第28話 『忍び寄る影』
王都は非常に大きかった。
少なくともその全体像はここから見ることが出来ない。
王都に閉じた空間を作り出す6角形の巨大な外壁はクリーム色に染まり、その壁面には細かい文字が綴られている。
そしてその外壁から王都を覆うようにドーム状に水のような膜が張られていて、そのドームには複雑な魔法文字の帯が所々走る。
これは、魔法障壁だ。
ネクスタでも見たことがあったが、このように常時展開していたわけではなかったはずだ。
大きくせり立つ外壁を超えるように魔法運輸が障壁に突っ込むと、障壁は車両を包むように中へと飲み込み、車内にいると少し肌にピリッとする。
今の妙な感触で王都に着いたことに気付いたのか、力雅たちもそれぞれ起き始める。
一瞬、2人ずつ仲良く寄り添って寝ていたことの恥ずかしさに顔を赤めるが、窓の外の景色に目がいったのかそれもすぐ収まる。
外には中都を何倍かに広げたような広大な土地、その上に家屋や店、工場、教会、塔が立ち並び大都会を織りなしていた。
今は夜でその街並みも暗さに被れてるが、この王都を覆う魔法障壁が淡く白い蛍光灯のような光を注ぎ、街中に設置された街灯や建物から漏れる明かりが夜の闇と障壁の光に混ざり、綺麗なグラデーションを描いている。
至る所に建物、人、動物。
緑も見られるが、街の大きさの中ではまた、小さく見える。
そして、極め付けがこの王都の中心に座する巨大な城。
あれは恐らく、というか絶対に王族の居城だ。
見れば城を見上げるように街並みは形成されていて、その権威が伺える。
ここからではまだまだ距離があるはずなのにその大きさのせいか遠近感が狂う。
ネクスタはこの王都を参考に建造された気がするくらいには似通っている構造だが、やはり規模が違う。
ネクスタはちょっとした観光地に行った気分を感じるとすれば、この王都は田舎者が都会に行った気分のようなものと言えるだろうか。
そんな表現でも足りない気がするほど、何とも筆舌に尽くしがたい。
車両には到着直前のアナウンスが流れ、大きく口を開いた塔ターミナルが俺たちを出迎える。
滑るようにターミナルに入り、ゆっくりと扉が開くと車内から人が流れ、そして、車外から人が押し寄せて来る。
俺たちも慌てて車内から飛び降りるが、人混みに足を取られたのか幹夫は力雅を巻き込んで転び、どうも尻を撫でられたらしい光と林が激怒して犯人を捜す。
これが、都会名物「帰宅ラッシュ」といやつか・・・。
ターミナルに設置された中央時計を見ると時間は19時を回っていて、腹が食べ物をよこせと鳴いている。
「そろそろ飯でも食ってレンコンを見つけなきゃまずいな。」
ということで、うまく人混みから抜けた俺と晴花でみんなを引っ張り出し、ついでに光のとっ捕まえた痴漢犯の頭を引っぱたいた後駅員に突き出して、塔を降りた。
この都の動力は一体どこから供給されているのか、魔力を必要とする魔動石や魔法装置を使用したものをフル活用していて、そこには必ずしも供給者の姿が見えるわけではない。
幹夫が予測するにあの西側で回っていた風車が何らかの装置で電気のように魔力を生み出しているのではないか、もしくはあの定期的の置いてある巨大水晶がなにか影響しているのかも、とのことだが、魔法障壁の常時展開といいどうなっているんだか。
駅前もロータリーがあり、そこには商店や運び屋が顔を揃えている。
取りあえず、まずはコッペという店を探して飯にするしかない。
既にさっきの電車のラッシュで体力を使い果たしたのか、みんなゲッソリだ。
早いとこ栄養補給を・・・。
駅では外敵の侵入を警戒した警備隊が騎馬を並べて監視していて、そこには小さな屯所まであった。
結局探そうにもこんだけ広いと分からないので、またもや警備隊の騎士にお世話になって「コッペ海鮮店」までの道を尋ねることになった。
しかし、どうもコッペという店はここから少し離れていて、地区が違うらしい。
地区ってどういう感じに分かれているんだろ、と光が呟いた瞬間騎士はバッチリと目を輝かせ説明を始めた。
