もし乙女ゲーム的世界に異能力ヤンキー漫画系主人公が来た場合
島村厚樹──通称、「悪鬼」。
彼は堅気な不良で、現代としては珍しい形の主人公だった。
そんな彼の前には一癖も二癖もあるライバル達が現れては喧嘩の日々だったが……
ある日そのライバル達の紅一点、館桜耶伊子がご自前の異能力で厚樹を違う世界へと飛ばしてしまう。
そして飛ばされた先は──完全に色合いの違う「乙女ゲーム」みたいな世界!
耶伊子が提示した禁則事項のせいで、素性も出身も隠さないといけない彼はこの世界で生きていくことができるだのろうか。
世界には種類がある。
それはあまりにも多彩であり、多種多様である。しかし私達には知っておくべきことがある。
たとえその世界が偽物であろうが本物であろうが──
「「決して、世界を壊してはならない」──……ふふっ、ふふふ」
薄暗いどこかの書庫の隅。ランプの明かりだけを頼りに書物を読み漁る彼女の姿は、まるで今にも呪いでもはじめそうな、それでいて恋をする乙女のように頬を上気させている。
ぺらぺらと尚も本を読み漁っていたが、しばらくするとその本を閉じてもとの場所へと戻した。
「これで彼は……きっと…!」
顔を上げた彼女のその瞳には、決して揺らぐことのない強い光が宿っていた。
ここは帝旺明星学園。昔は由緒正しき名門校として有名だった学園は今や鳴りを潜め、見るも無残な学園に変わり果てていた。それもこれも、先代の学園長がカジノでボロ負けした挙句に学園の資金に着服。結果、学園は名門校から一気に格を引き下げられどんな生徒でも入れるようになってしまった。
そうなると、問題のある生徒がお高くとまった生徒の鼻を明かしてやろうと次々に入学し、上級生として彼らを出迎えるはずだった在校生は皆こぞって別の学校へと転校する。
そんな出来事から、今や10年。屈指の不良高になってしまった帝旺明星学園の門を叩いたある生徒がいた。
彼の名は島村厚樹。この物語の主人公である。
彼は今どきにしては珍しく義理と人情を併せ持つ堅気ある男だった。一匹狼で誰とも語り合わないスタイルを貫き、そのせいであらゆる人間から目をつけられてもいた。しかしその殆どを容赦なく、それこそ自分の身すら厭わないその姿から彼はいつしか「悪鬼」と総称されるようになっていった。
と、ここで付け加えておくことがある。
実はこの世界、数年前から「異能力」を持つ若者が頻繁に現れはじめた超とんでもない世界でもあったりする。厚樹もまた異能力の持ち主であり、2年前に恋人だった絢を異能力持ちの男に殺された経緯を持っていた。
復讐に燃えていた厚樹だったが、そこにこの帝旺明星学園にいる誰かが絢を殺した張本人だという噂が流れてきた。正確には5年前から起こっていた女生徒殺害事件の犯人の噂だが、それでも厚樹にとってはまたとないチャンスでもあった。
そんな経緯でこの学園に入学してきた厚樹のもとには、毎日毎日喧嘩を吹っかけてくる輩や自称ライバルが立ちふさがる日々が続いている。今日も、そんな自称ライバルの一人が厚樹の前に現れた。
「ほーっほっほ!ご機嫌いかがかしら、悪鬼!」
「あ?なんだ耶伊子か。何の用だ」
舘桜耶伊子。この学園の数少ない女生徒の一人であり、自称ライバルを名乗るうちの一人でもある。実は帝旺明星学園がまだ名門だった頃から通っている名家のうちのひとつ、舘桜家の次女。
そんな彼女もまた、異能力を持つ者だった。
「あら、何の用ですって?勿論、勧誘ですわ。いい加減に私の下に付きなさい!たっぷり可愛がって差し上げますわよ?」
「断る。俺は誰にも従う気はねえ……いい加減、諦めたらどうだ」
もう何十回目になるやり取りに厚樹はほとほと困り果てていた。一体自分の何処にそんな執着する程の魅力があるのか見当もつかない。
唯一彼の魅力をいつも語ってくれた絢は、大人しく清楚でいつも厚樹の背後にいてくれた女だった。厚樹自身がどんなに暴れても、昂った激情を鎮めるために必ず静かな空間を持つ絢の隣に帰るのが日常だった。
しかし今やそれすら過去の出来事。絢というストッパーが無くなった今では派手に暴れて溜まりに溜まった激情を晴らす日々が続いている。
そんな彼に近づく女性なんているわけがないと厚樹は高を括っている──いや、いたの間違いだ。
