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晦冥航路  作者: 紅龍
6/8

明暗

その様に思われているとは知らず、ノウンは陽気に目的の場所へと駆けて行く。

ヴァルキュリアは船と言っても小型船。縦に続く通路も長くても数百メートル。亜人の足をもってすれば目と鼻の先であり、軽く駆ける程度で目的の場所へと至る。

「っと、此処・・・かな?」

装飾など度外視とばかりに冷たい鉄色の扉が来るものを拒む。どうやら船にとって重要な場所なのだろう、扉は厳重に門戸を閉ざし、扉の横には手を当てろとばかりに四角く区切られたパネルが光りを放つ。

何処か確かめる様にノウンは再度鼻をひくつかせ匂いを辿る。

「うん、やっぱり此処だ。匂いからすると・・・やっぱりこの四角いのを触るのかな?」

ノウンはそう言うと、注意深く匂いを嗅ぎ別け、それらを辿る様に浮かぶ数字を記憶する。

「3・・5・・2・・9・・1・・?」

新しい匂いの順から表れる数字の痕跡。それらを逆に辿っていくと『19253』という数字が浮かび上がる。

何とも化物じみた能力に様子を伺っていたミュールは戦慄するが、そんな事は関係ないとばかりにノウンは数字を打ち込んでいく。

「っしょ、よいしょ・・・おいしょ」

化物は化物として様になれば良いのだろうが、爪先を立ててパネルに縋る様は何とも不恰好。尻尾すらもピンと跳ね上げて必死な様はそうした考えを馬鹿馬鹿しいと否定する。能力が秀でているからと言って化物は化物では無いのだと何とも無駄使いな光景にミュールは無意識に溜息を漏らす。


その様に思われているとも知らず、やっとの事で扉を開いたノウンは中の様子を、右に左に顔を覗かせ伺い知る。

「誰も・・・居ない?」

薄暗い室内に、モニターの反射光だけが辺りを照らす。匂いの元は依然としてこの部屋に満ち、目的の人物はこの部屋に居るのだと告げていた。

「・・・お邪魔します」

もし起きていれば不快な思いをするだろうと、起こさず、かと言って不快にならぬ様に声を調節して呟いた。

しかし、返って来るのは静寂のみ。ならば後は起こさぬのみと猫の様な俊敏さで音を殺して匂いの元へと迫る。

暫くすると目的の人物が目の前に現れ、微かな寝息を立てては、寝心地悪いとばかりに船長席で寝返りを打つ。

「ん・・・がぁ・・・・」

「ひぃ―――!」

起こしてしまったかと慌てて口を両手で塞ぐが、間に合わなかった微かな悲鳴が辺りに反響し、思いがけぬ程大きく響き渡る。やってしまったと獣の耳を折り畳み、尻尾を抱くが・・・・。

「んがぁ・・・・・すぴぃ~~~」

と、呑気な高いびきが不安を払拭させた。

「・・・よ、よかったぁ~~」


それより暫く後、ジョンを抱えて寝室に戻るなりベッドへとその身を横たえた。

流石に船長席に比べ寝心地は良いのだろう、ジョンも安らかな寝息を立て始める。

そうした様子をノウンは満足そうに眺め。

「・・・後は溜まった洗濯物を片付ければ御掃除完了です」

綺麗に片付いた部屋より汚れた洗濯物を積載したカゴを抱えては、洗濯室へと駆けて行く。


静寂が支配する中、機械的に規則正しい・・・正しすぎる男の寝息が途切れ、溜息と共に言葉を漏らす。

「・・・それで、お前の評価はどんなもんよ?」

「貴方が思う通り・・・とだけ言っておきます」

「・・・そりゃまた高評価な事で」

自身の評価の高さを表す言葉ではあったが、ミュールも異論は無いのか、沈黙を押し通す。

「しっかし、事象改変機関の為の燃料か・・・・確かに需要としてはあるんだろうよ、とは言え亜人に事象改変機関を動かすまでの精神を与えるのは違法。俺等の雇い主は襲われるだけの理由があった訳で、当然ながら違法に作られた亜人なんてもんは廃棄されるのが決まりなんだが・・・・構わないか?」