こういう案内をよく頼まれる人は説明好きなのか、この世界に来てから長い説明を好む奴は多いと思う。
だが、思ったよりも構造は単純というか覚えやすくて、むしろネクスタやオリジナの方が大きさや場所がバラバラで面倒な地区分割をしているくらいだ。
王都は中心にそびえたつ王城を通るようにして、六角形の頂点から頂点へ対角線が引かれて6つの大地区に分かれている。
中都から王都を繋げるこの駅があるのが六角形の左下部分、第1地区で、そこから時計回りに第2、第3と順々に割り振られているらしい。
そして、その1地区あたりも3つに分かれていて王城に近い所から上地区、中地区、下地区となっており、この王都は計18の小地区で成り立っている。
今この塔ターミナルが建っているのは第1中地区であり、コッペは第1下地区にあるそうだ。
話を聞くだけでは分からないだろうと、今から騎士が巡回と交代で1地区を回るのでついでにコッペに連れて行ってくれることになった。
本当になんだか優しくて礼儀正しいなぁ、なんて思いつつありがたく付いていくことにした。
「おーい!晴花、行くぞー。」
「あ、はーい!」
「何見てたんだ?」
「なんか『れんぞくちっそ』事件だって!書いてあったよ!」
「は?窒素事件?こえーなおい。」
「晴花ちゃん力雅君、失踪、ね。」
力雅と晴花の織りなす不思議会話に林が訂正を入れる。
どうやら俺が騎士と会話している間に、晴花は屯所の横にあった掲示板に貼られていた注意喚起の張り紙を見ていたようだが、失踪事件とは物騒な。
まぁ、でもこんだけ人がいれば1人や2人、消えても気付かないかもしれない。
それくらい人がいそうなものだ。
なんだって、夜も始まってきた時間でこの人気だ。
騎士に案内された、コッペ海鮮店があるという第1下地区の飲食店街にも多くの人が絶えない。
俺たちみたいに剣だの斧だのという物騒なものを着けてるのはせいぜい征討軍の兵士くらいだったが、冒険者でも悪目立ちはしない。
というか、都に住む人々からはどうも傭兵のような感じで扱われてる気がしなくもないような。
目的のコッペ海鮮店を見つけると、ここまで案内をしてくれた騎士に心ばかりの銅貨と例を言い、店の中に入っていった。
早速コッペ海鮮店の中の店員にマリンの爺さんの話をすると、店員は丸い食卓と客で溢れる店内を急いで通り抜けて髭もじゃでエプロンをしたおっさんを連れてきた。
そしておっさんは俺たちを見た途端、その2メートルはありそうな巨体で俺を抱きしめ、店の奥にある特室へ俺たちを連れて行った。
あ、これは・・・、俺の貞操が・・・、と思ったが違うようだ。
なんでも髭もじゃ店主さんはあのベテラン漁師爺さんの息子だそうで、俺たちに助けられてことを連絡していた、ということで感謝のフルコース料理を頂くことに。
が、丸テーブルに収まりきらない量の料理が運ばれてくる。
ゆっくり席に着いたのも束の間、奥から魚の盛り合わせに魚介サラダ、魚のすり身で作った焼き餅のようなものなど、どれも海鮮店の名に相応しい海鮮料理が絶え間なくご登場。
鼻で香ばしく、口でみずみずしい。
舌を撫でるように優しく、喉を刺すように辛い。
全ての味覚を制覇せんとばかりに作られる料理は口の中で弾けるほど美味い。
空腹だったのもありガツガツと食べるが、晴花と力雅の食いっぷりは強烈なものだった。
2人ともスープをお茶のように飲み、魚の盛り合わせは何枚も重ねて一気に頬張る。
口に放り込むたびに幸せでとろけた顔をする2人だが、あれで味わえているのか疑問だ・・・。
しかし、食べても食べても歓迎は終わらない。
なんとこの店目玉の「その場で獲れたてのオオダチウオ捌き!プリプリ出来立て生食!」を俺たちの目の前でやってくれたのだ。
そこそこ値段のする店でバカ食いするグループというのと、このパフォーマンス料理で注目を集めてしまったのか、周りのお客が少しだけ集まってきた。
晴花と力雅は興奮してやんややんやとしているが、正直俺たちは恥ずかしい。
そんなに注目されるのが好きじゃないのに・・・。
そのパフォーマンスも終盤に差し掛かり、残った尻尾とお頭を綺麗に皿の上に盛り付けようとしたところで