「(こんな女に構ってる暇はねえんだが……)」
絢を殺した張本人を探さなければいけない厚樹にとっていつ何時でもアプローチを仕掛けてくる耶伊子は邪魔でしかなかった。
自分の能力に興味があると言って近づいてきた当初は、連続殺人犯を探していた厚樹を逆に探りにきた犯人ではないかと厚樹も疑ったのだが、耶伊子の配下だという人間を一通り殴り倒してやった後に問いただしてみれば耶伊子が異能力を発現したのはわずか半年前らしい。おかげで平穏だった彼女の生活は一転しこの不良蔓延る帝旺明星学園に転入したそうだ。
そんな耶伊子がどうして厚樹にしつこく言いよってくるのかと言えば──ぶっちゃけてしまえば、厚樹自身がカタをつけた喧嘩がきっかけだった。
元々は先に異能力を発現していた耶伊子の兄が彼女を匿っていたおかげで耶伊子自身に被害が及ぶことはなかったが、不幸にもその兄が大きな怪我をして一時期病院に入院しなければいけなくなってしまう。
そこを、好機だと言わんばかりにあらゆる暴漢達が耶伊子に言いよった。初めのうちは耶伊子も慣れない異能力を駆使して暴漢を退けていたものの、徐々に限界が近づいてとうとう暴漢にその華奢な手を掴まれた。
周囲にいた兄の取り巻きもこてんぱんにやられ、あわや花を散らすかと思われた直後──厚樹が教室の扉を蹴破って入ってきた。更にその扉は暴漢達を物の見事に吹き飛ばしてしまう。
それが厚樹と耶伊子の初対面、彼は知らず知らずのうちに耶伊子を救っていたのだ。
勿論、こんな出来事を厚樹が覚えているわけがない。
何故ならその直前にせっかくの初登校を柄の悪い奴らによって台無しにされ、最低な気分で過ごしていたから。
だからこそ、厚樹は彼女にこうして言い寄られる理由が全く、これっぽっちも理解できないでいた。
そして耶伊子も何故厚樹に執着するのか、その理由を話していない。
正直に言おう。二人は多分少し──いや、だいぶすれ違っている。
だからこそ、こんな出来事が起こってしまったのかもしれない。
「さあ、私の空間は誘われなさい!」
「誰が行くかよ!」
厚樹は耶伊子の異能力を理解している。彼女の能力は「空間作製」。何もないところに空間を生み出し、対象を閉じ込める事が出来る能力。
それは耶伊子の兄と同じ能力であり、一度手合わせした事があるからこそ、その対応は完璧だった。
そう、彼女を捕らえようとするその瞬間まで。
ちなみに厚樹は女は殴らない。殴れば骨が折れるだけでは済まない事を重々承知していたらだ。しかし彼はここで選択を間違える。
厚樹は、彼女を殴るべきだった。殴って、遠くに吹き飛ばすべきだったのだ。
兄と同じなんて考え、持たなければ良かったのに。
「──……ふふっ」
耶伊子が笑う。
不意に厚樹の目の前、正しくは厚樹と耶伊子の間に空間が生まれた。やられた、と厚樹が理解するよりも早く彼は空間に飲み込まれ、その入り口を閉ざす。
空間に飲み込まれた厚樹はしくったと舌打ちはすれども即座に空間の入り口を探し始めた。
「空間作製」であれば、何処かに必ず出入り口があるのだ。そこをぶち壊せばいいと思っていたが、何故かそれが見つからない。
何かがおかしいと気付いた厚樹の真上から高らかに笑い声が響く。
『うふふ──おーっほっほ!』
「耶伊子……!てめぇ、何しやがった!」
『あらあら、何と言われても私は自分の能力を使っただけに過ぎませんわ』
意味がわからない。何故、兄と同じ能力を使ったというのに耶伊子の空間には出入り口が存在しないのか。まさか、耶伊子の方が力が上だったのかと一種の考えが浮かぶ。
『ふふ、いつだったか……貴方は私が兄様と同じ異能力を持ってるかと聞きましたわね』
「ああ、そん時はあいつの力が判別付かなかったからな」
『そして私はこう答えたでしょう?──「形は同じですわ」と』
そうだ、確かに耶伊子はそう言っていた。
……待てよ、まさか、形とは本当にそのままの意味を指していて──
『ようやく気づきましたのね!全く、本当に鈍い人。でも残念、気付いてももう遅いわ!』
「く……!」
『私の本当の能力は「通路作製」どんな場所にも、どんな時間にも道を作る事ができますわ。勿論……どんな「世界」にも』
世界?
