獅子巫女 レオリオン
◇◇◇◇◇
昨日と同じく、今日もまた、ネイユンさんはデスオ君に立ち向かうのです。
「私と、勝負、して、下さい」
「……」
「対価、は、払い、ます」
最早カタコトになっている。彼女の執念やいかに。
デスオ君もデスオ君でだんまり。彼には他人と関われない理由でもあるんだろうか?
「ちょっと俺、行ってこようかな」
2人のやり取りを見て、ナイトは言った。
「2人の問題かもよ?」
「いや、あれは明らかにデスオが悪い。嫌なら嫌と、ハッキリ言えばいい。あの少女もそれで諦めるかもしれない。このままではどちらにとっても不利益だ」
「……そっか。分かった。ナイトが行くなら、僕も行くよ」
「それは、心強い」
そういえば、僕と同じでナイトも友人が少ない。ただ、僕の内気な性格の所為とは違って、ナイトはーー
ーーただ単に怖い、という理由だけ。
鋭い目と高い身長は、誤解を招く。本当は心優しい人間なのに。
今もまた……
「見、見ろ、三白眼が立ち上がった」
「おっかねぇ。次は何人殺る気だ……?」
失礼な。確かにナイトは、入学式の日に挨拶した女の子を怖がらせて失神させてしまった経歴こそあれど、その日からはあまり女の子に近づかないようにしている紳士だというのに……!
「おい、デスオ」
今の地獄の底から響いてくるような声は、ただ緊張しているだけなのに……!
ーー椅子に座ったデスオ君と立ち上がったナイト、必然的に見下ろす形となり、見ようによっては見下し睨みつけているように見えるが……
一触即発の雰囲気に周りが圧倒されるなか、ナイトはしゃがみ込み、デスオ君の肩に手をかけて話し出す。
「何か、話せない事情でもあるのか?」
非常にお世話好きのナイトです。
「別に、この少女は」「少女と呼ばないで下さい」「すまない。このネイユンという少女は」「今少女って」「っ……再三すまない。気を取り直して……デスオ、ネイユンはただ聞いているだけだ。強要はしていないと思う。お前は、はいかいいえで答えてくれればいい」
「……」
「はいなら首を縦に振ってくれ。嫌なら首を横に振ってくれ」
「……」
「困ったなぁ。ん、なら、文字はどうだ。何かネイユンに伝えた事はないか?」
それが正解だったんでしょう。デスオは文字という言葉に反応して、スラスラ〜と紙に何か書いていきます。
流石はナイトです。
ネイユンさんだけでなく、僕たちもこれから何が起こるのか期待して……
デスオ君は遂に書き上げました。
その紙を分かりやすく、僕たちの目線まで持ち上げてくれます。さて内容は
“消えろ”
……………
こう言っては何ですけど、汚い字でした。彼は最近覚えたてなのかもしれません。もしかして、消えろという意味も分かってないのではと、僕は思いました。
「……そうですか」
ネイユンさんが気の毒に思えてきました。僕もナイトも、かける言葉が見つかりません。
「ご迷惑、おかけしたようで……すいません。では、これで」
今まで冷えた炎のようなオーラを出していたネイユンさんは、トボトボと教室を出ていきます。
彼女に嫌味ばかり言っていたデスオ君信者達も、今日ばかりは何も言いませんでした。
「……ラッセル。俺は、何か間違っていただろうか」
「いや、ナイトは何も悪くないよ」
悪いというか、デスオ君のコミュニケーション能力がとても低いという事だけは、分かったかもしれない。
どうにもならない今の状況。そこに、棒でつつくかの如く現れたのは、ジョンジャンコンビでした。
「コラぁてめえ、何女の子悲しませてんだよコラぁてめコラ」
「コラコラ、これは、頂けませんね」
拳をパキパキと鳴らせて、2人はデスオ君に近づきます。
しかし、今日も……
「ま、またまた俺の後ろにぃぃ!!」
「そんな、見えなかった……!?」
デスオ君は、昼ごはんを買いに行ったのでした。
学校って思ったよりも大変かもしれないと、僕はここらで気付いたのでした。
「くそっ……俺たちは眼中にねえってのかよ!」
「……僕は……存外、情けない」
こんなんで、二学期に行われる四黒大会、大丈夫なのかな。
〜〜〜〜〜
「おっ、今日の弁当は、豪華だな」
「う、うん……何だろねこれ」
「なんだラッセル、彼女にでも作ってもらったのか?」
「いやいや! まさか! 違うよ!」
「お、おぉ、そんなに否定しなくともいいぞ。ただ聞いてみただけだ……しかし凄いな。俺も自炊をしているから分かるぞ。その弁当には、味だけでなく栄養面にまで気をつかっている。その弁当を作った人間は、お前の事を大事に思っているんだろうなぁ」
「……そう、かな」
ナイトにべた褒めされた弁当、これを渡してくれたのは、師匠だ。
朝、僕にくれた。驚くこちらを面白がるように見て、子供のように無邪気な笑みを浮かべる師匠。
『座学はこの前みっちり鍛えたから、次は身体面だ。これはその一環だな。俺が考案した、名づけてアリス弁当! バカ売れだなこれは』
『し、師匠自らですか!?』
『ああ、安心してくれていい。俺はメニューを考えたが、それを作ったのは女性……まあカレハナだ』
『金の戦士……』
『俺なんかより、そっちの方がいいだろ』
『いえ! 僕はむしろ師匠が作ってくれた方が嬉しーーって、そんな事より、これ、本当に、僕っ』
『好き嫌いはするなよー』
はは、するわけないよ。
頂きます師匠!
