第31話 『宣戦布告』
「な、なんだこいつ・・・!」
俺の目の前には9体の魔物が立っていた。
その魔物は男の肉体をしたものは牛の頭を持ち、女の肉体をしたものは馬の頭を持っていた。
そしてその背中からは蜘蛛の手足のようなものが8本生えて不気味に蠢き、周りの物を掴もうとしていた。
大きさはザラタンやクラーケンには遠く及ばないが、立っている俺の頭は地下に足を埋もれさせた奴の股くらいまでしか届いていない。
見た目からして思い当たったのは、国語の教科書に出てきた地獄の門番、牛頭馬頭だ。
あの9体の牛頭馬頭は恐らく失踪者から作られていた。
地下の部屋にあった卵は牛頭馬頭を作り出すための装置で、攫われた失踪者たちはその材料と養分だったということだろう。
だが、腕に抱くモモには変化はなく、少しずつだが体温を取り戻しつつあった。
あの卵が噴出した黒い液体を体内に取り込まなかったおかげなのだろうか。
だが今は冷静に分析をしている場合ではなかった。
9体の牛頭馬頭は一斉にお互いを押しのけるように地下から足を引き抜き、地上へと足を踏み入れ始めたのだ。
そして地上に出るや否や周りの建物を破壊するためか、それとも人を殺すためか、人気の少ないこの教会付近から離れようとしていた。
9体の中の牛頭と馬頭が1体ずつ、俺とモモに向かって歩き出して近付き、そのまま拳を振り上げる。
また横っ飛びに跳んで逃げようと思ったが、咄嗟に横に跳ぶにしても動けないモモがいたのではその後の2体の攻撃から逃れることは出来ない。
ならば仕方ない。
左腕に抱いたモモを羽織らせたコートと一緒に公園の茂みまで一気に投げ飛ばす。
モモは人形のようにふわりと宙を浮き、そのまま茂みに衝突し、埋もれる。
手荒で申し訳ないが、あの茂みがクッションとなったはずだ。
そしてモモを投げた直後に前方に回転して、振り上げられた拳を避ける。
牛頭馬頭の拳は先ほどまで俺がいた場所にめり込んでいて、ドォン!!!という轟音を立て地面にクレーターを作り上げた。
俺はその拳を避けた直後、背中のハルバードを抜き牛頭の左脚を深く斬りつける。
殴り放して足元がお留守になっていた牛頭に避けれるはずもない。
その脚には深々と刃が突き立った。
あの黒外套のアンデッドどもは魔力を持っていなかったが、人間の魔力を吸って人間をベースに作られた牛頭は十分な魔力を保有していた。
そのおかげで俺のハルバードが持つ魔法機構が、牛頭の脚を斬りつけた瞬間に魔力を吸い取り、その切れ味を深く増す。
魔法機構は煙を吹き出し、チェーンソーのように牛頭の脚を抉り斬る。
皮膚を、筋繊維を、ブチブチと音を立てて削る削る削る。
牛頭は脚からどす黒い血を出し、ブオオオオオオ!!!!!という恐ろしい悲鳴を上げた。
だが、牛頭が叫ぶのを気にせずに馬頭は俺を目がけて拳を飛ばしてきた。
焦ってハルバードを振るってその拳に刃をぶつけるが、力負けし吹き飛ばされる。
「ぐぅおっ!!!」
しかも俺の吹き飛ばされた先は怒りに我を忘れた牛頭だった。
牛頭はその胸で俺を弾いた後、強烈な勢いで右腕を振り上げ俺に叩きつける。
運よくハルバードで拳を受けられたがその威力で地面にぶち込まれることになった。
そしてそこを目がけて、牛頭はでたらめに拳を叩きつけ続けた。
「うおおああああああああああぁぁぁ・・・!!!!」
異常な威力と速度で叩き込まれ続ける拳は、俺が一体化した地面を崩し続ける。
ドォン!!!ガァン!!!ドォン!!!ガァン!!!
