メイド、ですから
◇◇◇◇◇
デスオとは別れた。くっ、悲しくなんかないさ。今生の別れでもあるまい。会いたくなったら、会いに行けばいいだけの事……
サーシャとか言ったか。あの気の弱そうな女性なら、デスオを悪く扱わないだろうし、そこは気にしていない。ただ、あれでデスオをコントロール出来るのかという心配はあるが……それは、また今度会った時に聞かせてもらおう。
「……生きていたとはな」
ゴトゴト馬車に揺られ揺られ、城へ向かう途中。対面に座るグレイが、無表情にそう言った。
因みに、積荷には偽物二人がグルグル巻きで縛られてある。
「はっ、当たり前だろ。この俺を誰だと思っている?」
「……偉そうな野郎、だな」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」
まったく、3ヶ月経って少しは丸くなったかと思えば、未だ口がとんがりコーンじゃねえかよ。やだねー全く。俺はカウンセラーでもないっていうのに……
目の前の男の過去など、関係ない。そこには俺は、いない。
「そうだ、サクヤ姫は元気にしてるか?」
「元気だと? ……とっても元気にしているさ。姫も案外、お前といういかにもな厄介者がいなくて清々してるんだろうな」
え、それは、少しショック。
……いや、本当に?
……デスオ〜!
◇◇◇◇◇
「ーー以上が、今回不死の迷宮で起きた全てだ。件の二人だが、既に尋問官に突き出している。細かい事は任せたぞ」
「理解したグレイ。黒の戦士帰還も含めて、よくやってくれた。
……ところで、その、何というか、どうしてアリスは何だかこう……不貞腐れているのだ?」
……は? いやいや、え? 不貞腐れてなんか、ありませんけど? けど? 心の中で泣いてなんか、いませんけど?
「ふっ、知らん。俺はありのままの事実を伝えたまでだ。それではこれで、俺も尋問所へ向かわせてもらう」
「え、ちょっと、グレイ!」
聞いたか皆の者。今扉から出て行ったあいつ、わざと「ありのまま」の部分を強調したんだぜ。くそったれめが、俺にここまでの汚い言葉を使わせた罪、いつか絶対に贖わせてもらうからな。
「全く、何なのだ一体……。あーアリスよ、ともかく貴殿の無事を、心より祝わせてもらおうぞ。実を言うとだな、いつ帰ってくるのかとヒヤヒヤしておった。なーんちゃって、言うまでもなく3ヶ月で帰ってくるとは知っておったがーーって、何故そこで落ち込む!? 今、今私のお茶目な部分!
そうか、グレイだな!? あいつが何かを吹き込んだのだな! 安心しろ。私があいつを社会的に叩きのめしてやるから!」
ああ、不死の迷宮は、とても良いところだったなぁ。誰からも文句は言われず、誰も気にすることなく生きていけて……
「ああ、ああ、そうだ。メイド達に教えてやろう。あいつがいかに私をひどく扱うか! これであやつの信用は地に落ちること間違いなしだぞ!」
「……いや、いい。すまないサクヤ、心配をかけさせてしまったな。グレイに関しても止めてくれ。姫自らやる事ではない」
「だ、だが……」
考えてみれば分かることだ。サクヤ姫はむしろ、俺がいない事で色々な迷惑を被る事になっていると。世界会議にしろ、例えば国民への黒の戦士会見などにせよ。サクヤ姫の目の下にうっすらと浮かび上がるクマなど正にその証拠ではないか。
グレイはあれだ、いつか俺自らこの手でやるから。絶対に殺っちゃうから。本当に気にしないでほしい。
ーーよし、切り替え大事。天才はポジティブでなければ務まらない。
えっと……うん、こうだ。3ヶ月世に触れなかったが、礼儀作法もこの頭は覚えている。膝を折って、恭しく頭を下げるのだ。
「ただいま戻りましたサクヤ姫。黒の戦士アリス、この日からは真の意味で、貴女に仕える事を約束しましょう」
「っ……は、はは。今更敬語など、似合わんぞアリス」
「ふっ、そっちこそ、世に輝夜姫と怖れられるには随分と可愛らしいところがあるじゃないか」
俺はこの人と向き合う。
一般人なら理解できないかもしれない。まだよく知りもしない女に仕える事が。
サクヤ姫は俺と向き合う。
一般人なら納得できないかもしれない。まだよく知りもしない男を戦士として信頼する事が。
……理解ができなくて当然だ。納得が出来なくて当然だ。俺は天才で、サクヤ姫もまた優れた智を有する者。一目惚れとはまた違う、しかし似通う、言葉に出来ぬシンパシーを感じた者同士。
見えない絆など、ロマンチックじゃあないか。そういえば俺は、口上とはいえサクヤ姫と夫婦とも呼ぶべき関係だった。
「これからよろしく頼むぞ、アリス」
「上手く俺を扱ってくれよ、サクヤ」
では、俺も尋問所の所へ向かうとしよう。遅々として事態が進んでいなかったら、グレイを弄る理由にもなるからな!
