予定調和の儀式、俺色に染まれぇ!
◇◇◇◇◇
玉座の間にて、彼彼女らを見る。周りは兵で囲まれ、その中に角男もいた。前方には位の高そうな美男美女。
俺はというと、腰に剣だけぶら下げた状態で何かを待っている。礼儀作法は齧った程度なのでおかしな部分もあるかもしれないが、そこは勘弁してもらいたいところだ。
「ーー黒の戦士」
まず最初に喋りだしたのは、前方の美女。といってもこの中で一番偉そうな存在だ。
全体的に黒っぽい艶やかな衣装。しかし見劣りしない、濡羽色の髪。
なるほど、さすがは黒の国だな。
「そう張り詰めるな。そなたはまず、肩の力を抜くといい。名はなんといったか……ああ、有栖川 鏡兎だったな。長い。アリスと呼ぶぞ。アリス、私の事はサクヤと呼べ。サクヤ姫の方が、周りがうるさくなくていいかもしれぬがな」
「……お言葉に甘えるとしよう」
他ならぬ姫からの名呼び。俺のアリス呼ばわりは、どうやら不変のものとなったらしい。
「素直なのは良い事だ……アレを」
サクヤ姫が合図をすると、2人の女性が1つの水晶玉を恭しく運んできた。
……黒も黒の真っ黒黒。周りの光をも吸い込んでいそうな黒の水晶玉は、誘うように俺へ鈍い光を浴びさせる。
「これは?」
「儀式、なんていうのは、先人達が馬鹿馬鹿しく神聖視させていた名残に過ぎない。その実ただの水晶触り。
しかし効果は本物。普段は怪しい占いくらいにしか使えないそれも、正しき道を辿れば黒の戦士に力を与える」
「力……」
「潜在能力とでも言おうか。黒の水晶玉は、そなたの眠る力を呼び起こす。とにもかくにも、触れた方が早いぞ」
それもそうだ。
……力。
俺は天才だが、強いのかと聞かれればそうではない。もちろん戦場と戦術を選ばなければ負けなしだろうが、純粋な力比べではそこらのマッチョの足元にも及ばないだろう。ワンパンで沈む。
それでよかったーー今までなら。
しかしここは、拳銃を持っているだけで大騒ぎをするような日本ではない。
「さあ、触れるのだ。想いを込めろ。夢を。希望を。全てが混じり合った黒……自らの全てを注ぎ込め」
サクヤ姫の言葉が脳を揺らして胸に響き、俺は水晶玉へと手を伸ばす。
伸ばして……止めた。
「む、どうかしたか」
「……いや、もしも俺が強大な力を手に入れたとしよう。そうなった場合、お前はどうする?」
「ふっ、喜ばしいことこの上ないぞ。お前には分からんかもしれないがな、自国に優秀な戦士がいるというのは、そういう事だ。
それに金の国とのいざこざもある。そなたが強いに越した事はない」
「そこだ」
誰も彼もがまるで当たり前のように思っている。何か勘違いをしてないか?
「俺がいつ、この国に仕えると言った?」
周りがざわめく。中には武器を構えた者までいた。そういえば、カレハナが教えてくれたっけ。俺は警戒されている。不用意な事をすると、命が危ういみたいな……
それくらいの常識を持っているようだが、俺が力を手にした後の事は考えていないのか?