耶伊子の言葉の真意が読み取れず、ただ歯を食いしばって頭上を見上げていた厚樹の足元が不意に浮遊感を覚えた。
そのままバランスを崩し、背中から落下し始めた厚樹に、耶伊子は最後に告げる。
『その「世界」で貴方が禁則事項を破れば、二度と帰ってこれないわ──』
厚樹の耳の奥に高笑いが残り、彼はそのまま落ちて行く。
ここは帝王明星学園。私達の学舎。
ずっと昔から続く由緒正しい学園だってお爺ちゃんが言ってた。
あ、私は金結三春。とある中小企業の次期社長の一人娘です。とは言っても、そんなに威厳はない企業でして……一応学資金もあるし、私の学力はそれなりに良いからってこの学園に通わせてもらってるだけのただの平凡な女の子です。
勉強は……中の下?これでも頑張っているんだけど、やっぱり由緒正しい学園は凄い。私じゃ到底中の上を目指すなんて無理だなあ。
そう思いながらも、二年生の春、私は新たな一年の到来を心の中ではしゃぎながら学園の門を潜った。
新学期に新学年、一年の頃からの友達とまた同じ教室になれたことを喜び合い、ホームルームが始まると同時に先生が入ってきたので慌てて席に着いた。
この後お昼前に集会があるんだよなあと物思いに耽っていると、なんだが皆がざわざわし始める。
なんだろうと視線を教卓に向けてみると、驚いた事に先生がまるで子鹿のごとく震えていた。ううん、違う、子鹿なんて目ではなく……あれだ!そう、モーター!
て、違う違う。そうじゃない。問題はなんでそんなに震えてるかって話。
「ほ、本日は新学期に新学年と新たな一年の始まりに相応しい天候とな、なっており、ますが、その、あの、先ずは転入生を紹介します」
先生が途切れ途切れに口にした言葉に皆顔を見合わせる。転校生ならまだしも、二年になって転入生だなんて珍しいこともあるもんだねと口々に言い合っていると先生が咳き込んだ。
「それで、ですね。この転入生はあの舘桜グループが推薦した一般の特待生ですので、もも、もしかしたら授業についてこれない場合もあるので、み、みな、皆さん、どうか良くしてあげて、くらさいね!?」
舘桜グループという一言に今度は一斉に静まり返り──かと思えば一斉に驚いた。
うん、かくいう私もすごく驚いた。
だって舘桜グループってあの舘桜グループだよ?つい数年前まではいか影も形もなかったというのに、半年前から急激に成長して今や大企業の一角を担うあの舘桜グループ!
社長はおろか、その家族ですら姿を見せないことから幻の名家とまで言われるようになったそんな企業は、確かにこの学園にも多くの寄付金を送ったと前々から聞いていたけど……まさかそれって、特待生を入れる為?
