下書き無しのありきたりな冒険者ギルド
◇◇◇◇◇
「そういえばお前、どこか出かける目処があるらしいな。お願いだから俺の手を煩わせてくれるなよ」
「そいつは厳しい相談だ。悪いが俺が今から行くところは不死の迷宮、その最上階。おっと止めても無駄だぞ」
「……別に、止めはせん」
おや、いいのかよ。カレハナにあそこまで頑なに止められたから、ちょっと拍子抜けだ。
俺の訝しむ様子が伝わったのだろう。グレイはフンッとはなを鳴らして言った。
「カレハナ、あいつは根っこの性格が良いからな。それに黒の戦士たるお前に思い入れもあるのだろうが、しかし俺は俺だ。お前が死のうが生きようが、知った事ではない」
「なーるほど。話が早くて助かる」
ざっくりした態度。最初は嫌われていたのかと思ったが、それは違う。こいつは俺の事を、嫌いでもなければ好きでもないのだ。あくまで無関心をつらぬくつもりらしい。
「なら案内を頼む」
「不死の迷宮か? 黒の国からならば、どこにいても分かるほどあれは高いが……」
「違う。不死の迷宮ではない」
俺も、無駄に本を読んでもらったわけじゃないんだ。
迷宮で生活の要とする職業、冒険者。今ではそんなシステムが成り立ち、迷宮に入るには冒険者にならなければならないという、特に必要としないだろう決まりがある。
決まりなら仕方がない。日本にだって、過剰防衛とかいう必要のない法があったんだ。あるなら従わなければならない。冒険者になる為に、行かなければならない。
行き先はーー
「冒険者ギルド」
◇◇◇◇◇
冒険者ギルド。要は斡旋所。
あるボードには、依頼の紙がたくさん貼られている。何々の肉が欲しいだの。何々の毛皮が欲しいだの。
特にギルドが達成してほしい依頼は、ある程度ランクが高いところに貼られてある。実力のある者ならば、そこを狙えという事だ。
「冒険者になりたい」
俺の言葉に快く反応した受付の男は、気持ちの良い笑顔を浮かべた。ナイス、ビジネススマイル。
「ご説明は?」
「結構だ。カードを発行してくれ」
「かしこまりました。それではこちらにご記入をお願いします」
カード。ここに自分の能力を記す事で、受付がそれに見合った依頼を紹介してくれたりする。簡単なランク付けもされてあり、これは日本でいう資格みたいなものだ。あるかないかで、生活が大きく違ってくる。
俺はスラスラと紙に書き込んでいった。
剣? 今まで扱った事すらない。さっきの素振り2回とでも書けばいいのかな。
魔法? 魔力が無いんだぜ。
力? 誰が書くか。
ーーと、そこまで書いていると、ヒョイっと紙を取られた。受付の男ではない、横の、筋肉マッスルな漢からだ。
でかい。2メートルは軽くある。
「おいおい、こりゃ何だぁ?」
漢はニヤニヤとした目で紙を見た。
「剣の腕前……なし! 魔法の腕前……なし! そしておいおい、力も無しときたもんだ!」
冒険者ギルドに笑いが木霊する。
「まーたプッツェンバーガーの悪い癖が始まったぜ」
「おい新人君、耳貸すな〜」
周りから様々な野次を飛ばされる中、漢……プッツェンバーガーはおれの肩に手をかけて言った。
「悪い事は言わん。冒険者になる前にまず、基礎からやり直すんだな。ま! 俺んところの荷物持ちやりてぇなら話は別だけどよ!」
「……断る」
「おいおい、断るってぇなら実力見せねえとよ。ここはやってられねーぜ?」
「……はぁ」
これ見よがしにため息をついた。まったく、やってられるか。
こんなにも面倒くさい職場だったとはな……いや、周りを見るに、絡んでくるのはこのプッツェンバーガーとやらだけらしいが。俺は運が悪かったらしい。
俺は受付の男に軽く謝って、冒険者ギルドを出る。
「ちょっ、どこ行くんだ!」
「やめるんだよ。ついてくるな」
「気ぃ悪くしたなら謝るぜ、って、おいだから待てってーー」
再び肩に手をかけられた。俺はその手を掴み、捻り、腰をうまく使いながらプッツェンバーガーを投げ飛ばした。こいつ、やっぱデカすぎるだろ。
小柄な男が大男を投げ飛ばした事で、周りの雰囲気がガラッと変わった。ふんっ、いい気味だ。この俺を子供のように接した報いだな。稀代の天才アリスを軽く見ようなどと、貴様ら土下座してろ!
