天才、死す 真っ黒黒に包まれて
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あの日、といっても昨日の事だが、俺は水晶に触れて力を得た。力の全容は、自分の半身のように直感的に把握して、そして確信した。
ーー誰にも勝てない……
この世界には強者がいる。言わずもがな色の戦士と、各国の王家、冒険者、迷宮のボスや野生の魔物。他にも代表をあげれば……継承者達。
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むかーしむかし、遥か昔。世界には九つの支配者がいた。
一の竜。
二の兎。
三の獅子。
四の蟲。
五の猿。
六の魚。
七の人。
八の鳥。
九の蛇。
しかし、いくら絶対的強者であるこの九体にも、生物として当然の寿命があった。そこで神は、この九体をただ骨にするのはもったいないと、それぞれに“座”を与える。
ただ、与えたはいいものの、それはあくまで役割であって、何かしらの意味があるわけではない。
そこで考えたのが、九つの力をそれぞれ引き継ぐ者、継承者を用意して、その者達がどのような生を歩むのか見守らせた。
……要はこういう事だ。神なんて奴がいるかはともかく、確かに継承者はいる。機嫌を損ねるなよ。死にたくなければな。
お前でも分かる 単純一般常識より抜粋
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焦ったな。うん。しかしそこは天才。すぐに次なる手を考える。
俺が得た力は、最強にも最弱にもなれる異質な能力。神にも勝て、子供にも負ける可能性の能力。単純で、トリッキー過ぎて、扱いづらくて……
仮に他の誰かがこの力を得たとしても、断言しよう。歴代戦士最弱になる、と。だからこそ断言しよう。
俺は歴代戦士最強になると!
目につけたのは不死の迷宮。そのボスである不死身の力。
ーーこれしかない
そう思った。このままでは、2ヶ月後に起こるらしい世界会議、そこで始まるかもしれない戦争で、俺はなんの役にも立てない。
仮にもサクヤ姫に忠誠を誓った。黒の戦士であることを認めた。だというのに、自分が弱い? そんな事でいいのか?
いいはずがないだろう! なんたる屈辱だ! ああ分かっているさ。天才と最強は違う。だがアリスよ、お前は可能性を与えられた。何もしないのはお前のプライドが許さない。
そもそも1人の男として生まれたからには、強さの頂を見たいと思うのは当然。
見返してやる。俺を疑うカレハナを、無関心を装うグレイを。唯一信頼してくれているサクヤ姫には、勝利をプレゼントしてやる。
「俺は誰だ?」
「そう、天才だ」
「天才であるこの俺は……」
剣を構える。なっちゃいない、素人の構え。それでもやらなければならない。
「俺は黒の戦士、アリスだ!」
対峙するのは不死身のボス、デスオーバー。人型ではあるものの、強靭な爪と、口の中から覗く鋭い牙。
そしてーー
おや?
おかしいな……今さっきまでデスオーバーを見ていたはずなのに、視界は一変。上半身のない下半身を遠くに見た。
「グゥゥ……」
視界の端に、チラッと見えた。右手を血肉で滴り落とすデスオーバーを。
……ああそうか。
俺はーー死んだのか。
これは目眩? 視界が歪み、閉ざされていく。あぁ、真っ黒だ。黒も黒の……真っ黒黒……どこまでも黒く、黒く……黒。