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桜の中の好敵手

 



 始業式のあの日から1ヶ月。その間ドラゴンと遭遇することはなく魔王がいる非日常が穏やかに過ぎ去ると共に、桜坂高校にその名に相応しい季節がやってきた。桜坂高校は坂の上に建ち、その坂の両脇には立派な桜並木が200mにも及び立ち並んでいる。

 冬はただの枯れ木並木だが、5月の初め桜前線がやっと上陸するとここは青い空にピンクの絨毯か広がり桜の花びらが舞う美しい坂になる。

 桜坂高校の新入生は、この月になってやっとこの高校名の由来を知ることになる。

 満開にはまだ数日かかりそうな桜坂を、私は早足で歩いていた。それもこれも、隣を歩く男の歩幅が広いせいだ。

 じとりと見た男の横顔は誰もが振り返る程の整った顔立ちをしている上に黄金色の髪がさらさらと揺れて綺麗だった。

 ただし、黒い角さえなければ。

 その角を少し見つめた後、私はがくりと肩を落とす。


(魔王じゃなければ、このシチュエーション悪くは無いのにがっかりだよ)


 ドラゴンから助けられた翌日に住宅街で魔王と会ってから、学校がある日は毎日必ず自宅を出てすぐの十字路に魔王が立っていて私を待っているようになった。

 初日はたまたま十字路で鉢合わせたのかな、なんて思い「あ、偶然だね」と、交わした言葉が、2日目には「今日も会ったね、すごい偶然」に変わり、3日目ともなれば私だっておかしいことに気づく。


(魔王、毎日待ってるんだ……)


 心の中で思ったことはそのままに、「オハヨウ」とぎこち無く出た言葉に「ふ抜けた顔よ」

 と返事がある。

 今ではさすがに「おはよう」「うむ」なんて流れができたが、魔王が毎朝十字路で待つのは変わっていないし、それに突っ込む勇気はまだない。

 だから、今日もいつも通りたまたまを装って十字路であった魔王と教室までの通学をあんまり楽しくはないが楽しんでいる。


「ここの桜とやらもだいぶ色づいてきたのだな」


 魔王が桜の木を見上げながら呟いた。私もつられて見上げる。

 薄いピンクのつぼみがそこかしこについており、花開くのも数日のうちだろう。


「今週末くらいには、きっと桜の花でいっぱいいになってると思うよ」

「どのような花を咲かすのか楽しみではある」

「綺麗だよ、とても」

「煩くはないのか?」

「え? 煩い?」


 桜の木から魔王に視線を移せば、魔王は忌々しいものを思い浮かべたような顔をする。


「我が城の裏にも似たような木はあるのだが、花を咲かすと毎晩煩くてかなわぬ」

「……それは、植物だよね?」

「植物の話だが」


 切り倒すと臭いし燃やすと丸1日叫ぶ上に辺りに火の粉をまき散らし火事になるし困った木よ、とため息をついて魔王は前を見た。

 私は謎の魔族領がさらに不気味に感じた。夜になると煩い花で燃やすと叫び声をあげるってなんだろう。怖い。そして、そもそも本当に木なんだろうか。


「この木がそのような煩わしい木でないなら良い」

「そんな木、今まで聞いたことないよ」

「……なんと、羨まし世界ぞ」


 ぽつりぽつりと登校する生徒にちらちらと見られながら、教室までいかにこの世界の木が無害で魔族領の木が有害かについて話しながら歩いた。





 うつらうつら、と頭がふねをこぐ。

 窓から差し込む暖かい太陽の陽が私を夢の世界へと誘う。

 黒板に書かれた現国の写しをしているはずなのに、さっきからノートに書かれるのはミミズがのたくったような線か間違いだらけの日本語だらけだ。

 消しては直して消して直してを最初は繰り返していたけれど、もう諦めた。ダメだ眠い。

 これは一回寝なきゃだめだ、と自分に言い聞かせると教科書を立てて腕を枕がわりに右に顔を向けた。

 瞬間息が止まった。

 ついでに心臓も止まるかと思った。むしろ1回止まったと思う。

 目の前には般若のような顔で私を見る魔王がいた。

 瞳孔がひらき、いつもはすっとした目がめいっぱい見開かれている。

 薄くて形の整った口元もへの字を書いている。しまいには、魔王が持っていた鉛筆が、たった今目の前で粉砕した。

 私と目が合った魔王は静かに口を動かす。


 “ ね る な”


 びしり、と私は背筋を伸ばし前を見た。


(やばい。こわい!)