重大な決断をさらりと呟くジョンにミュールは「はぁ・・・」と溜息で応じる。

暫く黙考の後、頭痛でも感じているかの様に言葉を吐き出した。

「・・・・前にも言いましたが、貴方の意思が私の意志なのですから・・・・お好きにどうぞ」

「・・・・すまん」

当然ながら違法の亜人を匿うという事は面倒を背負い込む事であり、常識で考えるならばこの選択は有り得ない。

所持という言い方はしたくなかったが、違法の亜人を所持しているなど判明すれば如何なるものか。

便利屋という職業からすれば弱点を増やす事はマイナスであり、殊更に増やすべきでは無く避けるのが道理。

それら全てを謝罪の言葉で表すには簡素に過ぎたが、これ以上の言葉を重ねたところでミュールを下げる行為に他ならない。

「ジョン、叱責の言葉を吐き捨てるのは簡単ですが、私は少し嬉しいのです。貴方と出会ってから時は経ち、あの頃の思いを失っているのでは無いかと危惧しておりましたが、熱い心を失っていない様で・・・少し安心したのです」

何とも恥ずかしい台詞を飾り気も無くペラペラと語られては悪態の一つも漏れるもの。顔が自然と熱くなるのに合わせて軽口を言い放つ。

「・・・・お前は俺の母親か?」

「・・・ほぉ? では母さんと言って抱きつきますか?」

「・・・・・・」

冗談の返しとしては辛辣な一撃に、何も言えずに顔を覆う。幼少時代よりの既知である為、彼女の持つジョンの醜聞に関しては両手では足らず、過去には彼女を母と呼んだ事も含まれる。

今ならば軽く流せるかと思った過去の恥ではあったが、面と向かって言われると厳しいものだと再確認し、枕に顔を埋める。

「・・・流石にそれは耐えられないので止めて下さい」

「了解しました。あの子の前で威厳を失わせる訳にもいきませんから此処までとしましょう」

「・・・助かります」

ノウンが見れば悲しい顔でもしたかもしれないがこれが現実。俺はただの船長という肩書きを持つただの人でしかない。多少は格好を付けているがそれも剥がれればこの始末。生きる為には恥じも外聞も気にしないただの便利屋。

こうした生き方は楽ではあるが、真っ当な生き方では無く、命の危険も多い。世間ではアウトロー等と呼ばれる爪弾き者でしかない。ならばこそ、採掘などの至極真面目な世界を見せてやりたかった。

そして、そうした思いはミュールも同じか。

「・・・そろそろ戻って来る様です。恥を掻きたく無ければ寝たふりをどうぞ」

ミュールが何処か母の様な雰囲気で言そう言い放つ。子供では無く、大人だからこそ心に刺さる言葉ではあったが、従う他無くベッドの端に寄り、それとなく伝わるだろうとベッドの端を二度叩き、溜息混じりに不貞寝(ふてね)を決め込んだ。


「・・・ふぅ―――本当に貴方は大人でしょうか? 体ばかり大きくなって・・・言いたい事があれば口で言えば宜しいでしょうに、ですがあの子には伝えておきましょうベッドの端でも使う(よう)にと―――」

流石に長い付き合いなだけはある。最低現意思表示でもしておくかと、静かに親指を立てて了承を示し、本格的に意識を沈めては、自己認識を曖昧へと変えゆく。

そうして薄れ往く意識の中、扉の開く音を確認し、後は頼むとばかりに意識の手綱を手放した。


「―――失礼します」

ジョンの静かな寝息が満ちる中、作業を終えたノウンが控えめに顔を覗かせる。洗い終わった洗濯物を片付ける為か、小さな体に見合わず大量の衣服を抱えたその様は異様。しかし幾分も傾かず歩む姿は堂々としており、人とは違うのだと全身で告げていた。

ジョンを起こさぬ為の配慮か、元より薄暗い室内でも亜人の目ならば問題ないと灯りも付けずに服を片付けていく。

そうした配慮も亜人としては異端であり、服に折り目をつけては一枚一枚丁寧に折り畳んでは服を重ねていく仕草はまるで執事かそれに類する者の丁寧さであった。とは言え、そうした行動は相手に余裕がある場合にのみ好意的に映るもの。劣悪な環境においてはただの作業の遅い者でしか無く、幾度と無く怒られた記憶にノウンも耳を伏せる。


「・・・でもまだ時間も有るし、綺麗な方が良いよ・・・ね?」

ノウン自身もそれが過去を拭い去る誤魔化しでしか無いと自覚していたが、それでも・・・それでも恩に報いる為にはこれが大事なのだと心の何処かが囁いていた。粗雑に早くする事も大事なのだと知ってはいたが、それだと心が篭っていない様に思えたのだ。

「でも、それが大事だって大人の人達も言ってたし、問題無い・・・よね? 心の発達こそが大事なのだとか何とか? 事象改変機関を動かす糧・・・それを超えた先・・・先・・・先?」

