死者死巡 リロードデッド
◇◇◇◇◇
周りを阻むものは何も無い。森を抜けてすぐの所。遠くで微かに、黒の城が見えた。
既に勝利を確信している今代の金の戦士は、悠々不敵に足を進める。そして、遠くに人影を見た。
懐の骨に手を忍ばせて……その人影が誰なのか気づき、心からの笑みを浮かべた。
「カレハナじゃないか!」
「……」
2人の距離は縮まる。
しかし、ある一定の距離で2人は自然と止まった。手を伸ばしても届かないそのあいだは、あたかも心の距離を示しているようだ。
「良かった。本当に良かったよカレハナ。こうして再び、お前の顔が見られるなんて。今日はなんて素晴らしい1日だろうか?」
「……」
喜びを全身で表すマンカイーノに比べて、カレハナは思いつめた表情。流石にマンカイーノも、それを良い方向に捉える事は出来なかった。
「カレハナ? どうしたんだい、えっと、そうだ、聞かせてくれないか? お前の声を、ほら、そしたら僕は、もっと嬉しいから……ね?」
「……兄さん」
「おお! ああそうだった。そうだったね。やっぱりそうだ。お前の声は、とても美しい」
目に涙を浮かべるマンカイーノは、本当にどうして、それだけならば生き別れた兄妹の再会に見えるのだが。
やはりカレハナの表情は、浮かないままである。
「うーん……困ったなぁ。教えてくれカレハナ。お前はどうしたら、機嫌を戻してくれるんだい?」
「……機嫌を、もどす?」
「何だってしてやれるよ! 僕は王になった。戦士にもなった! 何だって出来る。お前の望みを、全て叶えてやれる」
「……そう、ですか。そうなん、ですね。やっぱりもう、ダメなんですね」
「ん? んん、ちょっと、ごめんねカレハナ。僕にはお前の言いたい事が、少し分からない。どうか不出来な兄にも理解できるよう、簡単に教えてくれるかい?」
鈍感な兄に対してカレハナが芽生えた感情は怒りーーなどではない。
当たり前だ。
彼女は既に、そんな激しい感情を持ってはいない。
心はとっくに、枯れている。
「ええ、分かりました。教えてあげましょう兄さん。では、まず最初に、どこから始めましょうか?
貴方が保身の為に私を捨てた事? いいえ、口をきかなくなった事から? それとも、2人仲良くおぎゃあとじゃれ合っていた時のことでしょうか?」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ。もっとゆっくり、ゆっくり……うん、落ち着こう。冷静に、なろうじゃないか」
一旦、深呼吸。
深く深く息を吸って……吸って、吐いて……軽く咳払い。
「よし、オッケーだよ。えーと、まず勘違いしてほしくないのは、僕だってお前とは離れたくなんかなかったさ。
でも、仕方がないだろう? 盟約とか……お国の事情がこんがらがって……ね? 大体、そこを責めるのなら姉さんにしてくれ。泡沫戦争で大恥かいたのは僕じゃなくて、姉さんだ」
「貴方こそ、勘違いしないで下さい。私は別に、その事に対して責めようなどと、思ってはいません」
「そ……それは良い! 流石はカレハナだよ。心が広い……出来れば貴方なんて他人行儀じゃなくて、兄さんと呼んで欲しいけれど……」
「はい?」
「うん、何でもないよ。何でも」
どうも妹から友好的な感情を向けられないマンカイーノは、この状況に戸惑い……そしてハッとする。
自分が召喚したとっておきがやられた。それも1人ではなく、2人、3人……全員。
そういえば帰ってくるのが遅いと思ったが。黒の戦士を完全に叩きのめす為に置いてきた刺客は、全て消えてしまった。もう一度蘇らせる事も容易だが、だったら目の前に死体の一部を用意しなければならない。こうなってくると、駒を置いてきたのはとんでもないミスである。
ーーくそっ、なんて役立たずな戦士達なんだい!? 指示の一つもこなせないなんて!!
全ては黒の戦士の力を見誤った事が原因である。マンカイーノは、ここに来てようやく、その危険性を理解した。
手元の駒で状況を打破するのは難しい……出来なくはないが難しい……いや、違う。
もう1人いる。
とっておきの戦士が。
目の前に!
