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魔王到来2




「駒よ、我が問に答えよ」

「……」

「耳もなければ、口も無し。使えぬ奴め」

「……」

「貴様はなんのための駒なのか、呆れて言葉も出ぬわ」

「ズクルーテエムさん、テスト中なので静かにしてくださいね」

「教師、我が問に答えよ。このかっこいちとやらに埋まる言葉とは何ぞ」

「それを考えるのが、テストです」

「駒、貴様はなんと解く」

「ズクルーテエムさん、それは聞かないのがテストです。自力で考えてください」

「地球とはまま成らぬ場所よ……」


 やっと静かになった魔王が、問題用紙をじっと見つめ始めたのを横目でチラリと見て心の中でそっと息をはいた。

 新学期初日、桜坂高校は毎回この日に小テストをする。

 休み明けの寝腐った頭をたたき起こすためのテストらしいがなかなかこれが難しい。

 もちろんそんなテストを魔王にやれと言っても出来ないので、魔王には特別に地球の人間とのコミュニケーションについてという問題が配られている、らしい。

 らしいが、(1)で行き詰まったあたりあの生き物に地球の人間とのコミュニケーションは難しいのかもしれない。

 登校初日から、魔王の幸先が心配になったが、私も問題が解けなくて自分の幸先も心配になりそうなので真剣に問題を解くことに専念する。





「それではテストを回収したら、今日は終了です。さようなら、また明日会いましょう」


 チャイムがなった後、教卓にトントンと回収した答案用紙を当て揃えながら先生がそう告げた。

 一斉に教室内がざわつく。


「ねえ、魔王様は何歳なの?」

「貴様の問に答える必要を感じぬ」

「魔王様は結婚する予定はあるの?」

「愚問だ」

「角触っていい?」

「指が消えてもいいなら触るがいい、馬鹿どもよ」

「魔法使える?」

「当たり前だ。貴様らには見せぬがな」


 私の隣の席にはわんさか女の子があつまった。ちらほらと男の子の姿も見える。

 そして魔王だが、コミュニケーションが取れている……様に見える。ふんぞり返って座り、真顔で頬を染めた女の子や男の子(こちらはたぶん興奮で頬が赤いだけだと思うが、そう思いたい)の質問に答える様は少し怖い。


