第29話 『失踪』
レンコンの住む館は建物同士の間隔が広く空いた庭付きのでっかい土地、まさしくお金持ち様の住む場所にあった。
扉を抜けると長い廊下、大小様々な部屋、なぜか1つじゃない風呂、もう意味が分からない。
思えば高貴なる光のメンバーは地元大地主の息子だの支援協会のお偉いさんの娘だの、上流階級のやつらが多いんだったか。
そりゃこんな豪邸にも住むわ・・・。
大広間は暖炉が設置してあって、まだ火が焚かれていないせいで広間は暖まってないが、レンコンが指を弾いて火を飛ばすとすぐに熱が回る。
少し埃っぽい室内も、ニンジンちゃんの魔法が作る風と水のミストが埃と汚れを集めて掃き出す。
あっという間に居心地の良い空間が作られ、暖炉を囲むように並んだいくつかの黒い木造りのロッキングチェアやビッグサイズのソファーに腰を掛け、床に敷かれたモフモフのカーペットに寝転がる。
俺もソファーに腰かけると右に光、左にモモと座り両手に花とはこのことか。
モヤシは地下に降りて何かと思えば、レンコンに言われた酒やジュースを持ってくる。
この世界では飲酒の制限は無い。
モヤシはこういう主人の酒飲みのサポートも心得ているのか、倉庫から持ってきたジャガイモと玉ねぎ、そして燻製肉を使って、塩と数種類の実を加えて特製ジャーマンポテトを作る。
そして暖炉の前に置かれた机に酒やおつまみが並べられ、宴会がスタートした。
さっきまであんだけガッツリ飯を食っておいてここでもまだまだいけるのか、ジャーマンポテトや燻製肉の香料漬けなどモヤシは追加注文の調理で右往左往している。
暖かな暖炉の前で、酒を飲み、おつまみを食いながら色々な会話が続く。
この一か月どうしてたの?とか、ヒカリとノブヒロ君は本当に付き合ってるの!?とか、他にもレンコンたちの征討軍入隊のこと、ネクスタの状況、俺の腕のこと、色々なことを話した。
レンコンは自分たちの入隊の話になると実力を高く評価されたことを声高に自慢し、色恋沙汰になると
「新しい恋をしたんだ!林さん、すまない!以前はしつこく言い寄ってしまった!紳士として恥ずかしく思う!」
「は、はぁ・・・。」
とほろ酔いで叫んだ。
俺の腕の話になる頃には全員アルコールが回りきっていて、泣き上戸かそれとも頭がクラクラでおかしくなっているのかその場にいたみんなが大泣きで話を聞いて、しまいには亀のように覆いかぶさってくる始末だ。
これには流石に参ったが、それでも楽しくはあった。
俺たちもこの一か月働きづめだったし、レンコンたちも入隊してから早速新設師団の中の1部隊小隊長とその部隊員として訓練に勤しんでいたのだ。
ストレスも疲れも溜まっていたのだろう。
力雅の宴会芸に入ったところで酔い覚ましに1人で館周辺を散歩して、帰ってきたころには全員赤ら顔で椅子やソファーや床に沈み込んで寝ていた。
あのモヤシでさえもロッキングチェアに背を深く預けながら主人であるレンコンの横で静かに椅子を揺らし、小さな寝息を立てている。
だらしなく口を開けて寝る晴花や、あんなにがみがみしていたのに仲良くソファーで丸まって寝ている光とモモとか、微笑ましいものだ。
しかし秋の夜の寒さは想像以上に身に応える。
このままではいくら暖炉があると言ってもみんな風邪をひいてしまうかもしれない。
そう思って、こっそりと大広間を抜け出し、毛布を持ってくるために2階に繋がる階段をゆっくりと上る。
2階までの階段は途中の踊り場に大きなガラス窓がはまっていて、そこから月の明かりが差し込み俺の影を作る。
振り向くとその影にはやはり右腕はない。
「慣れたもんだなぁ・・・。」
ちょっと笑いながらしみじみと呟く。
もしかしたら元の世界に戻ればこの腕も戻るかな?なんて一時期思ったこともあったが、今はこれで構わない。
今はまだ、この世界でやるべきことがある。
この王都に来たのは休暇の意味もあったが、レンコンに俺たちの進路を相談することもあった。
正直、もうほとんどやりたいことは決めてるが、俺たちには後押しが必要だと考えていた。
人に任せるのは少し気が引けるが、この世界に来て得た大切な友だ。
ブルータスとマチちゃんは既に俺たちの考えを聞いて、ネクスタは任せろ!だから、全力でやってこい!、と応援をしてくれていた。
だから、レンコンたちと会うのは、覚悟を決めるためでもあった。
「っと、今は毛布毛布・・・。」
いつも何かしている時でも被せるようにこうやって考え込んでしまって、いけないいけない。
戦闘中も余裕が出るとこんな風になってしまうのは困りものだな・・・。
少しは気を付けなければ。
階段の踊り場に足をかけると窓の外の景色に目が移る。
そして視界の端に、庭の茂みで蠢く謎の影に気が付いた。
だが、注視した時にはそこには何もなく、夜風に揺れる木々があっただけだ。
「さっき戒めたばかりなのに、これか・・・。」
