過去
「・・・・っ!」
突然網膜に何かの映像を転写され、少年は飛び起きる。悪戯にしては度が過ぎたその行為に、文句を言ってやろうと辺りを見回すが、そこには誰も居らず、ただ闇が広がっていた。
「っう・・・・。一体何だ? 誰か居ないのか? 此処は何処だ?」
当然、何が起こったのかと知る為に言葉を放つが、梨の礫。少年の声は反響し、自身へと返ってくるのみ。
だが、誰かが悪戯をしたのは確か。その者ならば何が起こっているのかを知る手掛かりになるかと、立ち上がり、暗闇の中を手探りで進む。
暫く、歩きたての子供のように歩むと、突き出した手に、何やら冷たい感触が触れた。視界を闇に塞がれた状況では、頼るものは触感だけ。少年はその感覚を頼りに、先へと進む。「ヒタヒタ」と、自身の素足が漏らす音は不気味に響き、多少の寒気を返すが、このままでは何も解決はしないと、何かが告げていた。
「そもそも・・・僕は誰なんだ?」
行動する最中、薄々は気づいていた、『欠落』という感情。何かのピースが抜け落ちたかのような虚脱感を心の何処かが感じており、今感じている不安はそこから漏れ出でた感情か。だが、今はその事に目を向ける時では無い。もし、その事に目を向けては立ち止まってしまう。そうした正体不明の恐怖に突き動かされ、何もかもがわからず、手探りな行程であったが、意味はあったのか、視線の先には微かな光を放つ扉が見えた。
「・・・光?」
もしかすれば此れは何か不慮の事故に遭い、記憶が混濁しているだけであり、その扉を開ければただの日常が広がる。そんな安易な気持ちで開けた扉は、少年の心を打ち砕いた。
「・・・・何だってんだ?」
開かれた扉の先には、機械的な廊下が広がり、寒々しい光景に少年は体を抱き締める。心の何処かで馬鹿馬鹿しいと考えていても、目にした現実がそれを否定する。煌々とした明かりの下、今更ながら自分のみすぼらしい格好に認識する常識との乖離を知る。
「何だこの麻袋みたいな服装は? まともに靴も履いていないし、そりゃ寒い訳だ」
だが、そもそも自身が認識する常識という感覚にも疑問を覚える。何か一般的な常識のような知識はあるが、それも最低限。実体験を伴わぬ空虚な感覚に、少年の認識はおぼろげ。夢現のような現実に頭痛を感じ、頭を押さえる。
「畜生っ、誰か・・・誰か居ないのかよ!」
壁に木霊する自身の声と、足から伝わる冷気に体を震わせ、少年は歳相応に心細さを表した。
だがそれも当然の事。光の下、浮かび上がった少年の姿は歳にして十歳程。ボサボサに乱れた黒髪に、容姿端麗な相貌が映えて映る。身につける衣装がボロ布で無く、普通の服装であれば上流階級にも見えたが、その服装が全てを台無しにしていた。まるで奴隷の如き貧相な衣装に、己の身分を推察するが、その源泉はおぼろげな自身の知識。
ならば、何を信じればよいのかと、頭を振り払い、前へ前へと歩を進める。
暫く廊下を進んで行くと、少年を招き入れるように正面の扉が開け放たれる。当然の事、少年も警戒を露にするが、そんな事は関係無いとばかりに空中に映像が浮かび上がり、それらに機械的で無表情な少女が映る。
そうした光景に罠かと腰を引き、少年も後方へと飛び退くが、そのような浅知恵が通用する訳も無く、無情にも後方の扉は閉じられ、最後の抵抗と、映像の少女を睨んだ。
「・・・お前は誰だ?」
此処は何処でも無く、漏れた言葉は相手の正体を知る言葉。そもそも、敵対するつもりならば招く必要も無く、顔を晒す必要すら無い。あのまま暗い闇の中に放置されているだけでも、少年の心は疲弊し、精神は容易く屈していた。
無駄に覚えた知識だろうが、そうした拷問もあるのだと、己の知識が告げており、ならば此れは何かしらの取引や、交渉の類かも知れぬと、希望が顔を出す。
