成長
そうした一夜の騒動は、心身共に疲れを感じるには充分であったか、手探りで手にした時計は昼過ぎを指し示し。
久方ぶりに感じる充足感に、手を軽く伸ばそうとして違和感に気付く。
「・・・んっ?」
左腕は問題なく上へと上がるのだが、右腕はまるで万力に押さえつけられているかの如く微動だにする事無く、行動を阻む。薄暗くぼんやりとした視界の中、掛け布団の中より何かに固定された感触を感じ、依然として右腕は不自由なまま。ジョンとしても多少は力に自信があったのだが、それは行動を許さんとばかりにきつく締め上げ、内へ内へと引き込まれて往く。
「・・・・何だぁ?」
今だ視界は闇に包まれており、触感だけが何かを訴えかける。とは言え、未知の感触に幾ら頭を捻ろうとも答えが出る筈も無く、確認するのが早かろうと寝ぼけ眼を擦り、異常事態に慌てて布団を跳ね上げる。
「・・・えっと・・・誰?」
予想とはまるで違う光景に、ジョンはただただ口を開いて疑問を漏らす。
何時もながらのミュールの悪戯であろうと思われたそれは、見知らぬ美女の姿をしており、ジョンの右腕は、美女の腕に抱かれて桃源郷の如く。一瞬羨ましいと思ったが、自身の腕であると自覚するなり慌てて布団で覆い隠す。
傍から見れば、美女との情交の後にも思えただろうが、ジョンにそういった自覚は無く、自分は何をしたのだろうかと慌てふためき思考は暴走していく。
(な、何だ!? 一体何が如何なって? そもそもこの人は誰だ? と言うか此れは夢か? あぁそうか、夢か)
一番理解しやすい夢なのだと納得すると、諦めた様に目を瞑る。
視界を閉じ、眠る事へと集中するなり、右腕に何かの感触を感じるが、努めて意識を逸らしては羊を数えていく。
だが、現実はそう甘い訳も無く、物音に気づいたのか、もそもそと微かな音を漏らしては何者かが顔を覗かせた。
「・・・ジョン様、おはようございますぅ」
眠気を幾分か纏わせた甘い呟き。その何処か聞いた事のある声色にジョンは思考を回転させるが答えは出ず、戸惑う様子を見かねてか、美女が跳ね起きては頭を下げた。
「も、申し訳ありません。主様の寝床を御貸し頂いたばかりか、この様な粗相を―――や、やっぱり床で寝るべきでした。重ねて申し訳ありません」
容姿と合わぬ幼い仕草と重苦しい謝罪の言葉。そこから連想される人物とは掛離れた姿に、ジョンは狸にでも化かされたかと頬をつねる。
「―――痛っ!」
しかし、夢で無い事の証明か、鋭い痛みが奔り、微かに張り付いた眠気を吹き飛ばす。
自身が見ている光景をそれで納得できた訳では無いが、此れが真実なのだと知り、無自覚に叫びを放つ。
「みゅ、ミュール! おい、如何なってる!?」
「っひぃいい!!」
失敗したとでも思ったのか、ジョンの声に合わせて美女は悲鳴を放ち、心細さに尻尾を抱く。
今はまだ尻尾にかじり付いてはいないが、それも時間の問題か、何とも心の痛い仕草に悪い事をした気持ちになるが、心を鬼にし、中空に浮いたモニターへとにじり寄る。
「はい、何か―――」
返答もそこそこ、ジョンはモニターを手にし、問題の美女を指し示す。
『・・・・・・・』
両者は数十秒程沈黙し、静かに頷き合うと、一つの解を呟いた。
『ノウン?』
「は、はいぃいいい」
如何やら正解であったのか、腰まで伸びた火の様に赤々とした美しい赤毛を振り乱し、猫の如き耳を緊張に逆立てた。
ジョン達の一挙手一投足を逃すまいと、瞳は油断無く動き、静と動が入り混じった歪なそれはノウンそのもの。
間違う筈も無いかとジョンとミュールは困惑気味に溜息を漏らす。
「その、一応聞いてみるが、体は大丈夫か?」
色々と含みを持たせた質問ではあったが。
「は、はい。問題ありません!」
と、元気に言い放つのみ。恐らく無自覚なのだろうと理解し、言葉を重ねる。
「すまん、不快かもしれんが重ねて質問させてくれ。今の状態について自覚はあるか?」
「今・・・・ですか?」
やはり無自覚だったのか、ノウンはそう言うと両手に視線を這わせ、そのまま流れる様に胸元へと移行する。
当然、見た事も無い膨らみに悲鳴を上げる。
「な、何でしょうか此れは・・・・ま、まさか何かの病気でしょうか? もしやジョン様にうつる様な!?」
ノウンはそう言うなりジョンと距離をとる。己の大事よりも他者を大事に思う辺り、奇跡の様な存在だと思わずにいられない。劣悪な環境に咲いた一輪の花。名実共に可憐な花であった訳だが、そんな事を知らぬジョンにとっては、不様に顔を赤らめ、ノウンの胸元で跳ね上がる果実より目を逸らす。
そうした様子にノウンは不思議そうに顔を捻るが、下心を伝える訳にもいかず、質問の答えを曖昧に濁す。
