天才に、間違いは起こらない
◇◇◇◇◇
何はともあれ、金の国との戦争は、こちらの圧勝で終わった。というか、向こうの自滅のようなものだった。
何しろ……
不自然な単独行動。
不自然な強制死軍。
極め付けには
「人」の失踪。
「蟲」の死亡。
こんなの一体どうすればいいのか。国の中の兵は最低限しかおらず、継承者を2人も失い、これから金の国は対応に追われるらしい。
それに、戦争で勝った黒の国から、どんな要求をされるか分かったもんじゃない。
けれど、そこはサクヤ。
元々不可侵の条約を結ぶ予定だったらしいが、あろう事に、金の国との同盟を結んでしまった。
いやいやいや。
それはきっと、俺が思うよりもずっと重大な事だろう。いいのかよ。
と、考えている事が顔に出てしまったのか、サクヤから言われてしまった。
『これは私の意志というより、其方を尊重したのだがな』
そりゃあ、ウサギはどうも見捨てられないし、パワーバランスが不安定な現状、金の国と同盟を結んでくれたのは嬉しい事だが。
っと、そうそう、ウサギだが……
奴はまだまだ、この、黒の国に居座るらしかった。
『ほら、私がここにいれば、えーっと、そうそう、仲良しって事で、がいぶんがいいんだろ? だ、だからあれなんだぞ。私はもうちょっとだけ、残るんだ』
訳せば、これからもよろしくお願します、との事だ。
あれだけ心配していた姫様とやらはどうするのかと聞けば。
『う、うん……姉さんが張り切っちゃって、多分、これから一日中べったりだから……私の入り込む隙が無いと思うんだ』
『むぅ、納得出来てしまう』
『あはは……それに、いいんだ。2度と会えないって訳じゃないからな!』
良い笑顔だった。
ぶっちゃけると、確かにウサギが本当に会いに行こうとすれば、恐らく1時間とかからず金の国に着けてしまうからな。
だから、残る問題は……
〜〜〜〜〜
「う、う〜ん」
アースンがとある扉の前で唸っていた。少し眺めていたが、さっきからずっとそうしている。時々こちらをチラッと見てくるのは何なのだろう。
「……どうしたんだ?」
「あ、黒の戦士様!何て偶然!」
ちょっぴりイラっとした。
「猿芝居はいい。用件を言え。あ、いや、やっぱり言わなくていい。大体わかる」
「ふむ、さてはエスパーか」
いや、ジーニアスだ。
「この扉の前にいるんだ。馬鹿でもわかる」
「ま……ですよね」
アースンは困ったように、その扉を見つめた。察しの通り、中には引きこもりまっしぐらの道へ進もうとしている元金の戦士……カレハナがいる。
「あれからずっと部屋に入ったきりでして、返事はしてくれるんですけど、それだけです。ボスーーメイド長は大丈夫としか言わないし、こうなったら私が強引に! ……と、思ったものの、そんな簡単に私が入っていいのかと迷っていたところです」
「……そうか……お前、案外」
「このままだと、私の仕事量が増えてしまうっていうのに」
「思いやりのある人間、と少しでも思ってしまったさっきの俺を殴りたい」
軽口叩いている時ではないというのに。
目の前のメイドときたら……
穴は掘れても、本音を隠すのはどうも下手らしかった。
「じゃあ、後は任せますよー黒の戦士様」
「丸投げか」
「えへへ……でも、待ってて良かったです。メイド長の言った事、少し分かったような気がします」
アースンはそれだけ言うと、何も心残りは無いとでも言わんばかりに、どこかへ行ってしまう。
……本当に行ってしまった。
一緒に入るという選択肢もあったはずなのに、って違う違う。
なにを弱気になっている。
そうだ、俺のこの覚悟なんか、実の兄を仕留めると決意したカレハナに比べれば、些細な事だ。
「ふぅー」
扉に手をかける。
やけに重たい気がした。
気のせいだ。
女々しい事も言ってられない。俺は勢いよく扉を開けた! 中に入る! 目に涙を浮かべたカレハナがいた! ……俺はそっと、扉を閉じた。
女々しいというか、単にとてもかっこ悪い男の姿が、そこにはあったと思う。
因みにどうでもいいが、初めて見るカレハナの寝間着姿であった。
〜〜〜〜〜
「紅茶……入れますね」
「あ、どうも」
「私が食べた残りでよければ、簡単なお菓子もあります。持ってきますね」
「あ、どうも」
……はっ、何て事だ。
いつのまにか椅子に座らせてもらってる。。手元には紅茶が。そして間もなくクッキーが。
これは、もてなされている!