僕、頑張ります!
「ラ、ラッセル、そんなに勢いが良いと喉につっかえって」
「っ……」
「ラッセルー!! ほら、水だ」
「……ぷはぁ……ありが、とう」
「気を付けろよ。よく噛んで飲み込むんだ。でないと、体に行き届かない栄養もあるからな」
「肝に銘じます」
チクタクチクタク
あれから何事もなく食べ終わりました。
「それじゃあ俺はそろそろゴミを捨てに行こうかな」
ナイトはいつも、食堂でお昼ご飯を買っているのです。
「なら、僕は食堂の自動販売機で何か飲み物を買ってくるよ。ナイトの水、飲んじゃったしね」
「何だか悪いな」
「そんな事ないよ……そういえば、うちの学校って、食堂とゴミ箱の位置がまるで真逆だね。飲み物を捨てるのも、わざわざ反対側に行かないとダメだし」
「それはゴミを回収する時の問題が関係しているらしいぞ。しかも回収するのは一週間に一回だから、臭いがな……衛生的な問題も含めて、そんなややこしい配置になっているんだそうだ」
他愛ない疑問を口にしたつもりが。
完璧な答えが返ってきた。
「ナイトは何でも知ってるね」
「そうか? ふっ、筆記試験では、俺より上のラッセルに言われると、嬉しいな」
「筆記試験……?」
「何だ、知らないのか。調べれば簡単に分かる事だと思うが」
そうだったけ……
実技試験の結果は知っている。良くて中の上ってくらいだった。
「ラッセルの頭脳は、誇ってもいいと思うぞ。最初から全てを知る人間なんていない。つまり筆記試験は、多少の差あれど努力の表れだ」
「僕が……そんな」
「自信を持て。自覚のない謙遜は卑下と一緒だ。……じゃ、行ってくる。午後の授業に遅れないよう気をつけるんだぞ」
「……うん」
僕の……努力……
頭脳……
持ち味……
〜〜〜〜〜
何か掴めそうな、そんな気がして。僕はずっと心あらずの状態にいたのでしょう。気づくと食堂近くまで来てました。
そういえばナイトから、遅れないようにと注意されていた事に気付き、早く飲み物を買おうとして……
ふと、中庭を見ると、その子はいました。
体操座りをして、空をボーッと眺める、ネイユンさんを。
時々忘れてしまうけど、彼女はまだ10歳。少し心配になって、僕は考えるよりも先に体が動いていました。
近づくと、ネイユンさんはこちらに気付きます。話しかける内容を考えていなかった僕は、そこで何も出来なくなってしまいました。
情けない。
師匠ならこんな時、ささっと解決するんだろうけど。
「貴方は確か……」
「……」
「三白眼の隣にいた子」
「あ、うん、その認識で正しいね」
あの時結局、僕は何も出来なかったし。
「でも、三白眼じゃなくてナイトね。アッシュ・ナイト。優しいんだよ」
「……名前は?」
「え、アッシュ・ナイトだけど」
「違います、貴方の名前」
「あ、僕はラッセル」
「ラッセル……そう、貴方が」
何かに納得したようだったけど、心当たりがない。僕はそんなに、有名人ではありません。
「分かっています。あの方が優しい人だとは。お陰で事態は進展しました」
嫌味かな?
違うか。
「デスオ君もきっと、悪気はなかったんだと思うよ。多分。きっと。彼は人と接するのが苦手なんじゃないかな。ほら、顔まで隠すローブを被っているし。五月に入ってくるなんて、事情があるのかも」
「成る程、理論的。流石です」
「うん……? どういたしまして?」
持ち上げが凄い。僕はこの子に、何かした事はあっただろうか?