とは言え、相手が欲する物が何なのか? その事を知らねば交渉にもならぬと、必死で頭をめぐらせるが、思い浮かばず、無用心な言葉は弱みになると、口を閉じる。
「・・・成る程、確かに最低限の知識は備わっているようですね」
石像の如く睨みつけていた少女は、口を開くなりまるで観察動物を見つめるように言葉を呟く。
「・・・最低限の知識?」
自身が感じる蟠り、その一端を知る少女に、少年は疑わしい視線を向ける。少女もそうした視線を受けて、空中に浮き上がる画面を少年の目線に合わせて、語り出す。
「貴方と私は似た者同士だと言う事です。私にもこの船に対する最低限の知識が与えられており、船に関する知識を得ていた分、貴方よりはこの状況を理解できたと言うべきでしょうか」
「・・・つまる処?」
「自分探しの旅と参りましょう」
なんとも間抜けに記憶の無い者達が顔を合わせる。己の証明という馬鹿馬鹿しい目的ではあったが、最初の目的としては良いかと少年は微笑み、少女は無表情に少年を見つめ返した。
◆
「まったく、長いようで短い十年だったなぁ。結局この世界での生き方は理解したが、自分の事となると分からずじまい。まぁ、でもそれが普通か・・・・」
人にしても生きている目的など生きるという一点に絞られる。ならば、自身の正体を知った処で、目的は変らない。
少年の頃であれば、そんな事に納得できず、自身の過去を探ろうとしたのだろうが、大人になれば多少は変化する。
今を生きるという事に主眼を置けば、割と折り合いはつくもの、名無しの少年はジョン・ドゥ(名無し)と名乗り、少女はミュールと名乗った。ミュールにはこの船『ヴァルキュリア』を扱う上で、知識を有しており。それ故、付随する彼女は名を有していた。だが、当然少年に納得できる筈も無く、己の名を請うた処、ジョン・ドゥ(名無し)と付けられる始末。
名とも呼べぬ呼称ではあったが、呼称できる名が無ければ不便と、渋々受け入れ、今に至っていた。
そうした経緯ではあったが、今ではジョンという名前にも愛着を感じており、髭を剃った自分を見つめては、己はジョンだと認識する。
「・・・・あの子も俺等と同じなら、何とかしてやらないとな・・・・」
痩せ細り、枯れ木のようであった亜人の少年。今にも折れるのでは無いかと恐る恐る抱き上げたあの姿を思い浮かべては、身を案じた。過酷な体験をしたのだろうし、それ以外を知らない可能性は充分にある。外の世界を知らず、痛みや、苦しみが世界の全てだと勘違いさせられた者達。大概は亜人と呼ばれる人と扱われぬ被害者。そうした地獄を便利屋という仕事の過程で何度も見てきた。その内の何人かは、外の世界を知り、羽ばたいていったが、そうは成れない者達も居た。苦痛を友とし、地獄を日常と捉える者達。そう思わねば、心が砕けていた者達。異常に適応した者達は、悲しいかな外の世界を異常と捉え、適応する事無く心を砕かれた。それを心の弱さだと断じるのは強者の思考であり、持つ者の傲慢。ジョンにしても持つ者ではなかったが、勝手に作られ、消費される彼等に比べれば記憶の有無など贅沢に過ぎた。
「生きる事すら過酷な彼等に比べれば、俺の人生なんざ簡単なものだな・・・・。俺と同じなんてあの子が聞いたら怒られちまうな」
鬱々とした気持ちを溜息に混ぜて吐き出し、両手に溜めた湯を顔に叩き付けた。滴る湯水に洗い流され、体は清涼感を感じるが、その程度で洗い流せる程、胸の蟠りは軽く無く、諦めと共に、湯船へと再度飛び込んだ。
大きな湯船は波紋を打って、小波を放ち溢れた湯は、ジョンの心情とリンクするように流れて消えた。大人が子供の真似をしたところで、真に童心に返る事はできず、虚しい思いを胸に、水中より浮かび上がったジョンは水面を漂い、再度顔面を手で覆う。それは一種の懺悔であり、救えなかった者達に対する後悔・・・・そして、決意。