「だ、大丈夫だ。それは病気では無いからな」
「そ、そうなんですか、よかったぁ~~」
緊張より弛緩したせいか、殊更安堵の表情を浮かべ、胸中に満ちる不安を溜息として吐いた。
しかし、今までの話の中で解った事と言えばノウンが女性であった事と、無自覚に成長したという事。
不明瞭な点も多く、何故大きくなったのか? そもそもミュールは知っていたのか等、疑問は尽きない。
ならば、一つ一つ潰す他あるまいと、誤魔化す様に頭を掻いてはミュールへと顔を寄せ、質問を投げ掛ける。
「・・・それで、ノウンが女性だと知っていたのか?」
「それこそ今更ですが、ノウンという名前を付けた時に申し上げた筈です。アンでは無くノウンでしょうかと」
確かにアンと呼ばれれば女性を意識するかも知れない。
しかし、ノウンでも女性の可能性は残っているでは無いかと、その様な重大事項を隠す事なく話してもらえればこんな事にはならないだろうと、不満を抱いた処で後の始末。
結果としてこうなったのでは仕方ない、諦め混じりに腕を組んでは、顎に手を当て思案する。
「その事に関しては置いとくとして、大きくなった理由についての説明を求めるが?」
内心、放置できぬ問題ではあったが、嘆いた処で結果は変らない。
ならば過ぎた事は思考の外に追いやり、選択肢を有する議題に意識を向ける。
言葉にすれば正しい様にも聞こえるが、実際は思考の停止。
理解できぬ事柄に時間をとられるよりは、打算でも動くべきかといった一種の諦め。
ミュールとてジョンとは長い付き合い。その程度は推し量る事は容易。
これ以上こじれた処で意味はなかろうと、推察する一つの予想を口にする。
「予想の範疇でしかありませんが、『万能の手』が施した処置が原因でしょう。元より成長できない様に止めていたのか、もしくは、欠陥を抱えていたのか。どちらにせよ、そうした異常を取り除けば元の姿に戻るのは必定。つまる処、現在のノウンの姿は本来在るべき姿。歪められた身体が、正常に戻った姿でしょう」
ミュールはそう簡単に語るが、ジョンには納得出来ない。否、納得してはいけない失敗が次々と、頭を過ぎる。
(っだぁああああ!! 俺は何てことを! 風呂場では裸を見せるわ、同じベッドで寝るわって最悪じゃねえか!)
無遠慮に過ぎた己の痴態にジョンは頭を抱えて苦悶の表情を浮かべる。
「んがぁあああああ―――!!」
余りの恥ずかしさの為、我慢ならぬと上げた咆哮。しかしながら突然に過ぎた為。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―――!!」
と、ノウンが訳も分からず謝罪を口にし、意味不明な空間は、益々混沌と化していく。
一人蚊帳の外であったミュールだけは面白そうに微笑を浮かべては、ただ見つめるのみ。
ジョンとしても、謝られるのは本意では無く、そもそもが自身の失態。謝罪をするのは己であろうと、頭を下げた。
「そ、そのぉ、謝って済む問題かどうかはわからないが、すまないとだけ言わせてくれ。本当にすまない」
「えっ!? な、何故でしょうか? た、多分悪いのは僕ですので、えっと・・・えっとぉ・・・」
ノウンにしても謝られた経験が無いのか、如何すれば良いのかすらわからず、右往左往とするばかり。
ジョンはジョンとて、誠意を勘違いしているのか、頭を下げてばかりで、話が進む訳も無く、次第に追い詰められたノウンは、泣きそうな表情でミュールの映るモニターへと縋りつく。
「ど、如何すれば良いのでしょうかーーー?」
「・・・・はぁ」
ミュールはそうした光景に殊更何かする必要もなかろうと溜息を返し、ノウンは依然として戸惑いの表情を浮かべた。
まったくもって子供の様なやりとりに、呆れすら感じたが、ジョンにとっては別か、謝るべき相手にこの様な声を上げられては、立つ瀬が無く、誤魔化す様に頭を掻いては、体勢を崩す。本人にとっては不本意であっただろうが、謝る相手を不快にさせては謝罪に非ず。ただの自己満足に過ぎないと悟り、自身の不甲斐無さに再度溜息を吐いた。
「・・・・色々と申し訳ない」
また頭を下げた処で伝わらないかと、今度はノウンを見つめて言葉を投げ掛けた。それは大の大人の行動としは至極幼稚な謝罪ではあったが、誠意は伝わったか、ノウンは目を瞬かせて小首を傾げる。
「い、いえ・・・色々と粗相を致しまして、此方こそ失礼致しました」
ジョンの謝罪が不思議とばかりな様子からは多少変化したとは言え、人を立てるのは亜人の性か、貞淑な淑女の如く微笑み返す。歳の頃は大人の部類であっても、そういった方面には疎いジョンの頭はそれだけで赤熱していく。
戸惑う自身の気持ちに恥ずかしながら顔を逸らして誤魔化しを述べた。