もはや俺は生きているのかそれとも死んでいるのか、全く分からなかった。
潰れたような感じもする目を閉じて、抵抗も出来ずにただひたすらその衝撃を受け入れる。
だが、痛みは増えていかない。
感覚がマヒしたか。
そう思ったがどうにも違う。
薄ら目を開けるとそこは大きな洞窟だった。
いや、洞窟ではない。
これは、下水道だ。
まさか下水施設まで作られていたとは・・・。
王都恐るべし・・・。
いや、そういうことを考えている場合じゃない。
上を見上げるとその天井は未だに怒り狂った牛頭の拳が叩きつけられ、ボロボロと崩れ落ちている。
俺は牛頭に数発殴られた後、運よくこの下水道に落ちて死を免れたのだ。
あのステータスにあった運というのはどうも良く分からなかったが、こういうところで役に立つのか。
いずれにせよ生きていたならボケっとしている訳にはいかない。
下水道には牛頭の開けた穴から、地上にいる大勢の人の悲鳴が聞こえて来る。
ヨッ、と勢いをつけて立ち上がり、傍に落ちていたハルバードを拾ってその大穴を見つめた。
どうやら牛頭の拳は止んだようだが、まだ俺を襲った牛頭と馬頭の息の音は聞こえる。
「ここでいっちょ意趣返しと、行きます、かっっっっ!!!!」
気合を入れ直し、脚に着けた装備を活かし弾丸のように一気に下水道から地上へと飛ぶ。
体の節々が牛頭の攻撃によって痛んで止まないが、その動きに支障は無かった。
そして、そのままハルバードの先端で、穴をのぞき込んでいた牛頭の鼻柱を突き破って脳天をぶち抜く。
勢いが強すぎたせいか牛頭は頭を跳ね上げれたようにのけ反らせ、そして背中から地面に倒れだす。
ドオオオオオオオオオオン!!!!!
大きな音を立て盛大にぶっ倒れた牛頭は、少しの間苦悶の息を漏らしそのまま動かなくなった。
「ふぅ・・・、まずは一匹・・・!!!???」
突然月光を遮る巨大な影が近くに現れた。
一息つこうとしたところで、残っていた馬頭が牛頭の頭に立つ俺をその頭ごと踏み抜こうとしたのだ。
だが、牛頭の壊した地面に足を取られ体のバランスを崩した馬頭は、その凶悪なスタンプで牛頭の体を爆散させた。
「こいつ!!!」
「ブオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
俺と馬頭の叫び声が重なり、また、ハルバードと拳もぶつかり合う。
こいつの手は鉄骨か何かか。
魔力を吸い取り切れ味を上げるこのハルバードでもその皮膚を切り裂くだけで、先ほどの牛頭のようには断ち切れない。
数度その拳と刃は衝突を繰り返すが、馬頭の拳のペースは早い。
そりゃ両腕と片腕じゃどちらが有利かなんて言うまでもないだろう。
少しずつ俺の体力が削れていくが、前のようにすぐにへばったりはしない。
ここまで戦ってきて、片腕失ってでも必死に生きてきたんだ。
「お前みたいな出来立ての赤ちゃんに負けるかよおおおおお!!!!!!」
叫んで、狂化を発動する。
だが、俺の狂化は前よりも一味も二味も違う。
髪が天を衝くように逆立ち、魔力が赤いオーラとなって体を纏う。
そして、馬頭が次の拳を繰り出した時、その手のひらにはハルバードが深々と突き刺さり地面にその手を縫い付けていた。
馬頭は突然の出来事に戸惑い、手からハルバードを引き抜こうとする。
だがその時には既に無駄な抵抗をしようとする馬の顔の前に、俺は浮いていた。
右の肩口が熱く赤熱している。
体が燃えるように熱くて、無性に怒りが湧き出て抑えきれない。
けど、もう考える必要は無かった。
ただ目の前に映る魔物をブチのめす、それだけだ。
こちらにやっと目が追い付いた馬頭を尻目に、俺は両腕を使って拳を連続で叩き込む。
まるで先ほどの牛頭のように、溢れる怒りと魔力に任せて拳を振るう。
魔力を纏う左拳は馬頭の目玉を破裂させ、魔力で作り上げられた幻想の右拳は眉間を砕く。
俺に必殺の拳を与えているのはスキル「狂化」の上位スキル、「鬼化」だ。
このスキルは怒りを増大させ魔力に変換する、感情を利用した意味では恐ろしいスキルだ。
その魔力は今の俺のように、片腕さえも疑似的に作り出すほどの質量と実体を持っている。
