愛と平和
◇◇◇◇◇
沈黙姫は何が何だか分からなかった。
「人」の言う通り、こうして死の軍勢と共に、明日を迎えようと思っていたのだが。
何かがおかしいと気づいたのは、微かな音。何か積み上げられてきたものが崩れるような、そんな音。
夜になった今だから気づけなかったという事もある。
だから、これはきっと、どうしようもないのだろう。
沈黙姫が異変に気付いたその時にはもう、死の軍勢の数は半分以下となっていた。
「まさか……」
カシャんカシャんガララン。それらは骨の体がバラバラになる音だ。
「いけないっ……敵襲です!」
沈黙姫の叫びにーー
ーー死者の軍勢は応えない。
マンカイーノの命令に忠実だからこそ、他の誰の言葉など、聞く耳持たずだ。
骨はただ、土に還るのをじっと待つ。
「ダメ、これは、ダメ」
「人」の命令を果たせない。それだけで、頭に痛みが走った。
どうにかしようとするものの、沈黙姫にこれといった力はない。
そうこうしている内に、とてつもないスピードで殲滅されていき、既に壊滅状態。敵は、目と鼻の先。向こうの数が少ない事から、精鋭部隊だと分かる。
こうなったら捨て身の覚悟で1人でも多くーー
そんな決死の覚悟も、空気を読めない黒の人間の前には意味を為さなかった。
「んぐぅ……っ!?」
唐突に口がパニック。
あまりの事に頭がよく回らない。
ただ一つだけ、自分の口に太い何かが突っ込まれた事だけは分かった。
体が吐き出そうとしたのか、嗚咽がこみ上げてくる。その何かはお構いなしに内側を蹂躙していた。
グチャグチャグチャとか、頭の中で、聞いちゃならない声が聞こえる気がする。
と、同時に。
やけにスッキリした。
不明瞭だった思考が冴え渡る。
「どうだ見たかグレイ! やっぱり俺ならば大丈夫だったぞハーハッハッハ!」
「ちっ、ガキが」
今の今まで自分を滅茶苦茶にしていた男の腕は、体液でベトベトだ。その手に何か、得体の知れない虫のような物が見えたのは、きっと気のせいだったのだろう。いや気のせいだ。まさかそんな、自分の中に……ああそうか、これは夢なのだろう。
良かった夢だ。
夢に違いない。
……夢だったらいいなぁ。
「あ、貴方は……」
澄み切った頭とは別に、披露した体は眠る事を選んだらしい。
遠ざかる意識の中、見えたのは自信満々な男の顔つきと……
疲れ切ってはいるが五体満足のピスケスに、それを背負ったいつも通りの元気そうなウサギの姿。
ーー夢じゃ……なかったらいいなぁ
◇◇◇◇◇
目の前でお姫様が意識を失った。その体を抱き寄せたが、次の瞬間ひったくられるように兎と魚が盗んでいった。
お、俺が助けたみたいなものなんだけどなぁ……
「うわぁ〜ん! 姫様ぁ!!」
「ちょっとウサギ、泣きすぎ……ひっく」
「姉さんもぉぉ!」
「こ、これはただの、魚ジョークよ! ……ぐすっ」
……まあ、いいか。
「おい、何をボケっとしている」
「いきなり後ろから声をかけられて、俺は思わずウオっと驚いた」
「何だそれは」
魚ジョークだ。
「下らん事は止めて、さっさと手伝え。残りも僅かだ。終わったらすぐに城へ攻め込むのだからな」
グレイはそう言って、再び殲滅作戦に戻った。見る見るうちに骨が死んでいく。まあ、元々生きてないんだけどな。
俺たちの他には、アースンとメイクンさんが来た。マホンはこの作戦に不向きだから先に城へ戻ったらしい。
カレハナと一緒に……
やはり、思うところがあるのだろう。カレハナは今、アースン曰く 限りなくブルーらしい。
それらを解決する為にも、まずは、この骨共だ。
〜〜〜〜〜
ーー俺たちはそれから、数時間もかからず作戦を見事遂行し、俺とグレイが金の城へ乗り込んだ。案内役はウサギがやってくれた。魚にジャンケンで負けたんだ。
……だが、城の中に、金の国の最終防衛である「人」は既に消えていた。
残っていたのは……
「こ、これ、多分セクト君だ」
顔から血の気の引いたウサギが、多分、などという曖昧な表現を使った。
元々面識が少なく、ロクに顔も覚えてなかった事はおいておくとして、それはつまり、セクトという蟲の継承者が、それほど酷い体なのであった。
ーー四の蟲の最期。
全身に何かから食いちぎられた跡。体の色は不自然に紫だったりしたので、毒をくらっていたようでもある。
誰がやったのかは不明だ。
「人」かもしれないが、真相は分からず終い。ただ気になるのは……
セクトの死体のそばには、一輪のバラが置かれていた事。
そのバラがとても、黒かった事。
棘にはセクトのものと思われる血がこびりついていて、まるで、死体を糧に咲いたみたいだった。そしてそれはとても、美しかった。
確か、黒薔薇の花言葉は……
ーー恨み。




