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色惑う 黒の戦士  作者: watausagi
一章 金の国編 マリーゴールド 「別れた哀しみ」は、膨れ、蕾となり、「絶望」の花を咲かしーーやがて枯れた
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金の折り紙って、銀の折り紙に、オレンジ色を塗っただけなんだって

◇◇◇◇◇


 チュンチュンと鳥の声。


 俺は勢いよく飛び上がった。


 ……自分の身体を確認する。特に、何も変化はない。


 別に期待してたわけじゃないけどな。カレハナはそんな事をする人間じゃないと分かっていたからな。


 ただ、一緒に夜を過ごしただけだ。カレハナはずっと、横にいた。まるで、子が親の温もりを求めるように、



「おはようございます、兄さん」


 カレハナは先に起きて、既にメイド服に着替えていた。良かった。少しは元気になってくれたらしい。これで他の皆も安心するだろう。

 それにしても久しぶりに見た様な気がするメイド服。寝間着姿も新鮮で良かったが、やはりカレハナはこちらの方が


 ニイサン?



「なあ、カレハナ」

「何でしょうか?」

「……いや、何でもない」


 きっと気のせいだったのだろう。


「よく分かりませんけど、朝食は言ってくれればすぐに用意が出来ます。いつでも声をかけて下さいーー兄さん」


 ワザとだ! 今の絶対にワザとだ!


 いきなりの兄呼ばわりに、目の前の人間の正気を疑うが、本人は至って真面目だった。


 こ、これは……ギャグじゃない。も、もしかして俺たちは、生き別れた兄妹だったり。


 なんて馬鹿な。


「ちょっと待つんだカレハナ。よーく考えてみろ。ほら、どうだ。お前には俺が、お兄さんにでも見えているのか?」

「ええ、もちろん」

「おかしいのはお前の目か頭か……」

「失礼ですね」


 睨まれ、顔を背けられる。


 カレハナはあくまでも自然体でいるようだ。まるでそれが当たり前であるかのように、俺の事を……兄さんと呼ぶ。


 こいつメイドに義理の妹にって、どれだけ属性を増やす気なんだ。いつか眼鏡をかけてたり。まさかラスボスじゃなかろうな?



「いいじゃないですか。このくらい。それとも何か。兄さんは私が義妹(いもうと)である事に不満でも?」

「不満というか、欺瞞だろう。よくよく考えてみれば、俺よりお前の方が歳は」

「はい?」

「いや何でもない」



 カレハナはきっと15歳くらいなのだろう。そういう事にしておこう。


 ……朝っぱらからの突然な宣言だったので戸惑ってしまったが、これが、カレハナなりの妥協点だったのだろう。ある種のけじめでもあるのかもしれない。


 何はともあれとりあえずーー


「これからもよろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」

 

◇◇◇◇◇


 部屋を出ると、すぐにグレイと出くわした。あいつは俺見てフンッと鼻を鳴らすと、カレハナを一瞥して、ぶっきらぼうに口を開いた。


「貴様はもう、金じゃないんだぞ」


 カレハナは頷いた。


「分かってます。今の私は、戦士じゃない……ただのメイドです」

「……分かればいい」


 これだ。これがちょっとだけ気にくわないのだ。2人は相変わらず独特の絆を見せつけてくれる。よそでやれよそで。

 

 ーー食堂に行くと、他のメイド達が隅で並んでいた。カレハナもそこへ行ってしまう。


「おはようアリス」

「ん、おはよう」


 サクヤは先に着いていた。待っていてくれたらしい。


 俺も椅子に座る。隣には、正式にこの城に住む事となり、新しく部屋を貰ったウサギがソワソワと落ち着きのない態度で辺りを見渡していた。


 一応こいつは、金の国の親善大使という扱いなのかな?