◇◇◇◇◇
「ふむ、初めてサクヤと呼んでくれたが……案外……イイなこれ!
私をサクヤと呼ぶのは酒を飲んだ時のグレイくらいだからなぁ。新鮮だなぁ。うんうん…………………あ、銀の国の戦士の事言うの忘れちゃった」
◇◇◇◇◇
サクヤ姫の仕事場から出た俺は、早速尋問所へ向かおうとしたのだが……
そういえば俺、場所知らねーよ。こんな事なら城の見取り図でも確認していればよかった。
手っ取り早く効率が良いのはこの部屋に入ってサクヤ姫に聞く事なのだが、しかし今更戻るのは気まずいし俺のプライドが許さないし。
うーん、とりあえずグレイの魔力……は、感知するにはどうも小さすぎるから却下。まあいい。何だったらこの城を見回るチャンスなのかもしれない。馬鹿でかいこの建物ならば、日が暮れたとしても見終わる可能性は低いけれど。
とりあえず、来た道の逆方向を進んでいこう。と思って前を見ると、既に向こうの行き止まりまでで100メートル走が出来そうなんだよなぁ。
いっそ走るか? なーんて、そんな事してみろ。今後黒の戦士は、品のない猿だと噂されかねん。更に言えば広めるのはグレイ。あいつほんと許すまじ。75日を超えて自分の悪い噂が絶えないのは全てあいつのせいだと思っていいだろう。あいつほんと許すまじ。
「ーー」
と、ここで。不死の迷宮最上階で鍛え上げられた俺の聴力が、微かな声を聞き逃さなかった。
ネタバレをすると、俺は、地球で生まれた者は魔素に敏感だから、そこを集中すれば空気中の違和感を感じ取れる。すなわち、空気の振動 (音)とやらを。他には純粋に、俺の諸々な身体能力が底上げされているせいだな。
何はともあれイベントの予感だ。暇だし、付き合ってみるのもいいかもしれない。
軽い気持ちで、俺は声の元へと進む。
果たして2分後、俺は身長100あるかないかの女の後ろにいた。そいつは格好からしてメイドだと分かったが、一体何をしているのかと見れば、必死に手を伸ばしている。
「ん〜、ん〜……」
廊下の壁の、ちょっとした出っ張りに、雑巾が引っ掛けられてあるのだ。俺ならば楽に取れるだろう。だがこのメイドならば? だいたいこのメイドの身長でどうしてこの高さに雑巾が引っ掛かるのか疑問ではあるが……そいつは今になって俺の存在に気付き、ゆっくりと後ろを振り返る。
可哀想なものを見る目の男が、そこにはいただろう。
「……あ、黒の人」
「ん、俺を知っているのか?」
「もちろん……メイドですから」
「そ、そうか」
てっきり不審者扱いも覚悟の上だった。けど、自信満々にメイドである事をドヤっとした顔されても。これはこれで困る。
「怪我がなさそうで良かった。心配していたから」
「あった事もない男を心配、ね」
「ううん、心配してたのは、カレハナ」
「……」
なんだ、カレハナか。あいつが……俺を、心配してたのか?
「カレハナ、貴方と会って、元気でた。私達とも仲良くなった。ありがとう黒の人」
「それはそれは、とても喜ばしい事なのだが黒の人はやめてくれ。普通にアリスと呼べばいい」
一時期、担任の教師から、貴方は腹黒そうとやんわり告げられ、避けられた過去が蘇ってきた。俺のどこが腹黒そうなんだ。普通に表に出しているだろ。
「なら、私の事はマホンでいい」
マホンは、身長不相応なモップを抱きしめながら、俺にそう言った。
そして、マホンはまた雑巾取りを再開する。学習能力というものが欠如しているのか、はたまた諦めが悪いのか。何度も何度も手を伸ばして、息を荒げる。
俺は側に近寄った。雑巾は取らないがな! アドバイスくらいはしてやろう。
「マホンは魔力が高い。魔法を使ってみてはどうだ」
「あ、そっか」
アホの子かもしれん。マモンはポイッとモップを床に捨てると、手を上に向けて魔法を行使する。この子が使えるのは風魔法だ。
……みるみるうちに魔力が、マモンの腕に集まり、凝縮され、っておいおいおい。それはやり過ぎだろう!