「うわあ、獲物を狙うハイエナがあんなに」


 はるかがげんなりした顔で魔王の席を見ながら呟いた。

 私は苦笑いしながら、否定はせず帰宅準備をする。わけわかんない出来事が現在進行形でおきてるせいで、とても疲れたからさっさと帰ってゆっくりしたかった。


「じゃあ、私帰るね。なんか疲れた」

「ただの災難だよ、ほんと。帰ってゆっくり休みな、また明日ねー」


 ひらひらと手を振るはるかに手を振り返しながら、魔王が女の子に囲まれてるうちにそそくさと教室を後にする。

 見つかったらなんかめんどくさいことになりそうな気がした。

 廊下に出たところで、町田君と遭遇した。


「あ、町田君。奇遇だね、帰りも会うなんて」

「おー、お疲れえ。なんか持田のクラスすごいことになってんのなあ」


 ちらりと教室の中を見て、目を細めてから苦笑いをした。

 私もチラリと見る。黄金色の頭と角が見えるから、ああ居るんだなって分かるくらいだ。


「転校生は魔王だったよ。訳わかんないんだけど、ねえ、町田君。これは現実だよね?」


 教室の中をまだ見ようとする町田君を引っ張って廊下を進んで歩くと溜まっていた言葉が次から次へと溢れてきた。


「皆さー、魔王がいて当たり前みたいな対応なんだけど、普通魔王はこの世にいなかったよね? それとも、私の認識が間違ってたの?」


 最初は引き摺られるようにしていた町田君は、今は私の横を私に合わせて歩いている。

 言葉と一緒に気持ちも溢れそうで、ちょっとだけ目の奥がつんとしだした。


「いきなり現れて当たり前みたいな顔で、私のこと駒とか言うんだけど、わけわかんない」

「持田さあ、昨日いつもと違うこととかなかった?」

「……違うこと?」


 その言葉に私は足を止めて町田君を見上げる。

 目から汁じゃなくて、鼻から汁が出てきそうで

 ずず、と啜る。

 町田君が眉間に皺を寄せたあと、2回私の頭を軽く叩いた。


「俺はさあ、昨日の夜すごい耳鳴りがあったよ」


 あ、と私は息を飲んだ。


「持田はさあ、なかった? そういうの」


 町田君が、私を見下ろす。

 真剣な表情に私は思わず視線を逸らして、呟いた。


「私も、あったよ」


 あの異常な耳鳴りは、普通じゃなかった。

 私の言葉を聞いて、町田君はゆっくり歩き出した。

 私も合わせてゆっくり歩き出す。

 人1人分、私達の間に隙間が空いた。


「俺は、魔王が居ないのがこの世界だと思ってる。期限付きだとしても、魔王がいるのは普通じゃない」


 前を歩く町田君の表情はわからないが、今まで聞いたことのない真剣な口調に私はなんだか胸がざわざわしてひどく不安になった。


「持田もそう思わない?」

「私は、魔王は物語とかそういう世界の存在だと思ってたから、なんだか現実味がないっていうか」

「……だよなあ。まあ、いるもんは仕方ないよなあ。持田、一応相手は魔王だから気をつけろよ。人間なんて殺したり、言うこときかせるようにするのは、朝飯前だろうしなあ」


 俺はクラスが別だからいいけどさ、なんて後ろを見て町田君が笑ったから、私もそうなんだよねー気をつけるって笑った。

 よかった。

 町田君は町田君だった。

 それから今日のテストはあーだった、こーだったなんて話をしていたらあっという間に校門についた。

 私の家と、町田君の家は反対方向なのでここでさよならする。


「じゃあなあ、また明日」


 爽やかな笑顔で手を振る町田君に私も手を振り返した。

 真っ青で雲一つない空と学ラン姿の町田君はなんだか輝いて見えた。周りは枯れ木枯れ草だらけなのに。




「ただいまー、柚月?」


 階下から聞こえたその声に、はっと目を覚ました。慌てて、「はーい」と返事をしてベッドから起き上がる。

 どうやら、帰ってきてお昼ご飯を食べてから昼寝をしてしまったみたいだ。少しベッドでゴロゴロするだけの予定だったのに。

 携帯を探して部屋を見れば、机の上に置いてあるのを見つけた。ディスプレイに表示されていた時刻は16時を過ぎていた。


「はるかから連絡きてたんだ、気付かなかった」


 画面にははるかからの着信とメッセージの文字が光る。とりあえず着信の表示を消してから、私はメッセージを開いた。時間は私が学校から帰って少ししてからだったが全く気付かなかった。携帯を見もしなかったし。


(何の用事だったんだろう?)


 寝起きの働かない頭でメッセージを見て、げんなりした。


『悪魔の形相で、魔王があんたを探してたよ。家に帰ったよって言ったら『駒の分際で』って喚いてたわ。クソめんどくさいんだけど、あいつ自分の国に帰ってくんないかなあ? 今すぐ』


 ごめん、寝てた。ねえ、魔王って暇なの?と返事をして画面を消した。

 携帯をポケットに入れ、私は部屋を出る。




「おかーさん、おかえりー」

「あんた、寝てたでしょ」

「なんか色々あって疲れちゃってさー」


 キッチンに立ち晩御飯の準備を始めている母親に声をかければ、「何が色々よー」と、ふっと笑いながら返事をされる。


「ほんとに色々あったんだからー」


 ぶつくさ言いながら、飲みものでも飲もうと冷蔵庫を開けてお茶のボトルを出した。食器棚からコップを出してお茶を注ごうとした私にお母さんから声が掛かる。


「あ、そうだった……柚月、ちょっとー」

「なに?」

「どこでもいいけど、買い物行ってきて」

「えー、何買うの?」

「醤油」

「今日使うの?」

「今日使いたいから、今頼んでるんでしょう?」


 馬鹿な子ねーと副音声が聞こえた気になりながら、私はお茶を飲み干した。染み渡るわあ。

 昼寝をして、体は少しスッキリした。

 アイスでもついでに買おうかなあなんて考えながら、コップをシンクに置く。


「じゃあ、コンビニ行ってくるー」

「よろしく頼んだわー」

「うん。醤油だけでいいの?」

「んー……醤油だけでいいわ」

「2回は行かないからね」

「わかってるわよ」




 歩いて5分程のコンビニで、買い物を済ませた私は夕方のまだ寒い住宅地をぷらぷら歩いている。

 昨日まで、普通の日常だったのに今は魔王がいる日常が始まってしまった。

 寝て起きたら夢だったなんてことも無かった。

 綺麗な茜色の空も、今の気持ちでみればいつもと違うなんだか不気味な空に見えてくるから不思議だ。

 学校での時間は世界が私の敵になったような、味方なんて一人もいないような気持ちにさせた。ただ、町田君だけが私と似たような考えでいてくれたことが、嬉しかった。

 魔王には気をつける。

 何をどう気をつけたらいいのかわからない。

 魔王は私に話しかけてくるし、はるかのメッセージを見るにきっと明日も明後日もその次も、魔王は当たり前のように私を駒と呼び話しかけてくる。

 魔王のご機嫌とりなんて、私はそんなことがうまく出来る方じゃないから魔王が寄ってくる限りいつでも身の危険は側にあるような気がする。


(だいたい魔王って、どうやってきたんだろう)


 町田君が言ってた、耳鳴りの話。

 きっとあの瞬間、魔王はこちらに来たか既にいて何らかの魔法を使ったのかもしれない。

 だとしたら、皆に耳鳴りがしたんだろうか。


(それとも……)


「貴様、こんな所で何をしている」

「え? あ、魔王……さ、ま?」


 考え事をしていた私は全く気づかなかった。

 目の前、住宅街の細い道の真ん中に真っ黒のマントに身を包み、長い髪を一つにまとめた魔王が王者のようにそこに立っていた。

 黄昏時、沈む夕陽を背景にしたその光景は、まるで、1枚の絵のように綺麗で言葉がでなかった。


「こんな所で何をしていると聞いている。答えぬか」


 魔王は動かず、私を見る。

 私も、魔王を見る。

 魔王は眉間にシワが寄っていて、私を睨みつけてくる。今の魔王から視線を離したら殺られそうだ。

 綺麗だと思ったのもつかの間、今度は私の命の危機に言葉が出ない。ただ、お使いの帰り道だと言って買い物袋を見せれば済む話なのに、だ。

 ため息をついて、マントから手を伸ばす魔王。


「駒、死にたくなければ、こっちへ来い」


 魔王の手を取った瞬間、殺られそうだ。魔王に。

 このままの方がいいのでは。



 ――そう、思っていた時が私にもありました。




「うわぁああああ! まおーさま、あ、れなーにーっ! ぎゃあああああ! こっちきたあ! と、とんっ、どんでるよーっ!」

「……やかましい、それ以上叫んだら捨て置くぞ」


 私は今、ものすごいスピードで走る魔王に俵のように担がれている。

 景色が流れるように過ぎ去っていく。

 がくがく揺れる頭を持ち上げれば、目の前に白目を向いて、口から涎を垂れ流すドラゴンの顔があった。


(お母さんごめん、私死んだわ)




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