妹の慟哭
◇◇◇◇◇
「どうして私は兄さんの妹なんですか?」
ああ、止まらない。
分かっていても口が勝手に動く。
バカ。私のバカ。
弱い私がいけないのに。
「せめて、せめて双子なら、せめて幼馴染なら、隣に立てたかもしれないのにっ」
無茶苦茶な事を言っているのは分かっているけれど。
……意外とスッキリしてきた。
口に出す事は、やっぱり大事らしい。
「妹は、ずっと、兄に守られて生きなければならないんですか? 」
「…….」
兄さんは何も言わなかった。
私はいつも支え合いたいと思っていたのに……いつも私を守ってきた兄さん。下から見上げるばかりで、貴方の顔がよく見えない。
守られてばかりは嫌だった。私が姉だったら、まだ良かったのかもしれない。貴方は上から見下ろすばかりで、私の顔が見えていましたか?
ずっと対等に見られてきた事なんてなかった。常に私は、貴方の庇護対象。
私が弱いから。
貴方と違って優秀じゃないから。
だから悪いのは私かもしれないけれど。でも、やっぱり嫌なものは嫌。
全部を貴方に背負わせて、私までおぶってもらって、無茶させて、のうのうと生きるだなんて私には出来ない。
だけど、今日だって勝つどころか、また貴方に守られてしまった……私って一体何ですか。
認めさせたかっただけなのに。私はもう1人で大丈夫だよって。本当の、意味で…………褒めてもらいたかった…………だけなのに…………
「……そうか」
兄は結局、そう切り出した。
「謝らないぞ、俺は」
全てを理解した上で、その言葉を選んだのだろう。
貴方を見ると、しっかり剣を握っている。私の手を、握っている。
その手にぐっと力を込められて、私は立ち上がった。兄さんが親指で示した砂時計。時間はいつも、待ってくれない。
「残り五分もない。全力を出せよ銀子。これは一種の戦争でもある。つまり、勝者こそ全てだ。わかるな。俺に認めて欲しければ、この手を離してみろ。俺は絶対に離さない。……もしも俺が間違っていたというのなら、結果で示せ」
……厳しい言葉。
ひどく、安心した。兄さんがようやく私を見てくれた気がした。
「言われなくとも」
◇◇◇◇◇
そう言うな否や、銀子はどこに隠していたのか、細い矢の様なものを俺の手の甲に突き刺してきた。
もちろん避けようとしたが、それは右手である。半分の主導権は銀子にあった。
結果的に銀子の、「確実にダメージを与えられるところへ与えよう不意打ち作戦」成功である。俺の右手と銀子の右手は、一本の棒に貫かれたのだった。
「ずるい!」
「勝てばいいんです勝てば!」
自分の目を疑った。
地面に散らばる折れた剣共が、一斉に宙に浮いた。そして、一斉に俺の体に突き刺さろうとしてくる。サボテンはごめんだ。
それにしても遠慮がない。
信頼されて辛い。
と、冗談を言っている暇でもない。俺の右手は元から。そして左手もさっきの件で使い物にならなくなった。
だからーー俺も天身剣を宙に浮かす。
「そうこなくては」
先にこの技術を習得していた妹に驚きはない。使えて当然ってか。
……手を使って物を動かせるのなら、手を使わずとも物は動く。自然だ。行程を省いているだけで、練習すれば誰にでも出来る技術である。俺はこれを崩則と呼んだ。
その技術をフルに活用してくる銀子。四方八方から攻めてくる剣を、俺は天身剣で防いでいた。
もちろん、銀子自身の攻撃も防がなくてはならない。そんな無茶な動きをさせてしまったせいか、天身剣に、小さなヒビが入った事を俺は見逃さなかった。
一瞬の逡巡。銀子が見逃すはずがない。隙をついて俺の右手を斬り落とそうとしてきた。右足の蹴りで防ぐ。
すると向こうは体をその場で側転するように回転させてきた。俺は手を離せないから、向こうはそこをついてきたのだ。俺は必然、その回転に付き合わなければならない。
回転によって宙に浮かんだ俺へ、折れた剣共がここぞとばかりに攻めてきた。
俺はーー敢えて避けなかった。
急所だけを避けて、全て受け止める。
「えっ!」
俺が避けると、避けられると確信していた妹が驚きをあらわにした。そしてすぐ、苦い顔をする。
もう、この折れた剣は使えないと判断したらしい。賢い。
「不思議に思っていた。幾らお前でも、この数は過ぎた技術だと」
手を使わずに、といっても。それは難しい。何故なら物を動かす。これ一つでも計り知れない情報量があるからだ。
本来何かを使って物を動かす。この何かがスーパーコンピュータだとしよう。
俺と銀子は、そのスーパーコンピュータを使わずに、手を使って動かす同じ情報を頭で思い浮かべて実行する。
親指にかける力、人指しにかける力、中指薬指小指、手のひら手首、腕の動き。どれか一つでも狂ってしまえば、対象物はピクリともしない。
だというのに、折れた剣全てを銀子は動かしていた。何かカラクリがあると思っていたが、やはり剣そのものが普通ではない。
この剣、面白い構造をしている。90パーセント以上が魔力で出来ているのだ。
つまり、銀子は手を使わずに物を動かすサポートとしてこの魔力操作を利用した。どちらか片方でも欠けていれば意味を成さないシステム。
流石だな銀子。
「まあ、その魔力も俺が上書きしてしまった今、意味ないけどな」
自信満々に言ってやる。
すると……
銀子がフッと笑った。
嫌な予感しかしなかった。
「はあっ!」
あろう事か銀子は、力任せに地面を踏みつけた。さっきから激しい戦闘によって崩れかけていた地面が、遂に崩壊していく。
もはや地割れだった。
底の見えないそこに、俺と銀子は投げ出される。
銀子は落ちようとする我が身を止めたりなんかしない。全て俺任せである。ちくしょう。
ーー耐えてくれよ……!
心の中で神頼み。危険な状態の天身剣を横の地面に刺して、腕を引っ掛けた。これで落ちる心配はない。
だが……
今まさに、銀子が今度こそ俺の右手を斬り落とそうとしてくる。
ちょっと、シャレにならないくらい危ない。崩則をつかってその剣を止める。ここが踏ん張りどころだ。
銀子の意思と、俺の矜持が拮抗して、何も斬れていないはずの剣からやかましい金属音が鳴り響いた。
その時。
遂に天身剣が折れた。
いままで戦場を共にしてきた天身剣が、折れてしまった。半身を失ったようである。ショックが半端ではない。
そして、抜け目なく俺の心の隙を狙った銀子が、崩則を打ち破った。
剣は吸い込まれるように俺の右手に迫りーーあともうすこしという所で、遮るように氷の盾が邪魔をした。




