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色惑う 黒の戦士  作者: watausagi
二章 銀の国編 合わせ鏡。それは無限に続く世界。ひねりもしない平行世界。されど、手を伸ばす事は出来た。
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夢か現か

◇◇◇◇◇


 時々生意気だが、時々やかましいが、俺の父さんは仕事と家庭を両立させた素晴らしい人間だったと思う。


 天才たる俺は当たり前のようにテストで100点という可愛らしい点数を取るが、奴はその度に過剰なまで褒めちぎる。


『これは、寿司だな!』

『偶々だからいいって』


 その度に俺がなだめていた記憶を、今になって鮮明に思い出す。


 そんな父さんが選んだ母さんも、もちろんいい人間だった。少々行儀が良すぎたくらいに、人が出来た人間だった。


 ただ、母さんも父さんにだけは遠慮がなく、そこに俺は両親の仲の良さというものを感じていた。


 普通に幸せだった。


 けれど……


 ある日、2人は帰らぬ人となった。事故だった。何か大きな謀略に巻き込まれたとか、特別ドラマ性もない、相手側の信号無視によるありふれた事故だった。


◇◇◇◇◇


 その男は……


「何だ、俺はいつから息子に居て驚かれる存在になったんだ」


 父さんは、面白がるように言った。


「兄さんはまだ寝ぼけてるんです」


 銀狐が茶化すように言った。


「あなたが最近、仕事で忙しいからじゃないんです?」

「……母さん」


 台所に、母さんまでいる。


 これは一体何の冗談だ。面白くない。不愉快ですらある。


 家族がいて当たり前?


 そんな訳があるか。


 少なくとも俺の父と母は……死んだはず。


 パズルじゃないんだ。欠けたら二度と、元には戻れないというのに。


 ……夢?


 そんな、まさか。


 どっちが夢なんだ。一体。両親が死んで妹に憎まれ異世界に行った自分と。こうして両親も生きて妹にも愛されている自分と。


 俺は、どっちを信じればいいんだ?


「おい鏡兎(きょうと)、いらないんだったらこの生ハム貰うぞ。俺の好物だ。俺に寄越せ」

「ダメですよー。塩分の取りすぎです」

「しかしだなぁ母さん、目の前にニンジンぶら下げられて、馬にじっとしてろと言うのが間違っている」

「父さんはいつから馬になったんですか。娘1人背負えないくせに」

「い、いや、流石にもう……お前も来年は高校生なんだ。……重すぎる」

「父さんが貧弱なだけです!」


 目の前で極当たり前のように繰り広げられる家族風景。


 ……どちらが夢なのか、俺にはまだ分からない。だけどーーだけどこんな人生も、悪くないなと、そう思った。


「ん、何だ鏡兎、お前……」

「あーあ眠たいなー全く。余りの眠たさに欠伸が出てしまった。酸素を脳に送り込まないとこれでは授業にも差し支えが出てしまう。

 ところで父さん、一切れたりとも生ハムは渡さんからな。緑の中の癒しを盗もうなどと全国の豚さんに土下座しろ」

「そこまで言われるような事したか!?」


 本当に、悪くない。


 改めて銀狐を見ると、向こうもこちらに気付き、微笑みを浮かべた。


 夢のような世界だ。本当に夢ならもう少しだけ覚まないでほしい。


 心の底から願った。


 ……ただ一つだけ気になったのは、銀狐の笑みが少しだけ哀しいものに見えた事。些細なものだったので、見間違いだと思う事にした。


 朝ごはんはとても、美味しかった。


〜〜〜〜〜


「おいおい、まさか、学校にまでついてくる気なのか?」

「途中まで一緒ですから」


 気まぐれな猫が急に、人懐っこい子犬にでも変わってしまった違和感をまだ感じる。


 やけにベタベタするこの妹は、本当に、俺の知る銀狐ではなかった。


「はい、兄さん」

「……何だ急に。左手の指紋を俺に見せたいのか?」

「違います」


 隣を歩く銀狐から差し出される、何かを待っている左手。


「手を繋ぐんです。どうせそこまでなんですから、構いませんよね」


 首をコテンと傾けながら上目遣い。しかも兄に要求する内容が手を繋ぐ事だなんて。ははっ、妹がこんなに可愛い行動をするはずがないだろ……


 この世界、色んな意味でおかしい。


 ……この世界?


 ……まるで異世界でもあるみたいな自分の言い方に、心の中で笑った。


「まさかお前、ブラコンじゃなかろうな」

「さあ、どうでしょう。私は別に兄妹だから普通だと思いますけど、確かに周りからはブラコン、だなんて言われたりしますね。最近の若者って家族のありがたみを分かってないような気がします」

「……そうだな」

「兄さんはこんな私、嫌ですか?」

「妹を嫌う兄なんていない」

「ふふっ、遠回しですね。正直に私の事が好きだって言ってもいいんですよ。

 因みに、兄を嫌う妹もいませんから」


 そこのところ、よく覚えておいてくださいね、と念押しにされて。


 銀狐は中学、俺は高校に向かう。


 いつも通りだ。


 ……いつも通り。


 ……


 何か忘れているような気がしたが、俺は、この心地よい空気に浸っていたかったから。


 青い空に浮かぶ月を見て、胸が痛んだ理由も考えずに。

 

 有栖川 鏡兎として、学校に着いたのだった。


 そして月も……見えなくなった。

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