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色惑う 黒の戦士  作者: watausagi
一章 金の国編 マリーゴールド 「別れた哀しみ」は、膨れ、蕾となり、「絶望」の花を咲かしーーやがて枯れた
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譲れぬ揺れる、使命と姉妹

◇◇◇◇◇


 ウサギは一人だった。物心ついたときから、孤立していた事を覚えている。


 親はおらず友もいず、森で生活していたのだ。だからといって悲しい、なんて思った事はない。「悲しい」というものがどんなものかも、彼女は知らなかった。


 時折、肉を求めて小柄な動物を狩る際に、母と思わしき親が庇う光景を見て……胸の奥に突き刺さる何かがあったものの。


 生きる為に命を奪う。


 そして食べた。過剰な量だったが、殺したからには食べた。食べなければいけないと思ったから。


 胃が驚いたのだろう。腹が暴れる。逆流を堪えて涙が出た。果たしてそれは、本当に苦しみだけの涙だったのか……やはり、彼女には分からない。


 二匹分の骨を見て、何かから目を背けるように空を見上げる。


 自分と同じ一人ぼっちの月を見て、その日もまた、孤独の夜を過ごした。



 ーー時は経ち、彼女が生まれて十四の年を越した頃、致命的なミスを犯す事になる。



 森で住んでいた彼女は、森の危険性をよく知っていた。自分では敵わぬ敵がいる事を知っていたのに……好奇心を抑えきれず、自分の住む範囲から抜け出し、他のテリトリーに入ってしまったのだ。



 相手は魔物と呼ばれるものだった。獣が魔法を食らったか、魔素を取り込んだか、いずれにせよ強大。


 十四の小娘が立ち向かうには、あまりにも遠い遠い差。


 そしてやはり、絶望的。鋭い爪で柔らかい体を削られ、自分の死期を悟りながら、彼女は思う。



 ーーああ、これで良い


 何も後悔する事はなかった。むしろ最初からこれを望んでいたのかもしれない。最後の最期まで一人は嫌なので、出来れば自分の体を食ってほしいと思ったが……


 それは贅沢だろうと苦笑して。



 享年十四歳。


 彼女は、死んだ。


 名もなき人生の、終了である。



『ーー目醒めよ』



 そして、兎が始まる。


◇◇◇◇◇




 ……ウサギは目を開けた。


 昔の事を思い出していた。今更どうしてそんな事を思い出したのかは……分からない。


 ただ、分かっているのはこの気持ちだけ。胸に宿った、たくさんの想い。



 ーー木に囲まれ草を踏み、懐かしい感覚を過ぎて辿り着いた川。城に流れていた川とはまた違う、上流で分岐したもう一つのそこに、その人はいた。




「ああ、良かったウサギ!」

「……」



 魚の継承者、モチヅキ・ピスケス。ウサギの姉は、ウサギに気づくと直ぐに側へ寄ろうと近づきーー



 ウサギが、後ずさり。


 

