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色惑う 黒の戦士  作者: watausagi
一章 金の国編 マリーゴールド 「別れた哀しみ」は、膨れ、蕾となり、「絶望」の花を咲かしーーやがて枯れた
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其れは栄光の道か

◇◇◇◇◇


「ウサギ……ウサギ……」


 虚ろな目でただ1人の名前を呟く女性。そんな存在が城に近づけば、誰もが警戒するであろう。


 それはそう、まだ入りたての新兵、メッキ君も例外ではなかった。



「ちょっと君ーー」


 しかし、相手を間違っている。


 この世で継承者もまた例外の存在。敵にしてはならない、絶対強者である。



「私の邪魔をしないで!」

「なっ……」



 飛んでくる水の玉を避けきれず、顔から突っ込む。それだけならば良かったのだが、水は頭に取り付いている。外そうにも、液体をどう掴めばいいのか?



「がっ! かはっ」

「うぅ、ウサギ……姫様……」



 狂ったとしか思えないその女性の姿が見えなくなった頃、メッキ君の頭から水が退いた。近くにいた仲間が、彼に駆け寄る。



「大丈夫かよおい」

「んっ! ごほっ……はぁはぁ……僕、よりも、今の……奴をっ」

「馬鹿野郎。今のはモチツキ様だ」

「もち……え?」


 酸素が足りないせいか、メッキ君は理解できない。しかし正常な頭は、今の奴が由緒正しいモチツキ家の人間とは思えなかった。


 それもモチツキ家に若い女性など、長女のモチツキ・ピスケスしかいない。ピスケスといえば魚の継承者。メッキ君も何度か見る機会はあったが、夜だから視界の悪いことを配慮しても、どう見たって同じ人間とは……やはり、思えなかった。



「な……なんか、やつれてませんでした? だいじょうぶ、なんですかね」

「さあな。んだがまあ、またここの国は世界征服なんて企んでるらしい。同盟破りなんて気にしちゃいねえって断言してくれたからな、いつまで平和を堪能出来るか。

 つまり……とうとう終わりかもしんねえってこった。この国はな」

「ちょっと、笑えないですよ。先輩の夢が貴族になろうってくらい笑えないですよ」

「馬鹿、俺の夢は笑うとこじゃねえよ。俺だって金の国の人間だ。こればっかりは変えらんねえ。いつになっても栄光を目指すさ」


 それから2人は見つめ合い、拳をぶつけあわせた。


 夢を語り合った者同士、そこには、見えない絆が確かにあった。


 ふと、空を見上げる。


 たくさんの星が輝いていた。それらの前では、自分達はあまりにも小さすぎた。



「栄光……あるんですかね」

「どうだろうな」



 答えは出なかった。


 ーー金の国は今、侵されているのだ。


 かつてキャンパスに大きく描かれた金の絵の具は、交じり、混じり、変色されている。滲み、漏れ出し、消えかかろうとしている。子供が夢見る色が汚されている。



 しかし子供は気がつかない。金が一番なのだと主張してやまない。


 認めたくなくて、憧れの過去にすがりつく。楽しかった思い出に逃げる。


 ーーピスケスは……沈黙姫の所までたどり着いた。城の最上階、涼しげな風が入るその部屋のベッドに、彼女は座っていた。



「姫様っ!」

「……」


 沈黙姫は喋らない。


 昔は大人しめだった。いつの日からか喋らなくなった。


 だから沈黙姫は、抱きついてくるピスケスを、優しく包むだけ。



「……」

「姫様……私、私分からないんです。ウサギは私から離れてしまった! 私の事を好きだって言ってくれたのに! ずっと一緒だってみんなで約束したのに!」

「……」

「どうしたら、いいんですか。私は、姫様も、ウサギも、みんな大切なのにっ……」

「……」


 ピスケスはただ泣いた。


 幼い頃のように。


 沈黙姫は……喋った。


「ピスケス」


 たった一言だったが、それは確かに耳に届き、泣くだけだった人間が顔を上げた。


 無表情の沈黙姫が微笑んでいた。


 幼い頃のように。


「姫……様?」

「ピスケス。私の、大切なピスケス」

「っ……はい、何でしょうか」

「黒の国、が、悪いの」

「黒の国が」


 今のピスケスには、すんなりと内容が入ってきた。それが正しいのか間違っているのかはともかく、誰かの言いなりになるというのは、それだけで楽だった。



「全部。全部。黒の国が悪いの。貴女は、悪くない。黒の国が、悪いの。

 聞いて。私の、大切なピスケス」


 沈黙姫はピスケスを力強く抱きしめた。その姿は聖母にも、赤ずきんを食べる狼にも似ている。


 化けの皮は、剥がれていない。


 赤ずきんは、それがおばあちゃんだと、信じて疑わなかった。



「何でしょうか姫様」

「私の事、好き?」

「もちろんです」

「だったら。お願い。聞いてほしいの」

「……姫様の頼みとあらば何なりと」

「そう。なら、戦って。黒の国と戦って、ウサギを、取り戻そう。そしたら、全部叶う。貴女の願いも、叶う。

 戻れるの。あの頃の、ように」

「あの頃に戻れる……」

「またみんなで、一緒に」

「一緒に」

「お願い、いい?」

「……もちろんです。それが姫様のお願いならば、私は」



 おかしかった。沈黙姫は戦う事を誰よりも嫌っていたはずなのに。それこそお花畑(緑の色)が似合うと、嫌味としても陰口されるほど。

 だが、ピスケスは気づかない。自分自身にも気づかないフリをしている。


 

「本当に、いい?」

「はい」

「そう。なら、明日川に行くの。もう始まるから。お兄様が言ってたから、明日から始まるの。だから貴女は行く。別れる前の一つの川に。そこから、なら、城を直接、狙えるから。貴女なら出来るよね。ピスケス。貴女は凄いもの。貴女はやれば出来るって、私は信じているから」

「光栄です姫様。そのお願い、全力で成し遂げます」

「……ありがとう」



 沈黙姫の笑ったような泣いたような、不思議な表情を見て、ピスケスは決意した。覚悟を決めた。


 流石に明日からだとは予想もしていなかったが、全ては姫様の為。


 ……ウサギの為。


 栄光とはかけ離れた道ではあったが、2人の為なら躊躇う事など何もなかった。



 ーーしかし彼女は気付くべきだったのだ。それは誰よりも自分の為であると。後ろばかり気にしては、真っ直ぐ前を向かなければ、大事なものを見落としてしまうと。


(行かないで)



 小さく、蚊のなくような音が聞こえて……部屋から出て行こうとした体を止めた。


 振り返り、確認する。


 無表情の沈黙姫がそこにいた。



「あの、何か?」



 ピスケスの言葉に、沈黙姫は表情を動かさずに答える。




「行ってらっしゃい」



 かくして戦争が始まった。最早何色であるか分からない色の国。


 そこへ、黒は迫っていた。


 紫が白が緑が銀が遠ざかっても、黒だけは近くにいる。


 二つの色が交差する時どうなるか、それは誰も、分からない。

 

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