また気移りしてしまった。
こればかりはゆっくり治していかなきゃいけないようだ。
翌朝はみんな脱水症状に悩まされ、床を転がって水を求めるアンデッドのうめき声を上げる。
夜の酔い覚ましの時にしっかりと水を飲んでシャワーを浴びていた俺は軽い頭痛で済んだので、俺が介護係として水を飲ませたり買ってあったパンを小さく切り分けて食べさせたりと、お母さんの気分を味わうことになった。
昼になったところでみんなはようやく動けるようになったが、酒豪のように飲みまくった力雅やレンコンなどはまだ外に出る気力が湧かないと言うので、夜ご飯まで外出するなり館で休むなりと、各人自由に過ごすことになった。
俺は光と一緒に王都を巡ることにした。
といっても広すぎてこの第1地区も回り切れないとは思うが。
どうもモモはまだまだフラつくのか、付いて来ようとするもとても痛そうに頭を抱えるので、館で休んでもらうことになった。
結局、俺と光の2人、林と幹夫とニンジンちゃんの3人しか外出することはなかったが。
しかし、いくら王都なんて大層な名前であっても詰まるところ居住地なんだろ?なんて思っていたら、実際はかなり充実した場所になっていた。
なんでもコンセプトがこの都単体で全て賄えるようにする、というものらしく観光に最適な場所から一般人の休息所、畑に農場、工場地帯に運動場、はたまた小さな山まであって、ここだけで国が成り立っている。
あの外部から侵入を拒むような魔法障壁も、この都はここだけでやっていけるぞ!という自信の表れということだろうか。
光とはカフェや公園を回り、動物園のようなところにも訪れた。
動物園は東京の上野動物園に修学旅行で1回訪れて以来行ったことがなかったが、・・・こんな感じではなかったと思う。
少なくとも巨大なドラゴンが飼われていたり、6つ足のラクダに似た何かに騎乗体験できる場所は無かったはずだ。
でも、言っちゃえば異世界だから(笑)で済むし、もうこういうのにもある意味慣れた。
光もドラゴンが観客に吐く水しぶきを受けて喜んでいるし、俺も素直に楽しむことにした。
館に戻る時は結構暗くなっていて、道も慣れていないせいかすこし迷ってしまった。
ドアを開けると丁度風呂を上がったばかりであろうレンコンと鉢合わせし、レンコンはにこやかに話しかける。
「おや、カップルさん。おかえりなさいませ。王都は楽しんだかい?」
「うん、そうだな。けど、それやめてくれよカップルさんって。恥ずかしいだろ。」
「事実なんだから良いじゃないか。」
そう意地悪気な顔を浮かべるレンコンは、俺たち2人を見てそう言った後に何かに気付いたのか疑問の声を上げる。
「おや?そういえばなんだが、モーリスには邪魔されなかったのかい?」
「モモには邪魔されなかったけど、あの娘なら頭痛くてこの館で休んでたんじゃないの?」
「いや、確かにそうだったんだが、『やっぱりダメ!ノブヒロ君を放っておけない!』とか叫んで飛び出て行ってしまったんだよ。まだ体調が優れなさそうだったのに。」
「うーん、会ってないな。」
どうやら、モモは俺たちが外に出てから少しして後を追うように館を出たらしい。
だが、この広大な王都だ。
裏路地なども歩いた俺たちとは会えなかったらしい。
「なんだかモモに悪いことしちまったなぁ・・・。」
「そうね・・・。でも、ノブと私の話を聞いてあんだけ悔しがって諦めたように見えたのに、意外に諦めないのはすごいわ・・・。」
「『結婚してないならダイジョーブ!ノーカン!』ってなんだか参っちまうよなぁ。」
「ノブもしっかりと言えばいいのに。」
「そうなんだけど・・・。」
そうなんだけど一応好意を断ったのにあーやってアプローチされると、どうしていいか分からない。
惚れ性が効いて王都で新たな恋を見つけていると思っていたのに、存外そうでもなかったし。
光に肘でつつかれ、レンコンからも冗談交じりに女ったらしと言われてしまうのは考え物か。
大広間ではモヤシとニンジンちゃんの作った料理が食卓に並び始め、ボードゲームをしていた林と幹夫や寝ていた晴花と力雅も飛び起き、全員が食卓に着くのを待って飯を食べることにした。
皿を並べ、飲み物を用意する。
左腕だけだと大した手伝いが出来ないので、椅子に座って静かに待っている。
けど、時間は過ぎ22:00になっても、モモが館に帰ってくることは無かった。
俺たちは館で待つモヤシ以外、みんなで外に出てモモを探し回った。
開店している限りの店を尋ねて回り、警備隊の騎士にも協力を求めた。
騎士は俺たちの話を聞いた途端真面目な表情となって、いなくなった時の状況や容姿など詳しく聞き出そうとする。
そして、夜間にも関わらず警備隊が非常招集されモモの捜索が開始された。
だが、モモは見つからなかった。
翌日モモは、10人目の失踪者として掲示板に名前が貼りだされることになる。