そしてその拳は馬頭の頭を焼けかけた血肉の塊に変えたところで、魔力が解け髪も腕も、俺の肉体はいつものように戻った。
馬頭の死体から降りて、少しだけ息を吸う。
すぅーっと吸い込んだ空気は秋の夜の寒さが混じっていて、熱くなっていた俺の体をゆっくりと冷ましてくれていた。
そして、耳には轟音と人々の悲鳴、そして魔法の音や剣のぶつかる音が止まずに響いている。
茂みに投げ出したモモを抱きかかえて、公園にある高台へ上ると、そこから街の様子が一望できた。
今はだいたい深夜の3時くらいだろうか。
本当なら、王都を包む魔法障壁で多少は明るいかもしれないが、都は暗いはずだ。
だが、街はあちこちで明るくなっていた。
火の手が店や家から上がり、悲鳴がこだまする。
見渡してみると第2地区、第6地区も同じように明るく灯されていた。
確かあの2地区はここと同じく失踪事件が起こっていたはずだ。
今回のこの第1地区の事件に並んで一緒に蜂起したのだろうか。
高台から降りたところで、ドタドタとした足音が聞こえて来る。
大通りを見ていみと、そこには中地区から逃げてきた人々が競うように上地区に逃げていた。
恐らくここにいた2体の牛頭馬頭が倒されたから来たのだろうが、ここはその発生源だったのだ。
危ういなぁ、なんて思っていると聞きなれた声が、今度は上地区の方から聞こえて来る。
「ノ、ノブ!ノブ!アンタまた勝手に・・・って、なにそれ!?え!?モモ!?え!!け、怪我!!!」
「ノッブーヒロ!君はなんていう・・・なんていうことだ!!モーリス!!!」
光とレンコンを皮切りに、みな口々に疑問や驚き、心配をぶつけながら走って駆け寄る。
取りあえず、今はこの状況を説明すべきなのだろうが・・・、
ゴソッ、ベギッ、ギギギギギギギギギギギギ・・・。
背後で異様な音がかき鳴らされた。
みんなも、俺も息をのむ。
そのひそかな静寂の中で、先ほど殺したばかりの牛頭馬頭の死体の背中から飛び出た蜘蛛足が動き、そして、死体を突き破るように大蜘蛛が現れた。
腕の中で眠っていたモモが目を覚まし、呟く。
「あれ、私、なんで・・・。」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
全ての黒外套や牛頭馬頭、そしてそれから生まれる大蜘蛛が制圧され、王都から敵が消えた時には既に朝を迎えていた。
今回の事件が起こったのは、第1、2、6の3地区で、現れた牛頭馬頭の数は全部で29体、黒外套は56体。
深夜に起きたこの突然の襲撃は眠りに付いていた王都の民を一瞬で混乱に陥れ、数日間一部の都市機能が停止する事態にまで陥った。
征討軍も夜間警備は部隊数が少なく、臨時に組まれた部隊も出撃した時には既に多くの民が殺され、建物が破壊された後であった。
犠牲者は民間人が1、453人、征討軍兵士が52人、負傷者多数。
建物の損壊も激しく、再建までは数か月を要することとなった。
この事件は被害地域ではない、王都の地区の心無い民に茶化されるように「血塗りの花火事件」と呼ばれる大事件となり、その事件はヒト領内全域に伝わり人々を震撼させた。
もしかしたら、自分たちの街にも同じように魔物が潜んでいるかもしれない。
そういった猜疑心と警戒心がヒト領内で急激に高まり、特に王族の街は一層その防備を固め、支援協会領の人々のような外部からの訪問も固く拒むようになった。
それだけではない。
自分が住み、支配する都にいつの間にか魔物が住み着き、卑怯にも民間人を殺しまわり都市を壊したのだ。
これで王族が怒らない訳がなかった。
怒りで沸騰した王族と王都議会は全王族配下都市からの征討軍再編を決定。
王族を最高司令官とした「征討総軍」を編成する。
陸戦軍、空戦軍、海戦軍の3軍で構成された征討総軍は、実験段階の兵器も実戦投入し圧倒的な火力を手にした。
そして、未宣告で侵攻する魔王軍に対して、正式に王族による宣戦布告が出され、魔王軍と征討総軍は戦争状態となった。
魔王軍もその宣戦布告に応じて増強され、戦火の勢いはさらに増すことになる。
季節は冬を迎えようとしていた。