 寝てたらたぶん私は殺されてたと思う。あの、粉砕された鉛筆のように、私の頭もぐしゃっといっていた。

 一気に眠気が飛んでいったので、私はノートをとることに専念することにした。

 なんとなく右側から、ばしばしと何かが当たる気がするがもう見ないことにする。それが私の身のためだ。




 授業が終わってから、あの後1回魔王を見ておけばよかったと後悔した。

 授業終了の鐘がなり先生が退室した瞬間魔王に首根っこを掴まれずるりと椅子から引きずり下ろされる。

 ぐえ、と私の口から言葉にならない言葉がでた。


「魔王様、くるしいー」

「貴様、何故我を見なかった」


 椅子に座る魔王の横で、床に落とされ座り込んだ私は、その言葉になんだと顔を上げた。


「……書く物がなくては、ノートを取れぬ」


 粉砕した鉛筆を私に見せつけてきた魔王。

 少し悲しそうである。

 自分でやったんじゃん、と口から出そうになった言葉をぐっと飲み込んで自分の机の上に乗ってるノートを指さした。


「……うぅ、ノート貸すよ?」

「鉛筆も献上せよ」

「それは買えばいいんじゃないでしょうか」

「そもそも貴様が勉学の時間に寝るなどという愚行を行わなければ、我は鉛筆を粉砕することはなかった。責任は貴様がとれ。献上できなければ、首をもぐぞ」

「……まじ魔王様理不尽すぎてやばいわー」

「当たり前だ。魔王とはそういう者ぞ」


 そんな理不尽が通るなら、私も魔王に生まれたかった。そもそも、魔王のくせに真面目か。

 手が離されたのでのろのろ椅子に戻り座ってから筆箱からシャープペンを出し、それとノートを渡す。

 魔王は受け取るとノートを開いた。


「……意外と、まともな字を書けるのだな」

「失礼だと思います」


 自分のノートと私のノートを見比べて、恐らく取り逃した場所を見つけたのだろう魔王はシャープペンを手に持つと自分のノートに写し始める。


「む」


 首をかしげる魔王。

 シャープペンを見て、私を見て、ノートを見てまた手を動かす。


「ぬ」


 眉間にしわがよった。

 再びシャープペンの先をノートにあてる。


「……貴様、もぐか」


 ゆっくり魔王が私を見る。

 私はニヤニヤしていた口元を一度引き締めた後、命の危険を回避するために口を開いた。


「魔王様、それ芯を出さないと書けないんだよ」

「何故、出して渡さない」

「忘れてました」


 シャープペンを置いた魔王の手が私に伸びてきて頭を掴まれ、ぎちぎちと頭を締め上げながら上に引っ張りあげてくる。もぐ気だ!


「すみませんすみませんすみません」


 魔王の手を両手で剥がそうとするも全く剥がれず、その間も魔王の指だけで私の頭は締めあげられつつひっぱられる。


「何でもするから、離してー! もげちゃう!」

「ほぅ、なんで「ねぇ、あんたら何やってんの?」……ちっ」


 ぱっと魔王の手が離れて、私は机にぐたりと倒れ込む。


「もげると思ったー」


 魔王の頭をぱしりと叩きながら、腹痛というなのサボりから帰ってきたはるかが席に戻る。

 魔王は忌々しくはるかを見ながら、腕を組んだ。


「魔王、あんたいい加減にしろって何回言ったらわかるわけ? 馬鹿なの?」

「口を慎め、たわけが」

「お前がな。で、柚月、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかもしれない」

「……軟弱な」

「お前は黙れ」


 はるかに頭を撫でられながら、私は魔王を見た。眉間の皺がいつもより多い。

 今日までの間、魔王とはるかは違いにマウンティングをしている。今のところややはるかが優位に立っていて魔王がやきもきしているという感じだ。意外と魔王は弱いのだろうか。

 ため息をつくと、私は魔王の机の上に転がっているシャープペンに手を伸ばした。


「まあ、私が悪かったからごめんね。ちなみに、シャープペンはここをポチポチ押したら押しただけ芯がでるから、書けるよ」


 ほら、と魔王に芯を出したシャープペンを渡す。魔王は、疑いの眼差しを私に向けたあと自分のノートの空いたスペースに試し書きのつもりかペン先をおいて動かした。


 パキ。


「あ」


「書けぬではないか!」

「違っ! 今のは魔王様が悪い! シャープペンは優しくそっと書かないと、折れるんだよ! また芯だして、ほら。だからやめて、頭はもうだめ!」


 両手で頭をガードしながら私は叫ぶ。

 魔王は一瞬私に冷たい目を向けたあと、ポチポチとシャープペンの頭を押してしんを出すと、再び書き出した。

 そして、笑う。


「おぉ、やれば出来るではないか。これなら延々と書けるのであろう? 鉛筆よりも良いな」

「替え芯があればできるけど……」

「替え芯はどこぞ」

「今日はないよ」

「使えぬ駒め」

「柚月、こいつマジで1回ぶん殴った方がいいんじゃない?」


 殴れたら殴ってる。

 はるかににこりと笑うだけで返事をした。

 魔王を少しの間はらはらとしながら2人で眺めていたが、何度か芯を折って舌打ちしたもののすぐに要領を掴んだのかスラスラとノートを写し出して、ホッと胸をなでおろした。

 ふいにはるかが「あ、そういえば」と切りだした話のことで、魔王がまたも騒ぎ出したので私のお昼ご飯はまだまだ後になりそうだ。


(お腹すいたなあ)





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