スカッとした気分で、倒れたプッツェンバーガーに近づく。
「……今のは」
「技だ。素人の俺がちょっとかじった程度でお前を投げ飛ばす事の出来るな」
裏技は使ったが……言う必要はない。
「分かっただろうプッツェンバーガー。お前の親切は、時に大きなお世話となる可能性だってある。今後は気をつける事だ!」
「う、うっす」
よし、これでいい。後腐れもなくなったところで、今度こそ冒険者ギルドを後にした。
「……力あんじゃん」
そんな言葉は、聞かなかった事にした。
〜〜〜〜〜
「にしても黒かったなぁ」
「確かにセンスの欠片も影に潜むほど真っ黒だったな」
「そういえば、そろそろ世界会議だよなぁ。我らが黒の戦士も召喚されてる頃だなぁ」
「……」
「……まさか、な」
〜〜〜〜〜
「やけに騒がしかったな」
外では、グレイが串に刺さった肉を食いながら俺を待っていた。ちょ、それ欲しい。
「止めだ止めだ。運悪く、途中で人の良すぎる筋肉男に絡まれた。それもお前みたいな口下手だぞ? 気分を害するのなんの……冒険者になるのは諦めたよ」
「最初から俺がついていけば早かっただろう。一言で済む」
「それで、俺が黒の戦士だってバレて、冒険者ギルドをたちまちライブ会場に変えるつもりか? 冗談じゃない」
やはり、元凶はプッツェンバーガーだ。あいつ許すまじ。あとはまあ、可能な限り穏便に済ませようとした俺の計算違いか。
くっ、この世界に来て天才の称号が薄れている気がするぞ。そろそろ挽回しないと。
ともあれ、ポジティブに捉えれば、この冒険者ギルドで収穫はあった。戦うことを生業としているあたり、力を持つ者が多かったからな。
プッツェンバーガーみたいな馬鹿力もいれば、特出した魔法の才能を持つ者。
陽炎剣。
隠密。
何故か絶倫。
分身。
魔物使役。
魔装……ざっとこんな感じに。
個人的に魔装とやらが気になる。俺もいつか使ってみたいところだ。
「ならば、貴様はどうするのだ。俺としてはこのまま回れ右をして城に帰るのをお勧めする」
「無論、却下で答えは強制特攻。グレイ、さっき言ったな。一言で済むーーと。それはもちろん、迷宮に入るも同じ事だろ?」
「……まあ」
なら、決まりだ。ふふっ……天才たる知略を垣間見たのではないか? そう、地位の高いグレイがいさえすれば、大抵の事はなんでもなるのだよ!
冒険者になる必要なんかない。何故なら俺は、黒の戦士だからな!
「ところでグレイ、それくれよ」
「自分で買ってこい」
こうして、不死の迷宮まで、俺たちは肉を食いながら並んで歩いた。
非常に不本意ではあるが、通りすがりの婆ちゃんから「仲良いんだねぇ」と言われた。耄碌が過ぎる。
ーー1時間ほど歩き、ようやくたどり着いた不死の迷宮は、どうみても634メートル以上はあった。しかも中は特殊な空間で、1階1階が1つの島と言ってくらい広いらしい。なるほど、冒険という言葉に違和感がないはずだ。
「おい、こいつを迷宮に入らせろ」
「カードがないと……」
「これはサクヤ姫直々のお願い、と言えばお前でも分かるだろう」
「っ……失礼しました!」
ん、向こうでは話し合いが終わったらしい。なんだかんだ言っても、グレイはやる事やってくれている。姫直々とかしれっと嘘をついているあたり、こいつもいい性格してるが。
「おい、話はつけた。いつでも構わない。勝手に入るんだな」
「感謝する。そして期待していろよ。黒の戦士はここで、他とは格別した存在になる」
天才が、化ける。
「……何か考えがあるようだが、デスオーバーはそんな簡単にやられる代物ではないぞ。あいつはどうしたって死なない。正に不死身だ。それだけではなく普通に……強い」
額から角を生やした男、グレイ。地位が高く、そして何より強者の忠告。
聞き流す馬鹿はしない。
しかし、勘違いをしている。
「俺はただの一度も、この迷宮のボスが簡単などと思った事はないぞ。むしろ逆……不死身だからこそ俺には必要なんだ。戦わなければならない。勝たなければならない。
なーに心配するな。この俺を誰だと思っている? 」
天才である、この俺に。
「デスオーバーとの3ヶ月を俺にくれ」
「3ヶ月っ…… 馬鹿な。迷宮に3ヶ月も閉じこもるつもりか!?」
「ああ、そうだ。3ヶ月もあれば、俺は確実に強くなると約束しよう。誰にも負けない力をつける事を、ここに誓おう」
流石にこれは受け入れられないかな、なんて心配もしたが。
そこは無関心のグレイーー
ではなく、ここで初めて、目の前の男は俺と目を合わせた。
濁った双眸が、探るように俺を見る。
「……誰にも負けない、か」
次の瞬間、再びグレイは俺から目をそらし、背中を向けて言った。
「好きにしろ」
◇◇◇◇翻訳
「おいおい、こりゃ何だぁ?」
ーーちょ、お前、これはないだろ!
「剣の腕前……なし! 魔法の腕前……なし! そしておいおい、力も無しときたもんだ!」
ーー剣の腕前もない。魔法の腕前もない。おいおい、これでどうやって冒険やるんだよ! お前ら! 聞いてたよな。最低限でいいからこいつの面倒みてやれよ!
「悪い事は言わん。冒険者になる前にまず、基礎からやり直すんだな。ま! 俺んところの荷物持ちやりてぇなら話は別だけどよ!」
ーー命あっての物種だからな。でもまあどうしてもってねえなら止めはしねえ。金がいるってなら、しばらく俺がつきっきりで……って、言わせんなよ恥ずかしい!
「……力あんじゃん」
ーーよく分かんねえが……なら、いいか。