「なるほど……なるほど……言いたい事はよく分かる。過去に一度もそのような例がないからして、そこに危機感は抱いておらんかった。
して、どうするのだアリスよ。貴様はこの国に刃向かうと?」
「俺に何かメリットがないか、気になるところだな」
「ふっ、望む限りのものは全て用意しようと思っておるぞ。何ならこの身を差し出そう。貴様次第で、心もな」
サクヤ姫の案には、俺が絶句してしまった。あろう事か国のお姫様にプロポーズ紛いの事をされた。
何だこれ、俺が思っているより、黒の戦士とは位が高いのか? んー、魔王がいないだけで、勇者みたいなものなのか。
「女はもっと自分を大事にした方がいいとアドバイスをしよう」
「くくっ、そうか、女か」
サクヤ姫は愉快そうに笑みをこぼした。
「うそ、男なのか」
「いやいや、安心せい。私は女だ。生物学的にも、心の有り様も。少なくとも自分はそうであると思っておる。
……だからこそ、貴様に身を差し出してまで、黒の戦士を欲しておるのだ」
「……金の国のいざこざか」
「察しの良い」
褒められた……ははっ、当たり前だろ! 天才であるこの俺には容易い推理。そりゃあ一国の姫を困らされるものといったら、他国による何かと考えるのが妥当のはずだ。
それも今までの流れからして、求婚でもされたりなーー
「豚だ」
サクヤ姫は顔を歪ませて、吐き出そうように言った。
例えば俺がゴキブリの様々な逸話を話す時に、こんな顔をするだろう。
憎々しげで、嫌悪感を浮かべて。それでも尚ある種の美しさを感じるのだから、美人とは恐ろしいものだ。
「いや、豚に失礼だな。金の国の王子、マンカイーノ・マリーゴールド。顔は……まあいいのだろう。他にもおよそ一般的な事なら、そつなくこなす才能もあるのだろう。
しかし、私を見る奴の顔ときたらっっ」
そこまで言って。パッーーと……サクヤ姫の表情が元に戻った。姫という役職も色々あるのだなーと、思わされた。
「とにかく、醜いのだ。衝撃的だったぞ、あれほど嫌いな人間を初めてだった。
ならばこそ私は選択をした。あれよりもお前を選んだ。どうだ……男としてこれは、とても魅力的ではなかろうか」
「まあ、な。だけどその道を選ぶと、俺は必然的に金の国と敵対するんじゃないのか? リスクが大きいな」
「ああ、そうか。貴様はろくな説明をされてなかったな」
サクヤ姫は角男を一瞥した。ぷっ、これ、絶対怒られてるぞあいつ。いい気味だ。
「私の愚か者がすまなかった」
「いや、気にしてない」
もしも角男と会ったら弄ってやろう。
俺はその時の台詞を考えながら、カレハナに続き、今度は姫からこの世界の常識を教えてもらった。
「特に異常がなければ、6年に1度、6つの国が同時に集まる世界会議がある。そこで各国は各々の事情を話し出す」
食料の見積もりが乏しいので、助力を願ったり。時には他愛のない世間話だったり。腹の探り合いだったり。
で。
最後はいつも一緒らしい。
「私の知る限り、ここで戦争が始まらなかった事はない」
世界が違えど、常識が違えど、根底は何も変わらない。
ーーこの世は弱肉強食。
サクヤ姫は言う。つまりは、黒の戦士を選んだ時点で、戦う可能性はとても高いらしい。世界会議とは名ばかりの、宣戦布告場……と。
ますますリスクが増えていく。
「私としては、貴様がこの国に忠誠を誓ってくれるとありがたい。
最悪断っても咎めはせん。仕方がないと諦める。これは、普通の人間ではあまりにも荷が重いからな」
……普通の、人間?
「一般人には到底無理な話だ」
「一般人……」
「あぁ、人並みの才能では、とてもではないが無茶であろうな」
「人並み……」
へー、そんなものなのか。ふーん、なるほど、やっぱりリスクばかりの話に他ならない。これ、受ける奴は馬鹿だろう。……それかもしくはー一ひと握りの天才か。
ああ、認めよう。色々と言った俺ではあるが、断る気なんてさらさら無かったと。そもそも断るなんて決断を下す人間は召喚されないはずだ。そこは歴史が物語っている。
はっ、面白いじゃないか。どいつもこいつも嘗めている。有栖川という男を分かっていない。
「いいだろう! 有栖ーーいや、この自他誰もが認める天才アリスは黒の戦士となり、お前に忠誠を誓ってやる!」
ニヤリ、とサクヤ姫が笑った気がした。ふっ……俺はまんまと挑発に乗った馬鹿だな。まあいい。俺も不敵な笑みを返しながら、今度こそ黒の水晶玉に手を触れた。
〜〜〜〜〜
ーーその時の様子は誰も語れない。
ある者は思った。禍々しく神々しい黒の色が部屋を満たしたと。
ある者は見惚れた。ここまで綺麗な金色は見た事がないと。
ある者は意味が分からなかった。どうして水晶玉からは光が出ないのだろうと。
まさに、色々な感想。
しかし、サクヤ姫は他と全く別の場所を見た。部屋を満たす光の濁流ではなく……ソレを直に受け止める人間ーー野性味溢れる男の貌だ。
ーー2ヶ月後、世界会議は行われる。サクヤ姫はその日にアリスを連れて行くのが楽しみであった。……楽しみだったというのに。この時はまだ、想像もしていなかった。
2ヶ月後の世界会議、アリスの姿は、どこにも見つからないという事を。
◆後書き◆
水晶に手を触れても、その国に対して反抗、あるいは邪な思いがあったとすれば、何の反応もしない。そういう前例も一度もないので、真実は不明。