「あーーー!!!ノブヒロ君じゃん!!!おっひさああああああ!!!!」
という大声が店内に響き、女の子が俺の椅子にダイブしてきた。
結構腹いっぱいの所への突進攻撃。
一瞬うっ、と詰まらせた声を上げてしまうが、ふわっとした匂いと柔らかい感触に和らげられる。
店内が誰だこいつと一瞬静まり返る中、俺たちだけはこの娘を覚えていた。
モモンナ・モーリス、冒険者パーティー高貴なる光の弓兵であだ名はモモ。
よく見れば、店の入り口には高貴なる光、レンコン達が立ってこちらを見ていた。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
結局まだまだ運ばれる食事を俺たちだけでは消化しきれないので、レンコン達を呼んで一緒に食べてもらうことになった。
早々に腹を満たしたレンコンは食休めに茶を飲んでいた俺に話しかけてきた。
横ではモモと光が仲が良いのか悪いのか顔を突き合わせながらぶつぶつと話し、モヤシとニンジンちゃんは力雅たちと楽しげに食事を続けている。
「久しいな、ノッブーヒロ。」
「あぁ。って言っても1ヶ月くらいだろ?」
「それでも久しぶりなことには、変わらないさ。・・・なんだ、その、腕は残念だったな。」
「ん、あー聞いてたのか。まぁ見ても分かるか。」
「ああ、カンナが青髪から手紙で聞いてね。」
あぁ、ニンジンちゃんか。
そういえばブルータスと仲良さげにしてたが、まさか文通までしてるとはいじらしい。
俺はちょっと微笑ましく思っているところだったが、肩口の空間を悲しげに見つめるレンコンは重い雰囲気をいっそう増す。
「なんだよ、そんな風に気にすんなよ。ホラ、男らしいだろ。」
「・・・あぁ、そうだな。」
オイオイなんでそこでそんな苦しそうな笑顔するんだ。
いつも高慢ちきなレンコンと違って調子が狂う。
このままだとこの重い空気が伝播しそうで困っていたところで、突然モモが足元にすがるように泣きついてきた。
「ノ、ノブヒロ君!ヒカリに!ヒカリに告白したって!ホントなの!?アタシがいるのに!?嘘でしょ!」
「ふっふーん!嘘じゃないわよ!ノブも言ってやってよ!」
「あ、やっぱお前らそういう関係だったか。いやぁ、手ぇ繋いでるしラブラブだから、そうなんだろうなぁとは思ってたが、やっぱかぁ~。おめでとさん!」
「やったね光ちゃん!彼氏!彼氏!」
「あ、ちょ、いやその・・・!!」
「光、お姉ちゃん嬉しい。」
「おめでとう、光ちゃん!」
「ちょ、やめて!それに私の方が生まれは早いんですけど!?」
光が何を言ったのかは知らないが、みんなも一斉に興味を持ったのか身を乗り出して話をしている。
いつの間にかワーキャーワーキャーとして、個室のようになっている特室はお喋りの騒がしさを反響する。
レンコンも驚いてそうなのか!?そうなのか!?と繰り返して、さっきの重苦しい雰囲気はない。
それは助かったのだが、どうなの!?と泣いて聞くモモや顔を赤面させる光に何故かレンコン。
また、別の面倒くささが出てきた・・・。
既に料理も全て食い尽くし、お腹も落ち着きを取り戻している。
俺たちは店主に礼を言って、取りあえず店の外に出てブラブラと歩くことに決めた。
秋の夜の冷え込みが店を出た途端に肌に突き刺さる。
時間はもう21時近い。
泊まる宿がない事を素直にレンコンに言うと、レンコン達の住む館にお泊りすることになった。
レンコンの父ちゃんが買ってくれたらしいのだが、どうも4人では部屋も大きさも余るし、そもそも軍の寄宿舎にいることが多いのであまり使えてないという。
その館は第1上地区にあるので、ここから少しだけ歩くことになる。
だが、歩きながらレンコン達の話を聞くのは楽しかった。
軽快に足を弾ませながら食後のエクササイズとして、館までみんなで歩く。
モモと光のキャーキャー言い合う声や、レンコンの自慢話、なんだか懐かしい気分になる。
寒かった夜は、温かくなっていた。
そして、モモを見つめる濁った視線が1つ、路地裏の暗闇から覗きこむ。