そんなにしてまで入れたかった子ってどんな子なんだろうと少し期待してしまう。
……うん、少し前の私をちょっと怒りたい。期待しちゃいけなかった。寧ろ見ちゃいけなかった。
「で、は!島村君!入りなさい!」
大企業の目に止まった特待生を一番乗りに見ようとした右側の手前の席の子が廊下を覗いた。けど、その瞬間「ひっ!」と声をあげて目を背ける。
隣の席の子がどうしたと声をあげるよりも先に、彼はその姿を現した。
しんと教室の中が静まり返る。
それでも彼は教卓、そして先生の側まで来ると怯える先生を尻目に勝手に黒板に名前を書き始めた。
「島 村 厚 樹」
「島村厚樹。年は17。──よろしく」
ぎろりと睨みつけるような目で口角を吊り上げたその姿に、誰かがぽつりと零した。
「「悪鬼」……」
うん、確かにそうかもしれない。
俺が目を覚ました時には、そこはもうすでに学園の校庭じゃなくてどっかの品のいいアパートの部屋だった。あ?アパートじゃなくてマンション?んなこたどうだっていいだろ。
ともかく俺はすぐに現状を理解しようとして、机の上にあった走り書きを見つけた。
そこには確かに耶伊子の字で、
「無事にこの世界に落ちたようで何よりですわ。
さて、貴方に禁則事項をお教え致しましょう。
ひとつ、人に異能力を教えるべからず
ひとつ、この世界のルールを破るべからず
ひとつ、警察沙汰を起こすべからず
ひとつ、これら全てを守り、約二年をそちらで過ごすべし
全て守らなければ、貴方を元の世界には帰しませんことよ!おーっほっほ!」
「──ふっ、ざけんなあ!」
走り書きをびりびりに破り捨てると、俺は真っ先に耶伊子がいるであろう学園に向かおうとした。
したのだが、玄関へ向かおうとした体が突然その場に制止される。意識はあるのに動かない体に俺が混乱を極めてると、突然背後から知らねえ声が響く。
「あらあら、これだから脳筋は嫌なのよ」
「でもでも、これだから脳筋は可愛いのよ?」
その声の直後、無理矢理体が回転した。いや、された。声の主は、学園の外で耶伊子の側にいるのを何度も見た事がある双子のメイドだった。
左向きの「まこ」、右向きの「こま」、確かそんな名前だったはずだ。
「あらあら、私達を覚えてるのね」
「でもでも、私達の事を知らないみたいね」
体が動かなくなったのも大方こいつらのせいだろう。ひと睨みしても臆するどころか二人してくすくす笑いだす姿に怒りを鎮められなくなる。
「……おい、どういうつもりだてめえら」
「あ、火はやめてください」
「そ、どうぞやめてください」
俺が異能力を纏い始めた事に気付いた二人が慌てたように頭を下げた。ここで俺もなんとか自分を堪えて異能力を消し去る。ちなみに余談だが、俺の能力は「炎纏い」。名前の通り炎を纏う事が出来る。が、よっぽど怒ってなければ中々使う機会のない異能力だ。
ようやく本題に入った双子は俺に事のあらましを説明してくれた。でもなんでこいつら、所々で耶伊子の悪口を言ってんだ?お前らの主人だろ。
まあ、簡単に言っちまえば耶伊子の走り書きはほぼ事実らしい。ほぼ、っつうのは一番肝心な帰れなくなる理由について明言していなかったのだ、あいつは。
肝心なところで手抜きとか舐めてんのか。
「……つまり?俺がこの世界で異能力を使ったり、警察沙汰になれば俺が本来この世界にない異物だって事が世間にバレて?ゆくゆくは世界の崩壊を呼んで耶伊子も通路を繋げられなくなると……って、めんどくせえことしてくれたな耶伊子!」
「あらあら、でもそれが耶伊子様です」
「でもでも、そこが耶伊子様の取り柄です」
「それ蔑んでのか?褒めてんのか?」
表情が変わりにくい双子のメイドの話に頭を痛めているとまこの方が何やら紙を手渡してきた。
「……なんだこれ」
「こちら、走り書きの追記です」
「そして、守らないと通路は開かないそうです」
どうせ碌なことでは無いだろうと半ば諦めて渋々紙を受け取って軽く読み通す。
「追記……
ちなみに、こちらの由緒正しい乱暴者なんていない帝王明星学園に通ってもらいますわ。こちらで起こした舘桜グループ企業の推薦として既に通してありますから特待生として通学できるでしょう。
うふふ、貴方の困り顔がここからでも想像できるわ!」
「──……ざっっ、けんなごらぁ!」
「あらあら、また破いてしまいましたわ」
「でもでも、どうせどちらもコピーですわ」
空中にばら撒かれた紙の切れ端を眺めながら双子はそれでもまだのんびりとしていた。逆に、俺は多分般若のような顔をしていたと、後に双子が口にしているのを耳にしていたという。
そこから、約二年に渡る俺の堅苦しい学園生活が始まったことは言うまでも無い。
ある時は妙に気色悪い女に付きまとわれ、またある時はその女の恋人だとか抜かす奴らに付きまとわれ、更にこっちに突撃してきた耶伊子やら自称ライバル達が現れては頭の痛え日々が続くことなんて俺は知らない。
そして、絢に良く似た友ができることも。
書きたかっただけなんです。