「……ウサ…ギ?」



 ウサギは唇を噛み、俯きーーやがて、何かを決心したように姉の顔を見据える。


 その視線を直に浴びたピスケス。今度は彼女が、何故か後ずさりをしてしまう。怯えるように。


 目が、泳ぐ。



「どう、したの? ほ、ほら、今の内に帰りましょうウサギ。何か危ない事はされなかった? 安心して。もう私がいるから。だから帰りましょう。だから、金の国に……」

「姉ちゃん!」



 川にいた魚がビックリしてどこかへ逃げる。森から小鳥たちが逃げる。



 ウサギは逃げない。

 ピスケスは動けない。



「なあ、姉ちゃん。姉ちゃんは私と違って賢いもんな。私はまだ、教えられてばっかりだから、だから……」

「……だから?」

「教えてくれ。黒の国は、敵、なのか?」

「敵って、当たり前でしょう? もう、ウサギったら」


 ピスケスは赤子を諭すように、それでなければ、自分に言い聞かせるように。


 優しく言葉を紡ぐ。



「2ヶ月後、戦争が起こるのよ? 何があったのかは知らないけれど、それはもう、変わることの無い事なの」

「それは……私も」

「もちろん、一緒に。姫様を守りましょう。姫様を裏切るなんて、まさか……絶対にしないわよね?」


 痛いところだった。


 天秤に比べたくない二つ。


 姉と沈黙姫に、アリス。


 金の国と、黒の国。


「ぁ……ん」


 ウサギは言葉が上手い方ではない。自分でもよく知っている。


 だからせめて、正直に。


「あのな、姉ちゃん。みんな優しかったんだ。姫様みたいに、姉ちゃんみたいに、アリスはな、アリスは溺れそうになったのを助けてくれた」



 助けてくれた。


 その言葉にピスケスが反応したが、ウサギは気づかない。



「黒の国には、姫様のお姉さんもいたんだけどな……楽しそうだったぞ。いっぱい笑ってたぞ。

 よく、分かんないけど……それってとっても、良いことだと思う。黒の国は、悪くないと思う」

「……」

「だから、黒の国とは戦いたくない。なあ本当に戦争は止められないのか? 私は嫌だ。姉ちゃんにも戦ってほしくない。教えてくれ。どうすればいいのか、姉ちゃんは賢いから、教えて……くだ、さい」

「……そう。ウサギ、あなた」



 不器用ながらも伝えた気持ち。


 姉を信用するウサギは、これで良いと思っていた。


 全て上手くいく。


 金の国も、黒の国も……どうにかなる。きっと、大丈夫。



 ーー妹からの期待の眼差しを受けたピスケス。しかし、その口から出たのは冷たい言葉であった。



「なら、貴女は帰らないのね」

「帰らないって、そうじゃない姉ちゃん。今はそうじゃなくて、だから!」

「なら、おいで。一緒に帰りましょう。難しいことは考えないで。貴女らしくないわよ。私は姫様を裏切れないから、絶対に裏切りたくないから、金の国に帰る。もちろん貴女も、そうでしょ?」

「……無理だよ姉ちゃん。アリスに迷惑かけられない」

「ああ、そっか。そっかそっか。なるほど納得したわ。そのアリスって人が、貴女を苦しめて、縛り付けているのね」

「違うって!」

「ううん、大丈夫」


 水のように冷たく。

 川のように止まることを知らない。


 ピスケスはウサギを溺愛している。


 魚は信じて疑わなかった。兎が水を求め川に来ると。まさか、離れる事があるなどと。信じたくはなかった。それも、別のオアシス(拠り所)を見つけたなんて。



「私は貴女と一緒にいたい。貴女と一緒に帰りたい。だからーー連れて帰る。無理矢理にでも、ね」

「姉ちゃん?」

「痛いのは、嫌だよね。私も嫌よ。だからお願い。今だけ私の言うことを聞いて。私は貴女を傷つけたくなんかないから、でも……どうしても嫌って言うなら、仕方がないわよね。

 足、かな。それでいいのかな。うん、それがいい。それで全部、上手くいく」



 違う。それはダメだ。


 と、ウサギは言えない。心のどこかで姉が正しいと思っている。自分よりも正しいのだと思う気持ちがあり、反論できない。


 それに、こうも考えてしまった。


 自分で考えるより、委ねる方が楽だと。このまま姉に連れて行って貰えば、それはしょうがないから、だと。



 

 ーーだから間違いを正すのは、いつだって天才だ。



「ウサギがアホなら、姉は間抜けか」

「っ……誰!」



 森から聞こえた言葉に、ピスケスは警戒する。代わりにウサギは安堵していた。心が軽くなった。


 それが誰か知っていたから。


 森から出てきて、月明かりに照らさたその男は。全身がお洒落を度外視したような黒の服装で、気を抜けば闇に溶け込んでしまいそうだ。それでも分かる、並々ならぬ自信の塊。


 これこそ今代の黒の戦士。


 自称、天才である。


「上手くいくわけがないだろ。川に突っ込んで頭を冷やせ、魚め」

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