灰色の理想
◇◇◇◇◇
訓練場にて、剣が落ちた。それすなわち、敗北を意味する。
落ちた剣にはなんの装飾もされておらず、だからといって戦いに特化しているでもない、例えるならば百円均一の代物。
ただの、訓練用の剣。
「諦めろ。俺には勝てない」
勝者は灰色の髪と目をした、角の生えた男だった。
「クソっ……」
悔しさのあまり黒の戦士は地面を殴る。
才能はあるはずだ。努力はしたはずだ。それでも尚、遠い。
戦闘経験だけとは思えない、遥か高み。角の生えた男は強かった。そして自分は、まだ弱い。
「何でだよっ……俺は、黒の戦士なのに」
「だからどうした。自惚れるな。
戦士は最強の象徴ではない。国の象徴だ。黒の戦士は、黒の国に仕えていればいい。
俺は俺だ。誰にも従わず、誰よりも上をいくーー孤高だ」
「違う!」
黒の戦士は吠えた。
角の男は眉を寄せる。
「敗者の戯言を聞く気はないが」
「お前は間違ってる! お前は孤高なんかじゃない。ただの孤独だ!」
「……そこに何の差がある?」
「はんっ、全然違うね! これだから馬鹿は嫌いなんだ。勘違い男の痛い奴は尚更大っ嫌いだ」
「……」
これだ。
弱くて、弱い癖に強がりを言う。見栄を張る。角の男は黒の戦士の、そういうところが気にくわない。
酷く苛々する。
それを認めるのも癪だった。
孤高は、誰からも侵されはしない。それを目の前の男なんかに揺さぶられるのは、度し難い。
勝負はまだ終わってなかったのだ。黒の戦士の心は折れていない。ならば簡単だ。また、真正面から斬り伏せてやればいいだけの事。
「では教えてもらおうか。俺は孤高だ。お前は何を疑う?」
「……孤高ってのは、周りに友がいて、仲間がいて、その上で誰よりも高みを目指し、誰よりも前を征く事さ。
アンタは違うね。孤高じゃなくて、孤独だよ。独りだよ。世界に自分1人しかいない時に、『俺は世界最強だ』って叫ぶくらい愚かだ。
張りぼての、嘘っぱちだ」
角の生えた男は何か言い返そうとしてーー出来なかった。言葉が喉から這い上がり……口から出ようとしない。そのどれもが全て、言い訳のようだと自覚したのだ。中身のない張りぼてだと、気づいてしまった。
試合に勝って勝負に負ける。
認めたくはなかった。
そして男は、その我儘こそ、どうしようもなく孤独の表れだと苦笑する。
「……グレイだ」
「え?」
「俺の名はアッシュ・グレイだ」
今はまだ、孤独の兵士なのかもしれない。しかし、知って成長しないのはもっと度し難い。
黒の戦士はグレイの変化に気づいたのだろう。痛む身体を起き上がらせて、歯をむき出しにして笑う。
不敵に笑う。
「俺は、黒の戦士……っと」
思い出したように、地面に落としてしまった剣ーーいつかテイカハンバイと名付けられるーーを掴み、空に掲げた。
少しは様になる。少し。
まるで子供のおままごとみたいだなと、グレイは意地悪く思った。
あながち間違いではない。これから黒の戦士は成長していくのだ。今はまだ子供でも、常に燃え滾る意思を目に宿したその姿勢は、グレイが確かに目指した孤高そのもの。
背伸びをしてでも上を目指し、這いずってでも前を征く。
その姿、いったい誰が笑えよう。
「俺は黒の戦士ーーシュヴァルツだ!」
少年の物語はーーけれど、すぐに終わりを迎える事になる。
その一年後、泡沫戦争と呼ばれる戦いで、彼は命を落とした。
歴代最弱黒の戦士とまで陰で揶揄されていたから、そんなに強くなかったのは確かだ。
ただ1人……ただ独り、グレイの考えは違う。彼は、あの男こそが他の誰よりも戦士の名に相応しいと思った。誰からも認められず、誰からも理解はされずとも、それはきっと、2度と覆ることはない孤高の結論。
戦いの前に、「必ず生きて戻る」と嘘をついた黒の戦士。こんな事なら、繋がりなんていらないと心に刻んだグレイの、それはきっと、覆るかもしれない……孤独の結論。
◇◇◇◇◇
時は過ぎ、訓練場には再び、地に落ちる剣の音がした。
何の因果か、それはテイカハンバイ。何の因果か、敗者はかつての勝者、アッシュ・グレイ。
灰色の目と髪を持つ角を生やした男は、此度の勝者である黒の戦士を睨んだ。
「……俺の、負けか」
「俺の勝ちだ」
言い訳をするなら、元々剣は己の得意分野ではないし、“力” は使っていない。
だがそれは、アリスとて同じ事だった。1度だって模倣を使う事はなかった。
だから純粋な戦闘技術のぶつけ合いで、グレイは負けたのだ。
あり得ない、と思うのは簡単だろう。ただし現実は変わらない。3ヶ月前とはまるで違う。人間とはここまで短期間で成長するのか、腑に落ちなかった。
……別に、グレイの心中を察した訳ではなかろうが、勝者のアリスは自信満々に言ってのける。
「おいおい、俺を誰だと思っている?」
不敵に笑う。
その姿に、何故か重ねてしまったかつての友。ひどく……腹立たしい。
「俺はアリスーー天才、黒の戦士だ」
それを言うならば、シュヴァルツは天才ではなかった。天才ではなく、残された努力に全力を注ぎ込む男。
グレイはよく知っている。
だから、目の前の存在を認めるのは、シュヴァルツを汚すようで……度し難い。天才を自称するアリスという男。
グレイは全く知らない。
それでも……
「ならば、ならばーーお前は黒の戦士だと! 生きて生きて、死なぬのだと! 今ここで、俺に、証明してみせろ! 出来るか!? お前に!」
ああ、何と虚しい。
勝てば堂々と言うつもりだった。黒の戦士を止めろと、かつてのシュヴァルツにはなるなと。
負けて意地をはるこの無様を、シュヴァルツは何というだろうか。想像はしたくない。
この男は、何というだろうか。
「それは愚問ってやつだぜグレイ」
返ってきたのは素っ気ない返事。
がーー
「愚かな問いに返す言葉はない。その答え、自分の目で見つけ出せ」
そう言って差し出されたその手を……
グレイは……
払う。
1人で起き上がり、睨みつける。
「……全く、不器用な奴だ」
「お前にだけは言われたくないな」
ーーかくして、灰色の男、アッシュ・グレイと。黒の戦士、アリスは。初めて互いを認めあった。
無論、2人の関係は変わらない。
アリスは自分が誰よりも高みにいると思っているし、グレイは自分こそが孤高に相応しいと張り合い続けるだろう。
果たしてその姿勢が孤高かどうかはともかくーー決して、孤独ではなかったのだった。




