表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晦冥航路  作者: 紅龍
4/8

命名

「それで、あの子の名前は如何するのですか?」

支度が整ったのを見計らってミュールがそう問い掛ける。人に対してこのような会話をすれば侮辱以外の何ものでも無かったが、亜人にとっては別の話。名を持つという事は人だと認める事に他ならず、番号で呼ばれる事が常。

従って、あの少年もその例に漏れず、名を問うたところで返って来るのは虚しい番号の羅列。

少年を救うと覚悟したのだから、常に番号で呼ぶなど願い下げ。そうした要因を排除せんとした言葉に、思考の隅に追いやっていた暗い感情が浮かび上がる。

(まったく・・・神ってのは不条理な奴だ。事象改変装置なんて代物が作られても神は観測できなかった。人は、神と呼称される存在から手を離されたのだろうか? それとも・・・・)

「・・・・聞いていますか?」

「ん? 名前だったか?」

頭に浮かんだ暗い思考を、頭を振って打ち消し、殊更冗談めかして笑みを浮かべる。神に縋るなんて子供のような思考に、成長していないのは自分かと頭を掻いては、溜息を吐いた。

「そうだな、正体不明って事でアンノウンから取って、ノウンとか如何よ? 中々力強くて良い名前だと思うんだがな」

「・・・力強い? アンでは無くて、ノウンですか?」

「ん? 何か変か?」

「・・・・いえ、別に」

やはり安直に過ぎたのか、ミュールからは手放しの賛同を得ることは出来ず、曖昧な頷きのみ。しかしそれも当然か、自分と同じく名無しだと好きに名乗る者など居る筈も無く、別の名前を考えようとするが、そうした思考を開かれた扉の音が遮断する。

「あ、あのぉ・・・・次は何をすれば宜しいでしょうか?」

亜人の少年は扉から控えめに顔を出すと、人に奉仕せんとする亜人の性か、外見を笑みで取り繕い、そう問い掛ける。

湯船を浴び、すす汚れた容姿は輝き、薄汚れ茶色く変色した頭髪は、今は燃えるように赤く、人ならざる者だと指し示した。相貌にしても輝き、美少年と呼ぶに相応しく、人の様な自然に作られた産物を逸脱し、そうした種の亜人が持つ完璧な容姿を備えていた。有体に言うならば、超が付く程の美少年ではあったが、それ故に人では無い。

人が夢想する完璧な人形それが彼等であり、その為、被造物である彼等には人権は無いのだ。

「綺麗になったようだな。では、此方に来て飯でも食いな」

ジョンが指し示した先には、標準的なテーブルと、並べられた四つの椅子。基本的に食事を取ると言っても、必要とするのはジョンのみであり、必要の無い物ではあったが、一つポツリと置くよりはましかと、設置した物。

こうした機会が訪れなければ役にも立たないガラクタであったが、今日ばかりは主役。見てくれは質素ではあったが、その実、目の飛び出んばかりの高級品を所狭しと並べられ、テーブルはその役目を十全に果たしていた。

少年は静々とテーブルへ歩み寄ると、『粥』を見て。

「あ! 此れ何時も食べてました」

と、既知の食べ物だと訴えた。そんな大層な物を与えられていたのかと首を傾げ、『粥』の形状に似通った物を思い浮かべ、溜息を吐いた。

「まさかそれって、『基礎栄養食』とか言わないか?」

「・・・はい、たしか大人の人達がそう言ってました!」

「やっぱりか・・・・」

基礎栄養食と比べられる現実に、報われない苦労と消費した金額に別れを告げ、粥を椀に盛り付ける。少年にとっては別段変った光景でも無いのか、ドロドロとしたそれらを眺めては、両手で皿を作り手で貰おうと、手を伸ばす。

「ば、馬鹿か!」

「―――ひっひぃ!!」

何か不味い事をしたのかと、少年は猫の様な耳と尻尾を逆立てる。とは言え、最悪な事態を免れたのも事実。

如何したものかと呼吸を漏らし、手にしたスプーンを少年へと向ける。

「食った事も無いだろうから分からんだろうが、此れは結構熱いんだ。だから、食べる時は此れを使え。亜人だから怪我をしたところで、すぐ治るだろうが、見ていて気持ちの良いものじゃないからな」

