使ったタイミングでした耳鳴りに私はやっぱりと思ってしまった。
初級の魔法で今の耳鳴りなら、あの夜の激しい耳鳴りはいったいどれ位のレベルの魔法を使ったんだろう。一体何のために。
ちらりと町田君を見れば、町田君と目があった。
きっと町田君も今耳鳴りがしたに違いない。
「大丈夫」
「なら、良い」
きっと私に向けられた言葉なんだろうけど、魔王がはなしの流れからかいいように勘違いしてくれたみたいだ。
町田君に小さく頷いて、私は魔王をみる。
はるかは寝転がって未だにふわふわとまう花弁を見ながら花弁が自分に落ちてくるのを楽しんでいた。
「あらまあ魔王様、魔法を使いましたわね? お父様に怒られますわよ」
高いソプラノの冷たい声と共に、ざぁっと風が吹いた。ゆっくり落ちていた花弁が、一斉に飛ばされていく。
思わず目を閉じ、再び目を開けると目の前に現れた人物に私は言葉を失った。
「来たか、ステルツィア」
ステルツィアと呼ばれた女性は黒い羽の生えた翼を1度はためかせた後、閉じる。
頭には羊のように丸まった角が左右にひとつずつ。
それよりも、私はその顔に驚いた。
「……せ、先生?」
隣にいたはるかの小さな声がとても大きく聞こえた。
うまく区切れないんですが、どうすれば……。