「・・・一度救ったのなら・・・・救ってやるさ・・・・」
誰に聞かすでも無く、己に放つ呪いとも思える言葉。過去の記憶を持たず、この十年を全ての記憶とするジョンにとって、この決意だけは本当の感情であり、掴み取った人格そのもの。そう、だからこそ、ジョンにとって違える事など出来る筈も無いのだから。
「なら、やる事は一つだな」
ミュールが風呂を勧めた理由は、こうした決意を促す意味かもしれなかったが、今だけはその掌に乗るのも悪くない。
身も心も洗い流すと、行動開始とばかりに勢い勇んで風呂場の扉を開き・・・・・固まった。
「・・・・ん?」
「―――っひぃ!!」
脅かすつもりは無かったのだが、勢い良く開け放たれた扉は『ピシャリ』と、物音を立て、眼前の少年を驚かせてしまった。亜人の少年は、不安に揺れる瞳をジョンへと向け、顔の半分をジョンが脱ぎ散らかした衣服で覆っていた。
恐らく、そうした清掃の仕事なども行っていたのだろう、そうした事を役目だとでも思ったのか、はたまた、やらねば怒られるとでも思ったのか、後者であれば再度湯船に顔を突っ込みたいところではあったが、そんな事をしても変るのは、自分の気持ちのみ。少年の事を思えば、言葉の一つでも掛けてやるべきだろうと、慌てて口を開く。
「す、すまない、何時もの癖で脱ぎ散らかしてしまった。俺だけが利用する場合は、機械が勝手に掃除してくれるもので、決して君が後で入って来るだろうから、掃除を任せようとかそう思った訳では無いんだ。だから、その汚い服はそこらに捨ててくれて構わない。と言うか、捨ててくれ」
痴漢の冤罪を証明するかの如き稚拙な弁明ではあったが、多少の効果は見て取れた。
少年は慌ててジョンの衣服を後ろ手に隠し、顔を赤く染め、手近な洗濯篭へと歩みより、ジョンの衣服を丁寧に納めていく。ゴミにも近い薄汚れたジョンの衣服。そのようにする必要も無いのだが、篭を手にして部屋の隅へと下がる。
そうした様子は傍から見れば主従のそれ。ジョンとしても途方に暮れて、片手で顔を覆う。
とは言え、このままでも仕方無く、ストックしてあった衣服を急いで着込むなり。
「少し此処で待っていてくれ」
と、少年に向けて言葉を呟いた。少年は少年で顔を多少捻り、疑問を露に固まるが、答えを待つよりも実行する方が早かろうと、ジョンは足早に自分の自室へと駆け込み、汚れた室内より、過去の思い出を引っ張り出した。
少年が不安に思っていないだろうかと、慌てて風呂場へと戻ったのだがそれも杞憂か。少年は未だに顔を捻り、尻尾を漂わせ、疑問の表情を浮かべていた。
「・・・・待たせたな」
ジョンはそう言うと、手にした子供服を少年に手渡し、洗濯篭を奪い取る。少年は少年で、何か怒らせたのだろうかとでも思ったか、瞳は潤み、尻尾は小刻みに揺れる。そうした光景は、ジョンの心を抉るが、何も悪い事はしていないのだと自身を律して、誤魔化すように少年の頭を撫でた。少年は少年で理解不能な行為に。
「――っひゃぁは!!」
等と声を上げては、風呂場へと駆け込んで行く。常識の無い行動ではあったが、常識すら学ぶ事も無かったであろう人生を鑑みて、溜息と共に言葉を投げ掛けた。
「此処をお前の家だと思ってくれて構わない。その服は俺が子供の頃に使っていた奴だが、今の服よりはましだろう。ゆっくり風呂に浸かって、気持ちの整理がついたら顔を出すと良い・・・・では、後でな」
これ以上の言葉は野暮であろうと、選択篭を手に風呂場より退出する。大人として満点とは言えない行動ではあったが、未熟な自分ではこの程度がせいぜい。人付き合い等も億劫であると、避けていた付けが回った結果ではあったが。
「如何かしましたか?」
「・・・いや、何も」