「・・・は、はい・・・すみません」

少年は静かに頭を下げると、ジョンの手よりスプーンを受け取った。スプーンという物の使い方すら知らないのか、それを見つめては、匂いを嗅ぎ、舐めては、齧る。しなしなと力を無くす尻尾からも残念という感情が見て取れた。

「・・・・舌がピリピリします」

「そりゃ、鉄を思いっきり齧ればそうなるさ」

そうした様子からも、『基礎栄養食』以外の食事をしていなかった事が伺えた。劣悪という言い方こそ相応しい少年の過去。その事を思えば、『粥』では無く、別の何かにするべきであったが、今はもう遅い。それに味も自慢の一品。

食してみよとばかりに満たした粥に梅干を載せる。少年も空腹を覚えたのか、『グー』と、腹を鳴らし、尻尾はそわそわと宙を泳ぐ。まるで待てと言われた子猫の様で、何故か感じる罪悪感から。

「食べていいぞ」

と、自然に言葉が口より漏れた。言うが早いか、空腹の赴くままに、スプーンを逆手に構えた少年は、粥を掬っては、咀嚼し、驚きに目を見開いては、流し込む。未知というスパイスと、美味という味覚を糧に、一杯目の粥を征服しては、ジョンに対して期待を込めた視線を放つ。

「あ、あのぉ・・・・ご主人様? そのぉ・・・・」

だが、亜人が人に何かを求めるなど許されざる行為。未知の甘露に、本能は更に更にと求めるが、理性がそれを食い止める。そうした逡巡する気持ちが、言葉となってあやふやに漏れては、否定せよと顔を振る。次第には我慢できなくなったのか、己の尻尾を齧りだす始末。あまりの光景にジョンも呆然としてしまい、慌てて粥をよそっては、少年に差し出した。

「いや、すまんな・・・・意地悪をした訳では無いんだが、亜人にしては感情豊かだと思ってな。すまん、すまん」

精神の大部分を抑制された亜人として奇異な姿に、言い訳じみた言葉を放つが、そうした事は右から左。少年は粥を見つめては、瞳に涙を浮かべて、ある言葉のみを待っていた。それだけは亜人の性だと象徴するかの様な意思に、ジョンは何度目か分からぬ溜息を吐いて。

「食べて良いぞ」

と、呟いた。

「はっむむむ・・・はむ」

先ほどは食わずに取っていたのだろう、梅干と漬物を口に納めては、粥と同時に流し込む。そして、それと共に訪れる更なる味の奔流に目を輝かせては、椅子の上で飛び跳ねる。行儀云々の遥か彼方。注意する以前の行為ではあったが、楽しんでいるならばそれで良いと、ジョンも久方ぶりの他人との食事に心が柔らかくなるのを感じていた。

それから何度そうした行為を続けただろうか、大量に作った筈の粥は忽然と姿を消し、椅子の上で猫の如く丸くなる少年が一匹。腹が膨れて眠くなったのだろう、「っみゃぁ・・・」等と寝息を立て、幸せそうに眠っていた。


「やれやれ、基礎栄養食と間違えられた時は如何なるかと思ったが、気に入った様で良かったよ」

少年を起こさぬ為の気遣いか、食事の残骸を再生タンクに静かに投げ捨てると、汚れた食器を洗っていく。

本当であれば、容器ごと再生タンクに放り込むのが一般的。しかし、こうした無駄も楽しみの一環と、鼻歌混じりに片付けていく。そうした日常の光景に、ミュールも周囲を飛んでは穏やかに見下ろした。

