金の国の陰謀
◇◇◇◇◇
「ほら……赤だろ」
確かに、清潔に保たれていたハンカチは血にまみれ、見るも無残な赤黒い色へと染まってしまいました。
「プリテンダー!?」
倒れ落ちるプリンさんを見ながら、ジャーニンダーさんがその名を呼び……いや誰ですかそれ。
プリテンダー!? じゃなくて、私たちはプリテンダー?? ですよ。
「貴様よくもっ……」
「ふっ、そう慌てるな。どこをどう傷つければ死ぬのか死なないのか……自分の体で嫌という程経験済みだ。
今だデスオ!」
「なっーー?」
いつの間にかジャーニンダーさんの背後へと忍び寄っていたデスオーバー。
「ググッ」
そんな軽い掛け声と共に、ジャーニンダーさんの後頭部を殴りました。グーで。
反応が遅れたジャーニンダーさんは凄い勢いで首がガクンと動き、顔から地面へ叩きつけられます。その際、グチャッ……っていう痛そうな音が聞こえ、私たちは顔をしかめました。
あ、アリスさんも顔をしかめています。
「……デスオ。外へ出るなら、お前はもっと手加減を学べよ」
死んでないよな? なんて言いながら、アリスさんはジャーニンダーさんへ近づきーー慌てて後ろへ飛び退くと、さっきまでいたその足元へ、一本の矢が突き刺さります。言うまでもなくシロップさんです。
続いてジャーニンダーさんを守るように入り込んだのはプッツェンバーガーさん。斧をがっしりと構えています。前のアリスさんと後ろのデスオーバーとか、よくそんな死地に入る勇気がおありで。
……私は、あれですよ。スイスイちゃんと傍観の立場に居座ります。足手まといにならまいという、先見の明。
そ、それにほら、アリスさんはそんなに悪そうにも見えませんからね。性格はともかくとして。
「待てデスオ、手を出すな。これは、説明不足の俺が悪い」
シロップさんとプッツェンバーガーさんが敵意を剥き出しにしているというのに、アリスさんは腰に剣を直し、完全に戦闘態勢を解除しました。
そういえばさっき武器無しでデスオーバーとやりあっていたので、別に素手でも問題ないという事でしょうけど、その無防備な姿に、プッツェンバーガーさんが怪訝な目を向けます。
「……説明、してくれんのかい」
「俺は人に説明をするのが大好きだからな。その瞬間、自分は優れているのだと悦に浸れる。説明をされるのも大好きだ。自分はまだまだなのだと、自惚れが収まる」
「はんっ……確かに、説明が好きみたいだな。なら俺たちが納得のいけるよう頼むぜ。っと、その前にプリンとジャーニンダーの応急処置をしてーんだが……」
「それは心配するな。もう血は止まってあるし、何なら傷口さえ塞がりかけているかもしれん。こいつはただ気絶しているだけだ。
それとーー」
アリスさんがプリンさんを指差して言います。私も、この流れで何となく予想はついていたんですけど。
「そいつは、プリンなどという男ではない。もちろんそっちのジャーニンダーとかいう奴も全くの別人だ」
「……は?」
プッツェンバーガーさんが素っ頓狂な声をあげました。
その様子だと、別人という言葉に気を取られ、アリスさんがボソッと口に出した、因みにそちらの男の安否は保証出来ないが、という内容は聞こえてないみたいですね。
大丈夫かな名も知らぬ人。
「さーて、どこから説明しようか。そうだな……まず大前提として、俺はこいつら2人を知っている。以前、冒険者ギルドに入った時に見かけた」
「な、お前冒険者なのか!?」
「……冒険者ではない。もう忘れたのかお人好し筋肉? 俺は確かに冒険者へなろうとしたが、貴様が邪魔したせいでなり損ねたのだ。まだ覚えてないというのなら、もう一度投げ飛ばしてやろうか?」
「投げ飛ばす……」
そこかキーワードだったのでしょう。プッツェンバーガーさんはアリスさんを勢いよく指差スト叫びます。
「あ、あ、あぁあーー!!」
どうやら、本当にお知り合いなのでしょうけど、ちょっと今は静かにしてもらいたいですね。今はそんな事より、アリスさんの説明を聞きたいのですから。
「話を戻すぞ。俺は冒険者ギルドに入った時、こいつらと……そしてお前らも見た。そしてーー何の力を持つのかも知っている」
それは……それはとんでもない事です。本来そういう力を持つ者なら、王宮でお抱えになる事間違いなしでしょう。
なんたって力というのは、その人の生命線ですから。それがばれてしまえば色々と厄介です。
スキルともよばれるそれは、私の場合魔物使役。例えば私がこれを使う場合、その使い方によっては「真正面からの奇襲」を行ったりもできます。けれど力がばれているのなら、その奇襲も失敗に終わる可能性が高いです。要は、そういう事なのです。
アリスさんは知っている。私たちの力を、知っている。
「そこを信じてもらえなければ話は終わるが、続けよう。俺はプリンという男と、ジャーニンダーという男も冒険者ギルドで見た。そこで当然どんな力かも知っているわけだが……あ〜れれ、おっかしいなぁ。今ここにいる2人は、面白いほど違っているじゃないか」
アリスさんは、倒れているプリン……じゃなかった。えっと、プリテンダーさんの体を仰向けにすると、その懐を色々とまさぐり始めました。
「こいつの、力は、自然治癒の向上。それと色々な剣の技能に、それからーー変装。お、あったあった」
