チョロいよウサギさん
◇◇◇◇◇
「……だから黒の国の医療技術は非常に優れていて、尚且つお前の迅速な判断が功を奏し、それらが上手く噛み合わさった結果幾つもの相乗効果が生まれて……
つまりーー俺は天才だから、あの程度の傷じゃ大丈夫って事だよ」
「ほ、ほんとか? 本当に大丈夫なのか?」
「はっはっは! 喜べ死なん!」
「っ……うゔ、良がった。良がったよぉ」
ウサギがチョロすぎて心が痛む。
あれ、おかしいな。胸の傷はとっくに治っているはずなのになぁ。俺は人として大事な何かを失ってしまったのかなぁ。
カレハナから送られる冷たい視線がむしろ心地よい。ああすまない俺は最低だ。もっと蔑め。
「と、兎に角だ。お前のおかげで助かったぞウサギ。じゃあ、俺は風呂に入ってくるから、またな」
アースンが先ほど、「お風呂が沸きました」と告げに来た。迷惑をかけたお詫びとして、何故か小瓶いっぱいの媚薬を渡してきながら。
もちろん使うつもりもないので、ポケットの奥底に沈めてある。
しかしお湯に浸かるなどと久しぶりだ。昨日は川で一浴びしたが、やはり日本人たるもの冷えた水では物足りん。
だから、実は凄く楽しみにしながら部屋から出て行こうとした俺は。
澄ました顔のカレハナによって引き止められた。
「私も行くから、待ってください」
「……ウサギの見張りがいなくなるだろ」
「何言ってるんですか。もちろん、ウサギも一緒に来るに決まっているでしょう」
こちらとしては構わない。むしろ、男湯でグレイと鉢合わせするよりも、カレハナについていく方がずっといいのかもしれない。
なんてな。
全然良いに決まっている。
「え? え? 私も……!?」
当のウサギは、しばらく迷っていたようだが、カレハナの湯浴み服があるから大丈夫だという、それでいいのかよ説得により結局ついてくる事になった。
「ま、今は私、発情期じゃないからな。別にいいかもな」
「……」「……」
割と生々しい言葉を聞いてしまった気がする。何だそれ。気になる。
本物の兎は一年中発情期だと聞くが……どうも兎の継承者にも少しの期間だが発情期とやらがあるらしい。
その事に対して少し残念に思っていると、ある程度察したらしいカレハナからジト目で睨まれた。
「発情しないで下さいよ」
「笑止。天才は理性の塊だ。本能に任せる獣と一緒にするな」
〜〜〜〜〜
な、何だこれ、何かおかしい。
理性がぐらつく。
こんなはずではない。
何故だ……
「これは……存外、き、緊張するな?」
何でここにお前がいるんだ!
いや、天才ならばコンマで先ほどまでの一連が思い浮かべられる。
そう、欲情……じゃない。浴場にたどり着いた俺たちは、ばったりとサクヤに出くわしてしまった。
別に浮気でも何でもないのだが、気まずい雰囲気(勝手にそう思ってるだけだが)になってしまった場に、カレハナが爆弾を投下した。
『ふ、2人っきりで入って来ればいいんじゃーないですかねー』
他人事だと思いやがって。
ウサギを連れてさっさと男湯に入っていったカレハナを睨んでいたが、サクヤはすっかりその気だった。口では良識や常識などと漏らし、顔は熟れたリンゴのように真っ赤だった。
そして今に至る。
サクヤはカレハナとは違って、というか黒の国でも有数の幼児体型である。
それでも俺は、他のどんな女性よりも胸が高ぶってしまっている。
ふむ……そうか。
なるほど。
俺はロリコンだったのか。
そうかぁ……
「な、何を黙っておる。恥ずかしいのか? ダメだなーアリス。お、男たるもの堂々としておかなければ」
「いや……見惚れてただけだ」
「グぶはっ!」
「サクヤ!?」
勢いよく仰向けでお湯に沈んでいくサクヤを、慌てて引き止める。
頬が赤い。目もとろけている。この熱気とシチュエーションに早くものぼせてしまっているようだ。
「大丈夫か?」
「うん……大丈夫」
その口調になっている事からすでに大丈夫には気はしない。それに、サクヤは今の自分の状況ーーつまり裸体の男に裸体の体を掴まれている状況に、尋常じゃないほど緊張している。目が泳いでいる。
いくら湯浴み服を着ているとはいえ、そんなもの、液体の前では無いに等しきだ。
サクヤの細い体は、力を入れたならばすぐにでも折れてしまいそうで……
「悪い。すぐに離れよう」
「ふふ2人っきりだから別にいいのに」
「2人っきり?」
その言葉には少し訂正したい。
「さっきからずっと、天井から赤い液体がポトポト落ちてるぞ」
天井に空いた小さな穴から、滴り落ちる赤い液体ーー血だ。
「ああ、うん」
サクヤは苦笑を浮かべながら、俺と同じように天井を見上げた。
「フラインも、アリス……というか、男の体に興奮しているのだろう」
例えば俺が、サクヤに近づく。
すると過保護なメイドの殺気が飛んでくるが、同時に黒の戦士様への愛も伝わってくる。
ラブとキルが同時に。今はノーズからのブラッドも追加されている。忙しい奴だ。
「まあ、気にせずとも良い」
それはどうだろう……
と、返そうとして。
滑るように腕が伸びてきた。それはそのまま首の後ろに回り、サクヤの顔との距離も僅かとなる。
「気にせずとも、良い」
濡れた唇。鎖骨に滴る水滴。
ひどく官能的だ。
余りに艶やかなせいか、天井から人が倒れる音と同時に、多量の血が垂れてきた。死なないだろうなあいつ?
というか、おかしい。
サクヤはこんなキャラじゃない。
「アリス……ちゅぅをしよう」
「は?」
「だから……ちゅぅを」
「成る程、分からん」
「ちゅぅしてちゅぅー! ちゅぅ!」
こちらの言葉は聞こえてないようだ。
俺はもう一度目の前の人間を見る。
いつもと違い、何だか色っぽいフェロモンを醸し出しているサクヤ。目は心なしかハート気味で、はぁはぁと息遣いも荒い。
これはどう見ても、普通ではなかった。
「もしやお前、あの媚薬を」
「ああうん、ちょっと、ちょっとだけ。アリスの脱いだ服を、うん、他意はなかったけど、ちょっと気になって、遊んでたら見つけて、丁度いいかなって」
何が丁度いいのか分からない。
だがこれで理由ははっきりした。アースンから貰った媚薬を飲んでいたらしい。やけに入ってくるのが遅かったのはそのせいか。てっきり緊張しているからだと……
今頃効果が出てきたのだろう。更に息遣いを荒くしながら、サクヤが迫ってきた。
「なあなあアリス、なあなあ良いのではないか? 私たちは夫婦となるのだぞー。もう正式に決めたのだぞー」
「決めてるのか」
「当たり前だ〜。うんうん当たり前だぁ。今は色々とあるから、式はまだまだ後だがなぁ……だからいいだろういいだろう! ちゅぅ! ちゅぅ!」
「ちゅぅとな」
このままではサクヤに襲われる。
さて、どうしたものか。