「はい、どうぞ」
「あ、どうも」
わーいクッキーだ……
「って、違うだろ!」
「はい? あ、もしかしてそのクッキーが気に入りませんでした? 一応それは、ダンジョン九十五階産の、貴族ですら滅多に口にする事のない高級品ですが」
「いや俺はクッキーに不満があるんじゃなくてこれ美味しいな!」
つい食べてしまった。
「因みに、そちらの紅茶は八十二階産のフレーバーティーに、私が少々アレンジを加えたものです。独特の甘い香りが楽しめて、そのクッキーにもよく合うと思います」
「いやだからなぁ、俺は食後のデザートを堪能しにここへ来たの訳ではなくてマーベラス!」
甘さ控えめのクッキーに、更なる配慮を可能にしたのはこのカレハナオリジナル。飲むまいと頑なな態度をとった俺を、その聖母のような風味で誘惑。
つい飲んでしまった。
悔いなし。
いやー流石はメイドというべきか、素晴らしい技術だ。
そういえば、俺の専属でもあった。
「ーー大丈夫ですよ、私は」
今はもう懐かしい、俺がこの世界に来たばかりの事を思い浮かべようとしたその時に、カレハナは悠々とした態度でそう言った。
紅茶を飲みながら。
喉を潤している。
「あれでも、昔は優しかったんです。一緒に泣いて、一緒に笑って……私はその時の事を、一度も忘れた事なんてない」
……言うべき、なのだろうか。
お前の兄は、既に蟲の手にかかり、軽い催眠状態に陥っていたのかもしれないと。
グレイが言うには、魚の継承者であるピスケスとやらの首に、小さな虫がついていたらしい。
恐らく、その虫は試作品。デスオを目当てに来た、今は死んだ2人についていたあの虫こそが人を操る完成系なのだろう。これは、あの沈黙姫とやらの中にいた。
試作品かそうでないのか、どちらにせよ、マンカイーノ・マリーゴールドも蟲によって歪まされていたことに違いないだろう。金の国は、内側から侵食されていたのだ。
「最期、兄から睨まれたあの目も、私は忘れてはいけないんでしょうね。
はは……知りませんでした。もしかしたら仲が良いと思っていたのは私だけで、兄は元々、私なんか嫌っていたのかもしれないです」
言うべき、なのだろうか。
しかしその場合、カレハナの後悔は、今はもう枯れてしまった憎しみの花に水をやる事と等しい。
珍しく迷ってしまう
だが……
ーー結局俺は、言わなかった。
わざとらしく死者の軍勢の事を伝えたマンカイーノは、きっとそれを望んではいないだろうという、まあ、俺の勝手な独断で。
言えるものか。
自慢の紅茶に涙を注いでしまっている、そんな姿を見てしまっては。
「何はともあれ、きっかけはどうであれ、決着のついた兄妹喧嘩こそ、虚しいものはないよな」
「……ですね」
まだ元気の出ないカレハナ。それは当然だろうが、明日は大丈夫だろうか?
これ以上俺がいても仕方がない。
最後に残りの紅茶を一気に飲み、立ち上がる。紅茶のお陰で、カラカラになっていた喉が少しは癒された。
「それじゃあ、明日からもよろしく頼むぞカレハナ。お前は俺の、付き人でもあるんだからな」
「はい、分かっています。ですがーー」
カレハナも席を立った。
「明日と待たず、今日からでもいいんじゃないですか?」
「何を……」
その時、世界が揺らめく。まるでカレハナの言葉が合図だったかのように、視界の全てが形を成さず……
いや、違う。
揺れているのは世界ではなく、俺の方だった。崩れ落ちる意識とは別に、やけに耳に入ってくるのはカレハナの言葉。
「ランク99階産の睡眠薬です。その過剰すぎる効果に、別名“永久の夢”と言われ、更に私の力によって活性化させた成分を紅茶に混ぜましたが……貴方は耐性が強すぎます」
半ば呆れ気味に褒められる。
そりゃあデスオの爪には睡眠麻痺即死の、正に夢のような毒があったし、それを克服する為にその毒を何倍にも濃縮させたものを直飲み。死亡。これを何回か繰り返すだけで、その頃慣れていた俺は体の中に完璧な抗体を作り出した。
カレハナが盛った毒にも、それなりに対抗してくれていたらしい。
それも今はこの有様だが、しかし忘れてはいけない。俺がカレハナの身体状態を模倣してしまえば、毒など関係ないのだ。だからやろうと思えばすぐにでも身体を動かすことが出来る。
出来るが……
『明日と待たず、今日からでもいいんじゃないですか?』
「夜1人で寝ると、お化けが来るんですよ。お婆ちゃんが言ってました」
俺は……このまま夢を見る事にした。