「マホンはここをベランダにする気か?」
「あ、そうだった」
やっぱりアホの子かもしれん。俺の言葉を聞いて、彼女の手に溜まりつつあった魔力が霧散される。
「私、調整下手だった」
「危うく雑巾をゴミにするところだったな」
「私、下手くそ魔法使いだった。チビでダメダメメイドだった」
「……あれだ。掃除をしてる最中にゴミを増やすというのもまた、ユーモアがあっていいと俺は思うぞ」
「私がゴミかもしれない」
俺はどうしろと?
「そういえばマホン、どうしてあんな所に雑巾が?」
「……私が、掃除をして。雑巾で壁を吹いてたんだけど」
想像が容易い。小学生が雑巾を持って掃除をする光景。
「埃がたまってそうな、あの高い所もやろうと思って、手を伸ばして」
うんとこしょ、どっこいしょ。まだまだ手は届かない。
「だから私はモップに雑巾を括り付けて」
「そのモップを使えばいいだろうが!」
「あ、そっか」
やっぱりこいつ、アホの子だ。本当に小学生並みの歳かもしれん。
思わず怒鳴ってしまった。落ち着け俺。雑巾がモップから外れた時なったであろう、マホンの絶望的な表情を思えば微笑ましいではないか。
……目の前の少女は、床に落としたモップを使い、何とか雑巾をひとりで取り戻すことに成功する。そして、俺を見て何を勘違いしたのか、ドヤ顔になって言った。
「メイドですから」
「……良かったな」
こいつに任せると気が気でないので、この変な出っ張りは俺が掃除をする事にした。
「さすが黒の人」
マホンはそう言って、せっせこらモップで床を拭く。俺は少女の持つモップと、そして、自分の雑巾を見比べた。
……モップ様がいれば、雑巾なんていらなくね?
他ならぬマホンの事だから、最早何も言うまいが。
気づけばバルコニーにまでたどり着いた。マホンの掃除も、ここでお終いらしい。ふうっと息を吐くと、汗を拭う。首元にもつぅーーと塩っ気混じりの水滴が流れるが……全く色気を感じない。この子は俺の従姉妹か?
「ありがとう。お礼に、カレハナ呼んでくる。すぐに呼んでくる」
「は? あ、おい!」
お礼に……カレハナ? その言葉には色々と突っ込みどころがあるな。大体カレハナを呼ぶ事はお礼じゃない。どうしてそんな勘違いをするんだ。まるで、まるで俺がそれを喜ぶみたいな……
そりゃ俺の付き人だから、多少なりとも仲良くはするさ。だが圧倒的に一緒に過ごした時間が短いから、そこまで強い絆もないわけで……
「ーーアリス」
「ワッフル!」
「わっふる!?」
急に声をかけられるから、くしゃみが出た。早い。来るのが早いぞ。
俺は久しぶりにカレハナを見る。初めて出会った、そして今後一生他に見ることのない輝く金髪の持ち主。そこに劣らず魅力を放つカレハナ自身も、全く変わりがないようで安心した。
「……」
「……」
あれ、俺はこいつと、どんな風に喋り合っていた?
いやいや、普通だ。普通でいい。
やあやあおはようマドモワゼル。今日も一段と美しく花までもが貴方をみて嫉妬ーー違う! 誰の普通だ!
気を取りなおして……
久しぶりだなカレハナ。ひさしぶりだ。ああ、ほんと……久しぶりだ。
語彙力! 天才の語彙力どこいった! 下手くそな短歌みたくなっているし。というか、ここまでくればそれ以前の問題ーー待てよ。まさか、まさかとは思うが、迷宮で引きこもっていたせいで、美のつく女に対するコミニュケーションに障害をきたしている、だと?
馬鹿な……
「み、見違えましたね」
「みち……だ、だろ? 分かる奴には分かるよな。何たって俺は休む暇なく死闘を繰り広げたのだから。これで以前の天才により磨きがかけられてしまった」
「かも、ですね……」
「ああ……」
「……」
「……」
これ、俺が悪いんじゃなくて、カレハナの雰囲気が違うせいじゃね?
「紅茶、紅茶」
ふと、隣を見ると。バルコニーに設けられた簡素な造りのテーブルに、マホンがせせこらとお茶の用意をしていた。
だが、俺の視線に気づいたマホンは、慌ててテーブルクロスを整え、やはりドヤ顔でこう言った。
「メイド、ですから」
……俺、お前の事を誤解していたのかもしれない。マホンは、黒の国で類まれな癒し系であった。