会話の相手が自身に輪を掛けて人間味の無いミュールでは仕方の無い事。何時までも洗濯篭を抱えるのも不恰好であろうと、全自動洗濯機へ汚れた衣服を叩き込み、厨房へと足を進める。『ヴァルキュリア』は小型船である為、生活に必要な場所は近くに併設されており、風呂場の横は洗濯室。その対面は厨房となっており、寝る以外の生活はこの空間で済ます事が出来た。
「料理・・・ですか?」
ミュールが久方ぶりの光景に疑問の声を上げるが、それも当然の事。この世界において料理を作るという事は無駄そのもの。食材を切るだけでも水を使うし、食材の皮も出る。そして何より時間が掛かる。それならば、多少の動力を使用し、事象改変機関で料理を創造する方が全てに勝る。美味い料理を事象改変にて作り出す場合、それなりの使用料を請求されるが、味に拘らなければ食に困る事も無く、一般的な食事ならば料金も割安。生活に必要なライフラインである為、その辺りは優遇されていた。そうした理由もあり、食材そのものを生み出すよりも、料理その物を生み出せてしまう為、料理をする者は少なく、ある種の娯楽であった。合理的とも思える淘汰の先に、果実を除く食物を生み出す意味は薄く、食材に対しては異常とも思える使用料を要求されるようになっていた。
その為、厨房という存在その物が必要では無く、使う事も稀。足を踏み入れただけでも料理なのだと知れてしまう。
「亜人の子がどんな物が好きなのか分からんが、体も弱っているだろうし、粥でも作ってやろうかとな」
勿論、『万能の手』にでも頼めば、数千種類の粥の中から、好みに合った物を抽出するだろうが、それだと何か悲しく思えたのだ。合理性の中から物として生み出されたのだと突きつけられた少年に、時間と手間を掛けて作り出した食べ物で何かを伝えたかったのかもしれない。それはただの感傷であろうが、ジョンは自分の為にもそうしてやりたいと思ってしまった。
「・・・・お好きにどうぞ。そもそも、外見にお金を掛けず、食べ物にお金を掛けているのですから、今こそ無駄に磨かれた料理の腕を振るう時でしょう」
「酷い言われ様だな・・・」
「事実では?」
「・・・・・・」
確かに全ては事実。便利屋などと言われる商売をするならば、論外な金の使い方。この世界では衣服や装飾品にもブランドが付随し、そうした衣服を身につける事は身の証と同じ。金を儲けている者はそれ相応の衣服に身を包み、依頼者もまた、相応しい相手に仕事を依頼する。つまる処、人の見た目は相応に重要視されるという事。
だが、一部の者は、装備などには金を掛けず、そうした外見のみを重視する者も居て、一概にも断じる事は出来なかったが、依頼主が一見して相手を測る要素として大部分を占めている事もまた事実。
ジョンも便利屋として、今身につけている安い服などでは無く、もっと高級な服を着るべきなのだが、そうすれば、便利屋のランクは否応無く上がり、安い仕事を請ける事は出来なくなってしまう。
便利屋の組合からしてもそれは当然の事で、安く、難易度の低い仕事を新人や、弱者に任せるのは常識。翻って、上位ランク者には待遇の良い、難易度の高い仕事が割り振られる。そうした仕事は組合にしても懐が潤い、主としての稼ぎにも直結していた。勿論、金の卵を産む鶏に、下の仕事を割り振る訳も無く、数多の新人が、料金に合わぬ仕事を引き、その命を宇宙に散らした。そうした仕事に巡り合うのも運命と言えたが、ジョンも煩わしいのを嫌い、今の地位に甘んじていた。そうした行いの影で、数多の若人が助かっていたのだが、それはそれ。多少なりとも目的の一つとしてはいたが、そうした我侭に付き合ってくれているミュールに文句を吐くのはお門違い。言葉を飲み込み、沈黙を返答として、『万能の手』へと命令を放つ。
「美味い米でも出してくれ」
無駄の極みと、『万能の手』も訴えるが、此ればかりは仕方ないかと、渋々米を生み出す。