アリスさんはどんどんその人の私物を取り出していきます。金の指輪に、金のアクセサリに、短剣。もちろんそれも金色。
「これは、間違いないだろうが……そっちの男は更に面白いぞ。変装はもちろん、身体能力の向上、どんな飲み物もクリーンにする力、ちょっとした先読み、それからーー人間使役」
「人間、使役!?」
一番名も知らぬ人の近くにいたプッツェンバーガーさんが、慌てて距離をとります。でも、名も知らぬ人は血だらけで、ある程度の応急処置はした方がいいのではないかと迷っているみたいですね。
ーー人間使役。
読んで字の如くだとすれば、私は魔物を使役する事ができます。ならば彼の力は……人間を使役する事ができるのでしょう。
「人間使役。これは中々えげつない力だ。色々な条件こそあるものの、一度対象の心さえ折ってやれば、後はどうとでも出来る。まあ十中八九、そこのスライム抱いた女を狙ってたんだろうな」
……こわっ。もう2度と、他人なんて信じられなくなってもおかしくありません。今回、私のわがままのせいでスイスイちゃん達にも危ない目を合わせるところでした。
ごめんね、みんな。
ーーぷにゅ〜ん
え、えへへ……ありがとね。
「その話に証拠はあるのか」
シロップさんが、まだ弓を構えた状態でアリスさんに聞きました。
アリスさんはうーんと唸った後、当たり前のように言いました。
「俺がそう言っているのだから、そうなんだろう」
「……そう、なのか?」
「ああ、そうだ」
「……すまない」
認めちゃうんだ。意外と押しに弱いんですかね、シロップさん。可愛らしいところ発見です。
「デスオ、そいつも調べてくれ」
「グルルゥ」
いい返事です。今度はデスオーバーさんが、名も知らぬ人の懐をまさぐり始めます。
と、思いきや。
ビリビリビリッーーという悲惨な音と共に、その人の服が破れていきます。
「お、おいデスオ」
「グルッ、グ、クルゥ!」
ビリッ。ビリッ。ビリビリビリ!
私物はそりゃあ、出てきます出てきます。ついでに服も破れて破れて、かわいそうな事に、名も知らぬ彼は裸になってしまいました……み、見ないでおきましょう。
因みに、目を背けると、シロップさんも顔を赤らめていました。彼女絶対に処女です。初心です。
ーーぷるんぷるん
私の事は、いいんですよ。
余談ですが、スイスイちゃんは私と会う前に、経験が3桁超えるそうです。魔物の、それもスライムのその、それ……がどんな感じなのか知りませんが。意外とスイスイちゃんって肉食系らしいです。
「あのなーデスオ、今さっき手加減を学べと言ったではないか。お前、それ、その気分を害する物をどうしてくれる」
「グルルゥー?」
「……はぁ」
ため息をついたアリスさんは、次に飛び散った名も知らぬ人の私物を見ていきます。
金のハンカチに。金の短剣に、そして金のロケット。
わーお、金一色だ。私も家になら金色の何かがあってもおかしくありませんが、こうも金で揃える人間はそうそう黒の国にいません。
「これで言い逃れは出来ないだろうが、念の為、元の顔を拝見させてもらおうかな」
アリスさんは、名も知らぬ彼に近づきます。何をするかと思えば、ボロボロのその人の顔に手をかざしました。
もしかして、彼の力は、相手のスキルを読み取るだけではない……
私の推測を裏付けるように、アリスさんは集中して、それを行います。
「正直、これはまだ慣れていないのだが……問題ないか。俺は、天才だからな!」
すると、目の前で信じられない事が起こっていきます。
名も知らぬ人の血だらけの顔が、まるで何事もなかったかのように治っていくのです。これだけならばまだ、回復魔法でも使ったのかと思えるのですが。
彼の顔の変化は、それだけでは終わりません。黒の髪と、少し細まった目が特徴だったその人の顔が、いつのに間にか全くの別人になっているわけではありませんか。
さっきより鼻は高いし、目もでっかい気がするし、何よりーー髪の色が淡い金色。
「ビンゴ。もう間違いない。なあプッツェンバーガー、世界会議で戦争は始まったんだろう? それは黒の国と金の国で間違いないのか?」
「あ、ああ、そうだ」
「戦争が始まったのなら、それから2ヶ月間は互いに手出し無用という盟約があったはず。だよな」
「……おう」
アリスさんはとっても性格のよさそうな笑みを浮かべました。あ、皮肉ですよもちろん。
「これは明確な盟約違反ではないか。さて問題は、こいつらをどこに持ち運ぶのが一番正しいかなのだが……」
「ーーそれは俺に任せろ」
みんなもう忘れているかと思いますが、私たちにはもう1人、このデスオーバー攻略に乗り込んだ仲間がいたのでした。
そう、それは全身ローブ姿の男性。その人が今、アイデンティティとも言えるローブを脱ぎました。
中から現れたのはーーグ、グレイ様。黒の国の地獄の門番と恐れられるその人でした。
「もったいぶった登場だな。待ちくたびれたぞグレイ」
「ふんっ、約束の3ヶ月はお終いだ。が、丁度いいと迎えに来たのに、早速トラブルを持ち込んでくれたみたいだな」
2人は互いに憎まれ口を叩こうと、私からすれば、仲が悪い風には見えませんでした。
……ま、あれですよ。私たちの役目はこれで終了です。今回最高の仲間に出会えなかった私ではありますが、最強の仲間を手に入れてしまったと。オチとしては、その程度です。