「慌ただしいな。どうした?」

「う、ううん……なんかピシャッとしてるからな。私そういうの慣れてないからな。き、緊張してお腹がイタイんだ」


 兎が怯えている。

 助け舟を出したのはサクヤだった。


「そんなに気にしなくてもいいのだぞ。いつも通りで良いのだ。私的な食事に口を出す無粋な輩などこの国にはいない」

「そう、か……うん、頑張るぞ」

「サクヤの言うこと聞いてたか? だから、一々食事に頑張らなくていいんだ」

「う、うん、気をつけるぞ」


 だめだこりゃ。


 そもそも身体的特徴からして他の国、どころか同じ国と比べたって歪な黒の国の住人は、特に正式な作法が存在しないというのに。


 どうも、ウサギが気楽に過ごせるようになるのは、まだまだ先の事らしい。


 ……ウサギといえば。


 あちら(・・・)は、大丈夫だろうか?


◇◇◇◇◇



 ーー泡沫戦争。


 金の国が引き起こし、そして突如として終わりを迎えた戦。


 では、引き起こしたのは誰なのか?


 金の国の王だ。


 マンカイーノ? 違う。マンカイーノはただ、穴埋めのように王になったに過ぎない。元々金の国の王といえばただ1人。


 その名は……


 ーーラプンツェル。


 戦狂いの王である。


〜〜〜〜〜


 そこは地下だった。


 光も最小限の、下へ下へと繋がる狭い道を、魚の継承者であるピスケスは進んでいく。一歩一歩ごとに冷え込んでくる環境に身を震わせながら、それでも止まらない彼女のそれはもしかすると、武者震いなのもしれなかった。


 これは全く余談だが、ピスケスは寒がりで暑がりである。



 ーー遂に、ピスケスは牢屋にたどり着いた。


 その牢屋はたった1人のために作られた秘密の監禁場所。ここは金の国でも片手で数えられる人間しか知らされていない、ウサギも知らない。


 中央に位置する鉄格子の向こう側は、1人の女性が縛り上げられている。全身を鎖で巻きつけらているのだ。


 死んで……は、いない。生きている。その女は、身も心も生きている。


 柵越しに睨まれたピスケスはゾッとしながら、持ってきたパンを放り投げた。


 女は器用に、空中で食らいつく。


 少しの間咀嚼音だけがして、最後に女は近くに浮かぶ水を飲み込み、一息をついた。



「いやー、今度こそ死ぬと思ったぜ。ひどいじゃないかぁピスケス。腹が減って減って、危うく自分の体を喰いそうになったんだぞ」

「すみません。こちらもゴタゴタがあって、実は今日はその件も含めて、貴女に話さなければならない事があります」

「やけに堅苦しいなぁ」



 ピスケスの態度を訝しむものの、そんなもの、次の言葉でどうでもよくなった。



「貴女を、解放します」

「……は?」

「文字通りの意味です。今日をもって、こんな場所とはおさらばです。そして、姫には……いえ、貴女には王となって、公の場に立ってもらいたい」

「は、ははっ」


 乾いた笑みがこぼれた。


 ラプンツェルは近くの水球に顔を突っ込む。夢ではないと、確信した。


「そうか、そうか……なるほど、遂にお前ら無能も理解したか」


 カレハナの目の前で、ラプンツェルの鎖がひとりでに動き出す。


 まるでそれ自体が生きているかのように、鎖は蠢き出し、拘束していたはずのそれが今となっては、ラプンツェルに寄り添っているようにも見えた。


 長い間、鎖と共に過ごした日々で、既にラプンツェルはそれを自分のものとしていたのだ。


 後に彼女はこう呼ばれる。


 ーー鎖姫(くさりひめ)、と。


「そうさ、金の国は戦があって初めて輝ける。元来、私達の祖先は常に最強を求めた。片時も戦場から離れた事はなかった。それが今となっては……ほんとーに情けない。

 ぬるま湯に浸っている! 甘ったれた愛が染み込んじまってる!