「それで、此れから如何するつもりですか?」

「そうだなぁ・・・」

ジョンは一呼吸置くと、顎に手をあて自分の過去を思い出す。未だ何も知らず、世界の大きさも知らぬあの頃。

選択肢の幅は知識に左右される。ならばこそ少年は世界を知り、己の意思を宿さねばならないのだから。そうした思いから導き出される答えは一つ。

「・・・世界を見せてやるしかなかろうよ」

「・・・一部ですが了承致しました」

何処か溜息混じりに応えると、新たなモニターに航海図を開き、手近な複数の惑星へ向けて航路を描く。それらの内の一つに目星の惑星があったのか、一つ見つめては首を捻る。

「採掘惑星D-3・・・何とも雑多な星だが悪くないか」

「・・・まさか、よりにもよってD-3ですか? 子供には早すぎるとは思いますが」

確かに常識から考えればそれも当然の事だったが、この時代において採掘とは人の世を動かす大動脈。事象改変装置を動かすには欠かせぬヒヒイロカネや、オリハルコンと言った空想上の鉱石を掘り出し、それらを糧に生きる事は産業として広く一般的。事象改変装置があるのだから作り出せば良いだろうと、過去から今現在に至るまで試行錯誤が続けられたが、結果としてそうした空想上の鉱物『神の雫』を作り出すには至らず。現在も天然物を掘削するしか無かった。その様な背景からも、掘削業は右肩上がり。過去のゴールドラッシュの再来と呼ばれ、亜人ないし、人であっても働き口の第一位に例えられていた。

「・・・確かに早いとは思うし、酷い話だとも思う。だが、需要があれば、亜人というハンデも黙認されるし、優遇されるのもそうした産業だ。ならば、早い内に知るという事は重要だと思うし、この道が違うのだと理解するだけでも良いさ。もし、道を違えそうならば方向修正してやるのも大人の務めであろうし、選択肢は多いほうがいいだろ?」

多々色々、不満材料を羅列すればきりが無いが、不安だけで行動を起こさないのも下策であろうと、ミュールも自身を無理やり納得させる。

「・・・・全てに納得した訳ではありませんが、今はその言葉に騙されておきましょう」

ミュールはそう言うと、D-3を除くルートを削除し、渋々船を走らせる。怒りという感情を表出す彼女の様子に、世間一般の操艦AIと比べ、異常な光景ではあったが、ジョンにとっては日常の光景。

彼女は昔からお節介であり、別の一面を提示する良き相棒なのだから。


(まぁ・・・最初は色々と揉めたが、今となっては懐かしい話だな・・・)

ジョンの子供の頃には、この比では無い程の舌戦を繰り広げ、妥協案を捥ぎ取ったもの。あの頃は利を説く事は無く、半場力押しであった為、今思えば赤面ものではあったが、試行錯誤の日々は無駄では無く、今ではこうして不承不承ではあるが承諾に漕ぎ付けるようにはなった。子供の自分が見れば、汚いと罵られる姿だろうが、此れが大人になる事だと童心に訓示をたれると、馬鹿馬鹿しさに頭を掻き、椅子の上で寝息を立てる少年を抱き上げる。

「・・・移動に関しては任せるよ」

「・・・・・・」

拭えぬ蟠りか、無言を返答として返すが、それも何時もの事。触らぬ神に祟りなしとばかりにジョンは後ろ手に手を振り、そそくさと厨房を後にする。そうした光景を眺めては。

「・・・はぁ」

と、何処か哀愁じみた溜息が厨房に響いて消えた。


「ふぅ~~。危ない危ない」

子供のときは説教を説教として受け入れられたが、今となっては恥ずかしさが勝ってしまう。此れも成長の一端なのかもしれないが、逃げれる時には逃げるのも身につけた術、利用しない手も無いと寝息を立てた少年を抱えては自室へと引きこもる。

しかし、息を吐くなり自身の部屋を見て思う。

「ゴミ部屋だな・・・こりゃ」

贔屓目(ひいきめ)にも薄汚れており、部屋の主が如何いった人物かを写す鏡の如く。眠れれば問題無いと主張する様に、ベッドにだけは物が重なっておらず、無理やり押し退けられたのか、周囲には脱ぎ捨てられた衣服が散らばっていた。

当然ながら人を招く様な部屋では無く、唯一その役目を保っているベッドへ少年を横たえると、自室を後に船の艦橋へと歩む。世間一般から見て、亜人に部屋を譲るなど論外であり、劣悪な倉庫にでも押し込めるのが一般的。他人に知られれば咎められる行為であろうとも今だけは関係無いとばかりに船長席に身を横たえた。

「・・・・・ふぅ」

疲労により自然と漏れる呼気。ミュールも気を使ったか、艦橋の照明は、眠りを誘う様に消えていく。

薄ぼんやりとした視界の中、ヴァルキュリアはD-3へと航路を進み、ジョンは揺ら揺らと船を漕ぐ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