「カレハナ、聞いてくれ。僕の言う事を聞いてくれさえすれば、お兄ちゃんはとても助かるぞ」
「……一応、聞きます」
「簡単な事さ。今から黒の城に行こう! きっと今は手薄のはずだ。道案内は、お前がやってくれる。ここ何年もあそこにいたんだからね。ぴったしの役だろう」
「はあ、それで?」
「黒の王を、輝夜姫をひ……人、人質にするんだ。とっても、とーっても辛い事だが、この際仕方がない。終わりよければ全てよし、って言うしね」
「なるほど……一つ、これはこの後の事に何にも関係ありませんが、聞かせてください。
私と輝夜姫、どっちの方が好きです?」
「えっ。いや。うん。それはやっぱり輝夜姫だけど。あ、ちが、だからそもそも血の繋がった妹と比べるのは何だが違うようなーー」
「いいえ、よく分かりました」
「カレハナ……?」
何だか雲行きが怪しい。
マンカイーノはこっそりと手に汗を握る。心臓はうるさいほど鳴っていた。
生きている証だ。
「つまり貴方は私に、何年もお世話になったあの城を裏切るような行動をとれ、と。それを私が、はいと頷くとでも?」
「ぼ、僕達は兄妹じゃないか!」
「っ……」
カレハナが何かを振り払うように腕を薙いだ。カレハナの周りで、何もなかったはずの大地に緑が生える。それも、尋常じゃない早さで。
ビクッと震えたマンカイーノに、怒声が浴びせられた。
「お前はっ……お前が私を見捨てた! 泣きじゃくる私を! ここへ連れてきたのはお前だろう!」
「だ!だからそれは悪かったて! でも聞いてくれ! 今度こそ2人で生きていけるんだ! お前なら出来る! 油断したところで、黒の戦士を殺したりしてくれさえすれば……」
「もういい」
カレハナから暴走していた力が、ピタリと止まった。
俯きから戻ったカレハナの顔は、もう、さっきのような衝動はない。
心配するマンカイーノは、カレハナの声を聞く。優しい声だ。……恐ろしほどに、優しい声だ。
「貴方の考えは、よく分かりました」
「カレハナ!」
ほっとした顔を出して、マンカイーノはカレハナに近づく。
「やっぱり僕達、兄妹だよな」
口ではそんな事を言いながら。
ーーだから、カレハナ……お前はもう、僕自らの手で……
自分が唯一携帯しているナイフを、頭に浮かべながら。カレハナを殺して、自分の力で操ろうという策を立てた。
……今度のマンカイーノの誤算は、カレハナが1人だと思った事だ。
金の国でもいつも1人だったから、そこは疑いさえしなかった。
まさかこんな場所に落とし穴があるなんて、考えもしなかった。
「なぁっ!?」
急に感じる浮遊感。
それでも王族のマンカイーノは、人並み以上の身体能力を持っている。
慌てて飛び退こうとして……
「私がお掃除をするのは、ゴミと、どうしようもない屑です」
「グウッっ……!」
メイド長のかかと落としが決まった。
しかし、ギリギリ耐える。
もう少しで穴に落ちようとする寸前の所で、骨を取り出そうとして……
「あ、やり過ぎた」
特大の炎が体にぶつかる。骨を犠牲にする事でそれはギリギリ防げたが、無情にも自分の体は落とし穴へ落ちていく。
防げなかった炎のせいで、重度の火傷を負った右手は使えない。
今は、左手だけで辛うじて掴まっている状態だった。思わず下を見ると、底の見えない穴が続いている。
何とか這い上がろうとして、顔を上げた。そして見てしまった。離れた所でこちらを見つめる、カレハナーーの元に集まる、何人かのメイドに。
「なん……でっ」
「ごめんなさい。兄さん。私はもう、黒に染まってしまった」
最初は黒の国を恨んだ。自分をこんな目に合わせたのは、黒の国だと信じて疑わなかった。元々、そういう教育を受けたような気がする。
だが、待っていた生活は、どこでどう間違ったのか、メイド。
それからカレハナは、母国を、金の国を恨んだ。自分を見捨てた金の国を。
今はもう、何も恨んでなどいない。そんなもの、黒の国で過ごして行くうちに、馬鹿らしくなった。
「なんでっ……」
マンカイーノは、震える体を必死に鞭打って、睨みつける。
妹を睨みつける。
元、金の戦士を睨みつける。
「何でだっ! 何でお前はいつも、いつもいつもっ……僕よりも!」
「兄、さん?」
妹を初めて見た時、それはもう嬉しかった。そして決意した。この子を守ると。それが兄の役目だと。……とりあえず、戦闘狂の姉を近づけない事から始めた。
何かがおかしくなったのは、何時からだろう。ただ、どうしようもない事実として、カレハナは全てにおいてマンカイーノを上回ってしまったのだ。
勉学も。
力も。
何もかも。
遂には、金の戦士にまでなってしまった!
守ると決めた相手が、自分よりも優秀だったならば、どうすればいいのだろう。膨れる嫉妬を見せない為に距離を置いた、どうすれば良かったのだろう。
今なんて、ああして。金の国でもそういなかった、仲間もいる!
「どうしてお前だけっ……ぐっ!」
「……」
自分にもいない、本当の仲間。
死んだ者を近くに置くだけでは、そんなものは、余りにも違いすぎる。
やはり、全てにおいて優れた妹。注いだ愛情の分だけ、何時しか歪んでしまった自分。
「……兄さん、もう、終わりにしましょう」
「終わるものか! 聞け! 僕の力は、例え僕が死んだって終わる事を知らない! 今はもう国で、死を恐れない、死者の軍勢が控えている! 僕の命令で、明日には攻め込んでくるぞ! 国の為に進んで命を捧げた者だ! お前とは違う!」
数にしておよそ五万。兵を殺して、自分の力で蘇らせた、意思なき軍隊。
よくよく考えると、どうしてそんな事をしてしまったのか分からない。靄のかかった頭は、それ以上を教えてくれない。
「なんて……惨い」
カレハナは、血反吐を吐いて生にしがみつく今の自分の兄に、何故か昔の優しかった頃の兄が重なって。
頭を横に振る。
現実を見なければいけない。
もう終わらせると、自分が言ったのだ。
落とし穴から抜け出そうとする兄に、手を向ける。カレハナの力は、マンカイーノが死を操るとすれば、生を操る力。不毛の大地を、森にすることだって不可能ではない。
たった一つの種を木に変える事など、造作もない。
「こ、これは……」
今、マンカイーノの細胞は、木に侵食されていく。止まらない植物の成長に、一体化していく。
もう、腕が、根っこになってしまった。
「こんな、こんな事で終わらない! 僕は、まだ、お前にぃい……!!」
カレハナは目を背けなかった。
1分と経たない内に、目の前で自分の兄は、一つの木に成った。
とても立派な大木だ。秋なんてお構いなく、綺麗なピンクの花を咲かせている。
それはもう、満開に。
「わ、わーお、ハナッちたら意外と大胆」
「こら」
「イテっ」
後ろでメイド長に叱られるアースンも、今のカレハナには聞こえない。
それからずっと、夜になるまでずっと、カレハナは木の側にいた。
「どうして……こんな……」
木は何も、喋ってくれなかった。




