宣戦布告
◇◇◇◇◇
「では……自己紹介も終えた事ですし、適当に世間話でもーー」
そろそろいばら姫の性格が露見しそうになる発言を、その人物は挙手をして止めた。いばら姫は面倒くさそうにしたものの、笑顔のまま発言を促す。
「何か、言いたい事があるようですね。マンカイーノさん」
金の国の王は、爽やかな顔をして……挙げてる手をそのまま下ろすと、サクヤ姫を指差した。
いや〜な顔をしてるサクヤ姫に気がつくと、ハッとして全ての指を開き、あたかもダンスに手招きをするような形にしたが……サクヤ姫が嫌がっているのは別に、指を指されていたからではない。
「僕、いや、金の国はーー」
ために溜めて、彼は言う。
「黒の国と、同盟を結びたい」
「却下」
ばっさりと、サクヤ姫は躊躇なく断る。それは想定していたのか、マンカイーノも落ち着いた表情のまま尋ねる。
「理由を聞いても?」
「我が国にメリットが何1つとしてない。衣食住は元々充実している。災害に対する戦力も言わずもがな……
黒の国に、他国の援助など邪魔なだけ」
「そう、か。流石は黒の国だ。そして、流石は輝夜姫だ」
マンカイーノは一息ついた。これで話が終わるかといえば、そんなはずはない。
きっぱりと断ったはずのサクヤ姫に、これまたきっぱりとマンカイーノは言い返す。
「ならばこれしかない。勝者にこそ与えられる、褒美という絶対的権利。
ここに宣言しよう! 金の国は、黒の国に戦争を申し込む!」
ーー勘弁しておくれ。
マンカイーノを冷たい目で睨みつけているものの、サクヤ姫の心中はそんな感じであった。
マンカイーノの言葉が冗談で済まされるはずもない。つまりは、お決まりのように世界会議で戦争が始まる事となったのだが……白の戦士、カラーレスは面白そうに笑った。
「こりゃ傑作だ。同盟を申し込む為に戦争をふっかけるなんて……イカれてるぜ全く」
「若いのう。おお、もちろん白の国は一切介入しないぞ」
「同じく」「紫も不干渉」
「銀の国も、関係ない」
「緑も遠慮させて頂きます」
各国が金と黒とのいざこざに関わらない事を宣言する。
カラーレスはそこに少し疑問を覚え、緑の戦士に問いかけた。
「アンタ、正義のヒーローなんだろ? こういう時こそ出番なんじゃないのか」
「確かに! もちろん私は皆が仲良くなればいいと思っている。しかし! ここで変に介入して、緑の国を危険にさらせばそれこそ本末転倒だとも思う」
「おう……正論だ」
「正義とは、個人の為にあらず!」
「いいぞいいぞ! 俺もホワイトライダーになろうかなぁ」
「ピースピース!」
2人して盛り上がる中、サクヤ姫は他の国から助け船など来ないことを改めて認識し、毅然とした態度を持って、堂々とマンカイーノを指差し言った。
「後悔しても私は知らんぞ、かつての栄光を忘れし落ちぶれた金の国よ」
「うーん、確かに前回は姉さんが痛い目を見たけど、今回ばかりは……どちらが後悔するかな?」
「ふんっ。今度こそ奈落に落ちるがいい」
草原に風が舞い込む。
サクヤ姫とマンカイーノを交互に見て、いばら姫が軽く机を叩いた。
「では黒の国も……」
「ああ、金の国からの挑戦状、黒の国は確かに受け取ったぞ」
「……ならば」
眠そうな目を覚まして、いばら姫は司会進行を務める。
「世界会議の盟約に則り、これより2ヶ月後、金の国と黒の国は戦争を行います。勝者が敗者の全てを望む事のできる戦争です」
もちろん、下手なことをすれば他国からどういう扱いを受けるか想像も容易いので、勝者が敗者に命令できる事など決まっているようなものだが。基本は弱肉強食。そこに変わりはない。
今回、金の国が望んでいるのは同盟。もしもそうなった場合、政略結婚としてマンカイーノとサクヤ姫が結ばれることは確実で……それを知っているサクヤ姫は、鳥肌が立つ思いである。
「今回の戦争、他の国からの手助けはありません。それらを分かった上で、もう一度問います。
両者、後戻りは出来ませんよ?」
「金の国は、前に進む」
「黒の国に、手助けなどいらぬ」
〜〜〜〜〜
それ以降は穏便に世界会議も進み、やがて終わると、各々は帰り出す。
サクヤ姫が席を立つと、待ってましたと言わんばかりに近くへ来て、跪いたマンカイーノ。その頭を蹴り飛ばしたい衝動に駆られたが、2ヶ月後に戦争という決まりがある以上、それ以前に手を出してしまうのは盟約違反。何とか理性を保った。
「どうした金の王よ。他国の姫に対してその行動は、些か問題があるように思えるが」
「関係ないさ。誰が文句を言おうと、それこそ僕は金の国の王。異論は認めない。
それに、何も考えなしの行動という訳でもないんだ。僕は、こうでもしない限り、君へ謝罪の気持ちが伝わらないと思ってね」
「謝罪……」
訝しむサクヤ姫に、マンカイーノはスマイルを浮かべる。
「ああ。同盟を結びたいという気持ちは本気なんだ。だからこそ戦争なんて……本当は僕も、君とは戦いたくないんだよ」
「なら、今すぐにでも降伏してくれて構わないぞ。安心しろ。何の要求もせずに見逃す度量はある」
「いや、それは出来ない。戦いたくないという気持ち以上に、僕は勝たなくちゃならないんだ。
黒の国に、大事な人間を置き去りにしてしまっているからね」
「っ……」
今度こそ本能のまま体が動いたサクヤ姫を、後ろにいたグレイが止める。
ーー止めておけ
無言の圧力のおかげで再び理性を取り戻したサクヤ姫。一方マンカイーノは、未だ自分こそ正しいという絶対的な表情で拳を握りしめた。そういう態度が、サクヤ姫の嫌う部分でもあった。
「絶対に取り戻す。覚悟していてくれ、輝夜姫。僕の……愛しの人よ」
最後は神妙に言って、マンカイーノはやっと去っていく。一息つこうとしたサクヤ姫だったが、またもや邪魔が入った。
いつの間にか、誰にも気づかれずに隣にいた銀の戦士。グレイが警戒して腰の剣に触れ、サクヤ姫が止める。
「何か用かな、銀の戦士よ」
「……黒の戦士の名を知りたい」
「名前か。理由を聞いても?」
「……私は銀狐」
銀の戦士は、自分の名を言う。
「有栖川、銀狐」
こういう時は、狼狽えた表情を表に出さないサクヤ姫。
当然分かっている。目の前の女性は、銀の戦士は、アリスの血縁者なのだと。それも恐らく……妹。
「黒の戦士に伝えて。ーーいつか私が貴方を、絶対に倒すと」
サクヤ姫は無言を貫いたが、銀の戦士も確信したのだろう。どこでその考えにたどり着いたかはともかく、黒の戦士が有栖川 鏡兎だという事に。
そして、それを分かった上で決定的な宣戦布告をして、1人マイペースにシンデレラのところまで戻り、帰っていく銀の戦士。
これで本当に、残されたのはサクヤ姫とグレイだけ。2人はしばらく、その場でじっと立ちすくんでいた。
「……胃が痛い」
「そうか。実を言うとだな、俺も少し、頭痛がしてきた」
「……お家帰る」
「それがいい」