いやない。
話しかけたのは今日一度きりだ。
「チャンスはいつかあるよ。この学園にいる限り、ネイユンさんとデスオ君は、その関係上必ずね」
「……ですね。やはり待っているのが一番なのでしょう。それはともかくとしてーー」
「……?」
ネイユンさんから睨まれます。ジト目、というやつです。
「私の方が年下です。初対面という事を考慮しても、“さん”をつけるのは、あまり関心しません」
「そう、かな。でもネイユンさんは、僕の憧れだし」
「私がですか?」
「うん」
憧れを通り越して、嫉妬にならないよう気をつけなければいけない程。
僕はこの子を尊敬している。
「入学試験の時に、僕は君を見た。最初はどうしてここにいるんだろうって思ったけど、君の剣技と魔法はとても綺麗だった。
その歳であそこまで出来るなんて、きっと、とてつもない才能があるんだなぁって……思ったけど。何より凄い努力したんだろうなって、そう考えると僕は何も君に勝つところがない。年下とか関係なく、尊敬した」
「……ですか。納得しました。確かに私はたくさん努力をしました。そこを褒められるのは嬉しいです。ありがとうございます。
でもーー」
天才はいる。入学試験の時、この子を見て僕はそう思った。その事はきっと、師匠も否定しない。
でも……
それだけだ。他はみんなと変わらない。喜んだり悲しんだりーー悩んだりもしている。今のこの子を見て、そう思った。
「貴方も見たでしょう。彼の力を」
夜ノ学園に入学すること自体優秀だとされている。そんななか、デスオ君は5月に入ってきた。もちろん生徒たちから不満が上がり、急遽、彼の実力を知るための特別授業が始まりーー
みんな、納得せざるを得なかった。
「私は……勝てないと、思ってしまった。戦う前から諦めてしまった。実戦でそれは、許されないというのに……!」
一体この子はどこを見ているのだろう。少し悲しい。彼女の目には、僕なんか映っていない。もっと遠く、先を見据えている。
「私は……何の一番でもない……彼に勝負を仕掛けたのは八つ当たりに近いかもしれません。弱気になった自分を誤魔化したかったのかもしれません。
今度会ったら、謝らないといけませんね」
「……その時は僕も、付き合うよ」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。これは私のーー」
その時だった。
少女、だなんて思えない。
ネイユンの雰囲気が変わった。
「どうしたの……?」
「……気付きませんか?」
ネイユンの視線を辿ります。
……何もない。
綺麗に整えられた草むらしか、僕の目には映りません。
「見えないのですか?」
「……ごめん」
「いえ、ならばこそ確信しました。私と貴方の認識の違いで、そこに何か、隠れた者がいるとーー出てきなさい!」
何もない場所を見て叫ぶ。その姿は、傍目滑稽にも見える。僕は……ネイユンを信じた。
僕は師匠の教えを守ります。
その2、手遅れにしない。
ネイユンと同じように、何もない場所を睨みつけます。そこに何かあると信じて。
すると……
一瞬の揺らぎ。
そこに、獣と少女が現れた。
「レオの存在を見破るなんて、凄いね〜。この国にはガッカリしたけど、なーんだ、みどころのある人間もいるじゃん!」
レオ……今となっては圧倒的な存在を見せつける獅子の姿。それを微塵も感じさせなかったさっきの隠密。とてつもない力だと分かる。分かってしまう。
獣と少女。
だとすると彼女らは……
「まさか……獅子巫女!」
「へえ、君、はくしきってやつだね。正解だよ。でもその呼び方は好きじゃないなぁ。私の事は、リオン様って呼んでよ!」
「……貴女方が誰であろうと構いません。この学園に無断で侵入してきた事は明らかです。不審者とみなし、即刻捕縛します」
「ぷぷっ、わきまえって大事だよ。だったらこれは弱肉強食の見せ場だね。やっちゃえレオ。あの生意気な女の子をギャフンと言わせて! 咬み殺さないようにね!」
「くっ……貴方は先生方を!」
「わ、分かった!」
僕より強いネイユンさんが、ここで不審者の相手をするのは、理にかなっている。弱い僕が率先して助けを求めるのは、理にかなっている。
師匠も言っていた。
強い相手と相見えた時には、逃げる事が大事だと。何より生き残る事を優先しろと。
言われた、けど……!
「バッカなのー。レオに敵うはずないのに。調子に乗ったら、痛い目見るのは当然だよね」
後ろでそんな言葉が聞こえる。
僕は……僕はっ!
……すみません。
僕は師匠の教えを、守れませんでした。
◇◇◇◇◇
「ラッセル……遅いな。何かあったのか?」
◆オマケ◆
実技試験
暫定一位 デスオ
二位 ネイユン
・
・
五位 アッシュ・ナイト
・
・
・
305位 ラッセル
筆記試験
一位 ラッセル
二位 ネイユン
三位 アッシュ・ナイト
・
・
・
・
・
暫定最下位 デスオ