 私が変えてやるんだ。再びの栄光を、私が取り戻してーー」

「ああ因みに、戦争はダメですよ」



 熱くなりかけたラプンツェルを、冷静にピスケスが遮った。


 むすっと拗ねたように口を尖らせたラプンツェルは、もう一度近くの水球に顔を突っ込み、頭を冷やす。



「いやー、なぁピスケス、それはちょっとおかしくないか? ほらぁ、私は王なんだ。偉いんだ。それをお前、どうやって私に指図する?」

「指図などととんでもない。誤解をさせてしまったようなら訂正しましょう。言葉の選択を誤りました。

 正式にはダメというより、無理なのです。戦争は無理です王よ」

「無理? すまん。私には何がどう無理なのかさっぱり……」

「現在、我が国の戦力をお伝えします。戦闘の要となる兵はほぼ全て壊滅状態。残った近衛兵も、100人程度。警備担当の衛兵も多く数を減らして僅か1000人程度となっております」


 将棋に例えるなら、歩しかいない状況。つまり、詰みである。


 たった今祖国のとんでもない危機を知らされて、1人地下で何も知らなかったラプンツェルは、ピスケスの言葉を最初理解できなかった。


「……へ?」

「現在我が国は混乱に包まれて、このままでは暴動すら起きかねません。同盟国である黒の国からの協力は頂けるので、そこは何とかなるでしょうが」

「……どうめい……え?」

「さっき言ったゴタゴタが原因です。説明が難しいので分かりやすく要点だけ伝えますが、金の国は “蟲”と“人”の裏切りにより崩壊の危機。いくら王でも、負けが確定された戦など、面白くもなんともないですよね。だから戦争は無理なのです。

 ああそうそう、ウサギも黒の国にしばらく在住する予定らしいですから、現時点で金の国に継承者は……あははー私1人ですよ」

「そんな……無茶苦茶だ……」



 全盛期を目指すどころか、今が最高潮に衰亡期。檻から抜け出したと思ったら、柵に囲まれていたようなショック。


 しばらく呆然としたラプンツェルだったが、ある事に気がついた。


「まさか、私が王になっても……」

「私はあれを断じて紙とは認めません。あんなの紙じゃない。重なりに重なって、そびえ立つ塔はもはや……木」

「そんなぁ」


 ラプンツェルは覚悟しなければならなかった。何故ならこれから待ち受けているのは、ジャングル(山のような書類)なのだから。



〜〜〜〜〜


「ふ、ふざけるなぁぁあ!!」


 1本、白い塔が消えたと思ったら、今度は2本現れた……


 紙という存在がゲシュタルト崩壊してしまいそうだった時、ラプンツェルは叫ぶ。


「大声うるさいですよ。手を動かしましょう、手を」

「動かしすぎてこうなってるんだ! 大体、こういう書類仕事は私の分野ではない! お利口さんな弟が適役だろう!」

「だから、王の弟は死にました」


 妹の手によって、とまでは言わない。ラプンツェルも、マンカイーノの死に対して深く突っ込む事はしなかった。



「そう、だったな……。ふむ、いやいやどうして、悲しいなぁ」

「意外ですね。私は王が、どちらかといえば嫌っているように思っていました」

「ああ、私はあいつが嫌いだぞ」



 ーー嫌いで、嫌いで……大好きだった。


「えっ」 


 戦闘狂と恐れられる人間から出た言葉とは思えないそれに、ピスケスは一瞬だけ手を止めた。一瞬だけだった。


 ラプンツェルも今のは失態だったか。取り繕うように誤魔化す。



「そ、そうだ。ならば私の代わりを妹に任せよう! なんと全て解決だ。あいつはお前のお気に入りだし、文句ないだろ」

「却下です。まず初めに、姫様だってお部屋でたくさんの書類と戦っております。むしろ、数はともかく王の方が内容は簡単でしょう。

 王の代わりなどと論外。今は大事な時期ですから、そんな重労働を姫様に押し付ける訳にはいきません。ただでさえ体が強くないんですから」

「くっ、この過保護め……! こうなったら仕方がない。カレハナを呼び戻せ!」

「帰ってきませんよ。あの方の家は、もう、ここじゃないんですから」


 全ての策が潰れたラプンツェルは、諦めたように窓の外を見る。


 丁度、ウィンタードラゴンが空を横切っていた。秋が終わり、冬が来たのだ。


 今年最初の雪……


 ……


 ……


 ここにある紙を破りさったら、きっとあの雪に似ているだろうと考えたところで、ラプンツェルは大人しく書類と向き合う。

 

 紙と紙の擦れ合う音だけが部屋に響いた。



「……静かになったなぁ、この国も」


 ラプンツェルのその言葉が現実。


 遠くの空で、竜が嘶いた。

 


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