落とし穴スタンバイ
◇◇◇◇◇
「蟲……セクト君の事か? とても大人しい子じゃないのか。少なくとも私は、そんな、危ないような事をするとは思えない」
ウサギの蟲に対する評価は、サクヤが噂に聞いていた通りのものだった。
「そうか。なら、最近そいつでおかしかった事はあるか? どんな事でもいい。何だったらそいつの食べていた朝ごはんを教えてくれてもいい」
「いや、そんなの私だって知らないけど……うーん、そうだなぁ。あんまり直接関わった事はないけど……あ!」
「お、心当たりが?」
「ああ! 一つだけ! 私が姉さんがどこにいるか探そうと、耳を立てていた時の事だ。セクト君のドアからな、言葉が聞こえてきたんだよ。何だろ〜と思って、私はその時久しぶりにセクト君の声を聞いたんだった」
こいつの前では個人情報も形無しか。お前何やってんだと言いたかったが、そこは大人しくウサギの言葉を聞く。
ーーある日の事、ウサギは自身の姉を探す為に城を歩き回り、そして気づいた。自分には、この特徴的な耳があるじゃないか、と。
普段から常人の何倍も優れている聴覚を、意識して数百倍にまで引き上げる。
するとどうだろう。聞こえる聞こえる。聞こえすぎて選別しなければならない。
『よーし、今日はイキのいい魚が手に入ったぜ。腕によりをかけてーー』
違う。
『くぁぁ、眠い。暇だなぁこの部屋。というか牢獄ーー』
違う。
……おや、この声は。
友人と呼ぶのも躊躇われる、そこまで仲良くはないが知り合いというのも違う気がする、そんな奴。
同じ継承者である四の蟲。ハイルヨ・セクト。いつも穏やかな顔をして、見るからに温厚そうな彼。
さて、そんなセクト君ではあるが、部屋の中ではどのような事をしているのだろう? ウサギは気になって、耳を澄ました。
『クックック、時は来たれり……!』
「真っ黒じゃねえか!!」
思わず叫んでしまった。誰だセクト君が大人しいとか言っていた奴。耳が20センチ以上ある者だけ前に出てこい。引っ張ってやる。
「そ、そうか……? もう3時に近かかったから、私はてっきりおやつの時間だと思ってたぞ」
「なっ……」
お、俺とこいつが同じ思考回路をしていた、だと。
ショックで寝込む。現在俺がいる場所はベッド。丁度良かった。
「アリス? どうかしたかー?」
「いいんです。その人は放っておきましょう。そんな事よりウサギ、大変です」
「なんだ、敵襲か!?」
「いえ、敵襲ではないですけどーー」
真剣な声のカレハナに、冗談の通じぬ(それはまあ、賢さが……足りぬのだよ)ウサギが本気で心配したが。
カレハナは尚も思いつめた声で、もしかすると恐怖で震えているかもしれない感じに、内心を吐露する。
「さっき、フラインがいましたよね? いけません。もしも私の行動が見られていたのなら、そしてメイクンさんに告げ口をされたのなら……わ、私、叱られちゃいます」
「叱られる! ……ん、叱られ? る?」
「メイド長は怖いんです。いつもは寛容ですが、事メイドのお仕事になると普段の数百倍は厳しく……あぁなんて事でしょう。フィナンシェなんて食べるからっ」
やっぱりそれダメだったのか。
どうしよう元気が湧いてきた。寝返り打ってカレハナの方を見る。
「調子に乗った罰だな」
そんな事を言うと、キッと睨まれた。これが一種のじゃれ合いだと気づかぬウサギが、ベッドの下で1人狼狽えていた。
「メイド長はそんな、お行儀の悪い事も好きではありませんよ。ゴミと間違えられて、お掃除 されてもしりませんから」
「ふっ、いくらメイクンさんといえど、粗大ゴミの掃除は難儀するだろう」
「いえどうでしょうか。以前、誰も使わない廃屋を一瞬で消失させた事はありました」
「……」
何者だよメイクンさん。というか、どうしてメイドにそんな強者が多いんだ。
まあ、必要だからか。
逐一城を巡回する分、警備兵よりも警備しているかもしれんしな。
なるほど、納得。
それでも、魔法暴発の恐れあるマホンといい、姫ラブ忍者もどきのフラインといい、曲者を揃えすぎではないか。もちろん、メイクンさんは言わずもがな。
「まともなのは、意外とアースンか」
「アースンは穴掘りの天才ですよ」
……その力、いる?
子供の頃、砂場で落とし穴を作った俺だから、あまり強く言えないけど、
因みにその落とし穴は、人が1人埋まるサイズだった。それでも絶対に人が怪我をしない仕組みだったが、それを見破れない頑固者教師が学級会議を開いたのは良い思い出だ。最後までその犯人は出てこなかった為、その日の授業は丸つぶれになった。結果的に、多くの生徒が喜ぶ形となったのだった。
誰かは言った。
『結局、落ちたのは先生だけだったな』
と、まあ、今回のオチはそんなところ。
ーーあれは俺も考えさせられた。つまり、俺以外の人間はどうしようもなく俺以外なのだと、知るべきだった。
真理を教えてやろう。世界には二通りの人間がいる。
「俺」と、「俺以外」の人間だ。




