四の蟲 七の人
◇◇◇◇◇
明日には、死者の軍勢が黒の国を襲うという知らせを、穴から飛び出てきたアースンが伝えてくれた。どうやらあのマンカイーノがそういう命令を既に出しているらしい。
いよいよ戦争みたくなってきて、怖いなぁと思わなくもなかったが、そこで俺は、天才はふと閃く。
ーー今日、攻めこめばいいんじゃね?
その一言で、戦いの幕は、あっさりと閉じてしまうのだった……
◇◇◇◇◇
沈黙姫は、焦っていた。
身体中から嫌な汗を出して、細い体を必死に動かし、城内を走る。
いつもなら警備の兵がいるのだが、今は戦争の準備として外に出ているので、場内に最低限の戦力しかない。
……最低限の、最高戦力。
蟲と人。
沈黙姫はその内、最も頼りになるであろう「人」を探している。
「最強の 人」
シンプル故に、その言葉の重みは計り知れない。金の国がやけに自信満々なのは、この人物のお陰だろう。
「はぁ……はぁっ」
沈黙姫は探した。
部屋で横たわる体を久しぶりに動かして、城の中を隅々まで探して……
見つけた。
廊下を歩いている。
ろくな運動もしてこなかった足はとっくに悲鳴をあげていたが、最後の力を振り絞り、やっと追いついた沈黙姫は、「人」にしがみつくようもたれかかった。
「っ……と、これはこれは姫様。一体どうしましたかーーらしくない」
「んっ……あの、ね、私が、ね」
「どうどう、少し落ち着いて。まずは深呼吸を。話はそれからです」
落ち着いた物言いに、沈黙姫も少しばかり冷静になった。そういえば、肺が潰れているような気さえする。慌てて息を吸った。咳き込んだ。背中をさすられた。
……落ち着いた。
「私、どうすればいいのか、分からなくて。もう、他に頼れる人がいなくて」
「一体どうしました?」
「ピスケスが! 帰ってこないのです……ウサギも……みんなみんな、帰ってこないのです! 」
「なんと……」
「私の、せいなのです……私があんな事を言うから……私が」
沈黙姫は崩れ落ちた。心身共に限界がきているのだと、「人」は悟る。
「もしかすると、向こうで何か良くない事が起きているのかもしれませんね。ひとまずセクト君とも相談をーー」
「ダメ!」
セクトというのが、蟲 の事だと理解した直後、無意識に沈黙姫は遮っていた。
自分でも分からないが……
それだけは認められない。
「ダ、ダメなのです……それは……あの……ごめんなさい。よく、言えませんが」
「……なるほど、分かりました」
「あっ……」
「人」は、沈黙姫の頭を撫でた。それだけで沈黙姫の目は虚ろに変わる。
感情を見せない、あの沈黙姫へと。
「では、こうしましょう」
「人」は、沈黙姫の耳で囁いた。それらは容易く沈黙姫の頭に染み込む。
「姫様自らが先陣を切って黒の国へ攻め込むのです。幸い、貴方のお兄様のおかげで、仲間はたくさんいますから」
「私が……?」
「はい。そうすれば全てうまくいきます。姫様が大事に思う魚の継承者も、兎の継承者も、金の戦士も」
「全て……うまく……」
「さあ、聞かせて下さい。一体姫様は、これから何をしに行くのですか?」
沈黙姫は、呼ばれの通り大きな沈黙を残して……ポツリと、呟く。
「私が……黒の国へ、攻め込む」
「よく出来ました」
「人」は、人形の様な表情でどこかへ行く沈黙姫に、笑顔で手を振った。
「そう、それでいいんです……自分からは何も喋らず、操り人形の如く。言われた事だけを遂行する。
それこそ貴女らしい」
「人」は、沈黙姫の姿が見えなくなる最後まで手を振り続けて……
ピタリとそれを止めると。
さっきまでの優男風はどこにいったのやら。鬱陶しそうに、背後を振り返る。
「貴様の虫、まだ完璧ではないらしいな。姫様の洗脳は半分解けていたぞ」
「くはっ」
「人」の視線の先には、奇妙ななりの男か、もしくは女がいた。顔はフードを深くかぶってありよく見えないが、酷く歪んだ笑みははっきりと分かる。
「当然でしょう。だからこそ、色々と僕は実験をしてきた」
「未熟者が」
「んん、何とでも。僕には僕のやり方があるんだ。邪魔するようなら、例え貴方でも容赦はしませんよ」
やり方……殺り方。
自らの手駒である蟲を使って、病に犯したり、操ったり。
「何て趣味の悪い。全く、お前のような奴と関わってしまった姫様も、不幸としか言いようがないな」
「くははっ……姫様だって。無理しなくていいのに。ここにはもう、僕達しかいないんだし」
「……」
「人」は……愚かなマンカイーノを思い出して。不器用なピスケスを思い出して。真っ直ぐなウサギを思い出して。
忠義を誓った、沈黙姫を思い出す。
まだ元気があった沈黙姫。少し人とはずれた感性を持っていた沈黙姫。けれど誰よりも優しい心の持ち主だった沈黙姫。
それらは今、脳裏に駆け巡り……
一瞬にして塗り潰される。
「ああ、全部、偽物だな。私が仕えるべき方は、あいつらではない」
「そうこなくっちゃーーって、おい。どこ行くんだよ?」
「もうここに用はない。だったら留まる理由もなくなった。私は帰る」
逃げるように立ち去る「人」を、蟲の継承者、セクトは拗ねたように口を尖らせて見送った。
「やっぱり君は面白くないなぁ。まあいいよ。僕はもう少しここにいるから。色々と整理しなければいけない事もあるし」
「勝手にすればいい」
突き放すような「人」の言葉に、セクトはただ肩をすくめた。
2人は敵ではないが、かといって、味方と断言するのも難しい。
だから、「人」は言わない。何かが自分達の計画とはズレているイレギュラーを。セクトには伝えない。それはせめて、最後の金の国に対する忠義だったのか……
ただの気まぐれか。
まあ、どちらでもいい。
これからセクトがどうなろうとも、知った事ではなかった。