チリチリと奔る気持ちの悪さ。何かを思い出せと言うかの如き囁きから逃れる(よう)に耳を伏せ、手を動かす。

きっとこの感情は知られてはならないもの。腐敗匂さえ漂わす汚物そのもの。封じた端から匂いは漏れ、吐き気は加速する。


『―――成る程、やはり―――型よりは、―――型の方が成長は早い様だね。早期で解っていた事ではあるが、やっぱり実験しないとね? しかし成功例が一部ではあったが出来上がって良かったよ。さて、残りの―――型は廃棄して―――』

脳裏に掠めるのは、白衣を着た大人達の会話。『実験』と呼ばれ、数多の兄弟が――――となった。

そんな事を知らず、兄弟達はその事に喜び、―――を食べた・・・・。


「―――うっ・・・・!」

フラッシュバックする最悪な光景に、ノウンは口を押さえ、胃より競り上がる“粥”であった物を嗚咽と共に噛み砕く。口腔に引き攣る様な酸味を感じ、自傷気味に笑みを浮かべる。

「・・・これは違う・・・これは違うから・・・勿体無い」

感じる気味悪さよりも申し訳なさに頬を掻き、口元を二の腕で拭っては、汚れが付かぬ様に服を畳む。

何処から如何見ても異常な仕草に、寝息を立てねばならぬジョンは寝たふりを貫き、ミュールも又、無言に徹する。

冷徹とも取れる行為ではあったが、自身の体験として痛い程理解していた。

今、安易に声を掛けた処で、傷口を抉る行為にしかならず、治りかけた傷口を無理やり開く行為になるやも知れぬと。

真に自身を理解できるのは他人では無く、己自身。他者が他者の物差しで何を言った処で寒々しいだけ。

ただの空虚な言葉にしか過ぎないのだと、ジョンとミュールは実体験として学んだ。

此処で軽い言葉を掛けた処で、心の奥底は貝の如く閉じてしまう。ならば、静かに見守る事が正解。

「・・・はぁ」

と、胸に溢れる不甲斐無さを吐き捨て、ジョンはまどろみを求めて意識を手放した。

独りそそくさと逃げる姿に、ミュールも顔を背けようとも思ったが、プログラムでは無い情動とも言える何かが、訴えかける。このまま惨めな状態で放置するのかと。

亜人は亜人であろうと、物の様に扱われた存在をそのままにして良いのかと。

そこまで考えれば簡単な事、自ら意識するよりも早くモニターは光りを放ち、何処か曖昧なミュールの表情を映す。


「っひ―――!!」

やはり怒られるとでも思っていたのか、ノウンは慌てて衣服を手にしては、頭を下げる。

「ご、ごめんなさいっ・・・! お、遅くて申し訳有りません。す、直ぐに片付けてお部屋から退出しますので!」

常に怒られた・・・・いや、怒られ慣れた者の仕草でノウンは怯えて返す。

思い出した光景がそうさせるのか、卑屈なその表情は、硬く固まり、今にも泣き出しそうであった。

しかし、そうした表情をノウンは自覚していないのか、それとも泣く事すら許されなかったのか、ただただ許しを請うばかり。痛々しいその姿に、ミュールも自らの行動に間違いも含まれていたと再確認し、それでも尚言葉を発する。

「・・・違います、違いますから。怒ってなどいませんから・・・ですから落ち着いて下さい」

言葉の丁寧さよりも速度を重視した為、ミュールも慌てた言葉になってしまったが、多少緩んだ発言は功を奏したか、脱兎の如く踵を返したノウンも、控えめに顔を扉より覗かせる。

後数秒遅ければ、ノウンがどの様な行動を起こしたかは知れぬが、きっと良い行動ではなかっただろうと断言は出来た。多少の誤解であろうと、それが積み重なれば取り返しのつかぬ楔となる。

一度芽生えた不信感は、ノウンが持つ負の感情を糧に花開く事だろう。そしてそうなれば、人と同じ精神を持つ故に、容易に精神を壊してしまう。体は強固な亜人であるが故に、心の傷には鈍感なのもまた亜人。

そうなってしまえば、後は壊れるのみ。頑丈であるが為・・・・壊れるまで動いてしまうのが亜人の性であった。

その生に、人への奉仕を植えつけられた悲しい種。そうした者の矛盾に、同じく作られた存在であろうミュールも共感を覚えていた。

そう、だからこそ、今が重要なのだと過去の自分が訴えていたのだと、今更ながらに納得する。

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