微かな抵抗と、馬鹿げた金額を提示するが、何時もの事。ジョンはそれらを無視しては、そられの米を洗い、土鍋に注ぐ。ぐつぐつと沸騰する様子を見つめては、趣味の時間に没頭する。
「さてと、此れだけじゃ味気ないからな・・・・梅干はどこだっけか?」
「それならば、此方でしょう」
ミュールがそう言うと床下収納が稼動し、古めかしい壷が競り上がる。宇宙には何とも似つかわしく無い光景ではあったが、ジョンはそれらに近づくと、手近な壷を数個開けては、中から梅干や、漬物を小皿に取り分ける。
事象改変装置によって作られた物であれば、それ程大した事も無い品々ではあったが、材料からとなるとまた別物。
趣味の範疇にしては度が過ぎたそれらの品々、一つ口に含んでは、満足そうに笑みを浮かべる。
まるで子供のようなその仕草に、ミュールは何処と無く怒る気も失せ、嘆息に止めた。
「それで、あの子を如何するつもりですか?」
「・・・・そうだな、あの子が未来を選べるまでは助けるつもりさ」
「・・・・はぁ」
当然、ミュールからは溜息が漏れる。映像では、痛みでも覚えるように頭を押さえた彼女の表情。一見して非情に思えるそうした行動。しかし、驚く事では無く、亜人を所有物と考えるこの世界において普通の事。
亜人であるあの子は、護衛対象であった者達の所有物。つまり此れは火事場泥棒に等しく、見つかれば厳罰は免れない。と言うか、厳罰にでもしなければ、便利屋はただの海賊と同じ。それでは体面が損なわれる。
そうした様々な理由から、亜人を助けたところで不利益しか無く、依頼主に返還するのが常識。
それらを破ると、軽く言ってのけたジョンに対して、溜息と頭痛で済んでいる辺り、彼女も異常と言えた。
「船長は貴方です。船である私は従うのみ。ですが、貴方に危険が及ぶと判断した場合は、此方も相応に動きます」
まるで子供を諭す親の言葉ではあったが、この十年で作られた信頼関係。それらを纏めた言葉にジョンも頷き返す。
「勿論、その時は任せるさ」
(・・・まぁ、俺が言い出さなくとも、こうなっていただろうけどな)
ミュールと呼ばれる少女は、無表情に見えてその内は真逆。いち早く脱出ポットに気づいた事から分かるように、甘いのだ。そもそも、あの状況で救護など不利益しか無い。脱出ポットを態々助けるよりも、そのまま闇に葬った方が何百倍もましなのだから。もし、依頼者であったなら? もし、亜人であったなら? もし、もし・・・。
理由をつければ両手で済まず、少し頭を使える者ならば、行方不明で終了する事案。それを好き好んで抱え込むあたり、甘過ぎるのだ。そんな事をジョンに思われているとは知らず、ミュールは腰に手を当てて溜息一つ。美しい銀髪を掻きあげ苦言を呈する。
「ジョン、貴方は何時も何時も・・・何を笑っているのですか?」
「・・・・いや、いや。俺もお前も変ったと思ってな」
微笑を浮かべつつ軽口を呟くジョンに対して、ミュールも思う処があったが、仕方ないと諦め自身が映る画面をジョンへと近寄らせ、睨みを利かせる。ジョンも腰を引き、顔を顰めるが、それは別の要因。睨んでいると思っているのはミュールのみであり、ジョンからすれば女性に顔を寄せられる事こそ苦手。ミュールも自身が容姿的に整い過ぎていると自覚も無いのか、なんとも無防備であり、子供のように鼓動を上げる自身の心情が恥ずかしく、それ故の頬の引き攣りでしかなかった。とは言え、殊更説明するのも負けたようで、ミュールが怒る場合は何時もこうであった。
「それは、良い意味ですか?」
「勿論」
「・・・ならば良いでしょう」
無表情の中に、ジョンだけに分かる笑みを浮かべて画面が踊る。無自覚であろうが、ミュールが楽しいならばそれに越した事は無い。傍から見れば奇妙な光景ではあったが、そうした光景は、料理が完成するまで続いた。