世界会議
◇◇◇◇◇
馬車に揺られる事、3日目。大勢の兵士を連れて、サクヤ姫は世界会議の会場、キャンパス草原にたどり着いた。
ここからは徒歩である。2キロ先にある1つのテーブルまで、今度はたったひとり目つきの悪い護衛を連れていくのだ。
さっきまでは人目もあり、凛としていたサクヤ姫であったが、歩く度に、テーブルへと近づく度に足取りが重くなる。
「……帰りたい」
「馬鹿か」
目つきの悪い護衛は、口も悪かった。仮にも姫に対して、容赦のない奴である。
名はグレイ。額から角を生やしているのが特徴だ。こんな風に黒の国の人間は、何らかの身体的特徴を備えている。それは翼だったり、牙だったり……
「今更どうこうしたって意味はないだろう。あいつの行動を認めたのは、他ならぬお前自身だ。あんまりグチグチ言っていると俺も帰るぞ」
「そ、それはならん! あー分かった。分かったぞ。私はもう大丈夫だ。サクヤはやれば出来る子、やれば出来る子……」
こいつマジでヤバいんじゃないかと、思ったが口には出さないグレイであった。
そうこうしている内に、彼の目が各国の代表を遠くに捉えた。
「おい、見えたぞ」
「むっ……」
サクヤ姫の雰囲気が変わる。そう、これこそ世に噂のサクヤ姫。他国の姫が武を持っているのならば、それに対抗する為の知を有する19歳の少女である。
しかし、黒く染められた道を渡るその様は、どこからどう見ても年不相応。予想される精神年齢だけなら白の国と並びそうなほどの逸材だ。……もちろんそれは表向きの評価で、グレイなどはサクヤ姫をガキとしか見ていない。事実、そういう時もないとは言えない。
対して、他の国の姫も付添人もはっきりと見えだした。
誰もが緊張を隠し、国を背負う者の貌となり、各色のテーブルにつく。付き人はその後ろで佇む。
さて、本日の世界会議司会進行を務めるのは、毎年会場を清潔に整備している緑の国の姫……いばら姫。付添人は、緑の戦士。その名をグリーンライダー。顔を隠す仮面に、緑のマントが特徴的だ。
そして今、各国の代表を見て、タイミングを見計らっていたいばら姫が口を開いた。
「ーーただいまを持って、第99回目の世界会議を始めるとしましょう。堅苦しい前置きも止めて、まずは自己紹介から……マーリン様お先をどうぞ」
マーリン……大賢者マーリン、白の国の長。長寿を名乗る国だけあって、歳は200を超えていると言われている。
たくましい白ひげと、大賢者にだけ受け継がれるとんがり帽子が特徴的だ。
「むう、いかんのう。いかんのう。近頃の若者は何でも省略をしたがる」
この時、サクヤ姫が苦い顔をしたが、グレイ以外は誰も気がつかなかった。
「大体のう、昔からの決まりを無くそうというのは、それ相応の理由をもってして初めてーー」
「おい、そこら辺にしとけよジジイ」
「むっ、説教は人が成長するのにーー」
「だからって耄碌が過ぎるぜ。これはアンタにだけ用意された場じゃない。そういうのは後で個人的にやってろ。だから老人ってのは嫌われんだ」
まだ何かを言おうとするマーリンを遮って、自己紹介を始めたのは白の戦士。マーリンの付き人だ。
「どうも、だ。俺は白の戦士カラーレス。このジジイに耳を傾けてると日が暮れちまう。さっさと次の奴に移してくれや」
それがいいと、判断したのだろう。いばら姫がクスクスと笑いなが言う。
「白の戦士が寿命を全うしたと耳に挟んで心配していましたが、これはこれは、白の国としてはらしくないお方ですね」
「ふんっ、召喚陣の調子が悪かったに違いないのう」
「俺だって好きで呼ばれたわけじゃないっつーの」
一見、険悪そうに見えて、まるで本当の家族。老人とその孫のような掛け合いだ。召喚陣の調子が悪かったはずもない。
時計回りの順番で、次に選ばれたのは金の国。その、頭から生やす輝く金髪の持ち主こそ、メリーゴールド王家の象徴。
「僕はマンカイーノ・マリーゴールド。今回もこうして金の席に座れることを心から喜んでいるよ。前回とは少し、顔ぶれも違っているけど……ね」
「そうそう! 違うといえば、もちろん金の国の戦士だってそうだね。
ーーま、僕がその、金の戦士なんだけど」
さらりと告げられた (少なくともマンカイーノは何気なさを装ったと思っている)衝撃的事実に、一同が驚きを隠せなかった。
「なんと、いや、うむ。そういう可能性は、むしろ高かったと言えるのう。王であり戦士というのは例にないが」
「お褒めの言葉ありがとうございます大賢者マーリン。この身に降りかかる倍の期待も責任も、僕は全てを背負うつもりです」
「ほほー、いい心がけじゃ。して、そちらのべっぴんさんはもしや」
「私はアメリアと言います。不肖ーー」
「おっと、そこまでだよアメリア。君は僕の近衛兵。それだけで充分だ」
「ふむ、まあよいが、女の扱いには気をつけた方がいいと、アドバイスをしておこうぞ。儂がかみさんと出会ってよかった事など、孫くらいなものだからのう」
「ご心配ならさずに。僕とアメリアは、そのような関係ではありませんので。しかし、他人事ではなさそうなアドバイスですね」
「気になるか。よし、ここからはサービスだぞ。まず最初にーー」
金の国と白の国。この、どちらも関わるのが面倒そうな二人は好きにさせて、司会はさっさと進行を進めていた。
「私はシンデレラ。こっちは銀の戦士、名はギンギツネ」
短い紹介を終えたのは銀の国の姫、シンデレラ。氷を操る一族である。
ギンギツネという名の銀の戦士は、「どうも」とだけ言った。そこにサクヤ姫は何かを感じたが、すぐに思考を次の国へと切り替えた。
紫の国。
この国だけは、いつも不思議だ。そもそも長が来ていない。緑の国ならいばら姫、白の国なら大賢者マーリンと言うように、当たり前にいなければならない人間がいない。しかしその代わり、戦士が2人いる。
「私の名はブルーハート。青の戦士」
「私はレッドソウル。赤の戦士」
よろしくお願いします。と、機械的に言い放つ2人の戦士。それ以降は何のセリフもなく、微妙な雰囲気の中……ついに黒の国へと順番がまわってきた。
「ふむ……私の名は木花之佐久夜。輝夜姫、の方が分かりやすいであろうな。そしてこちらがグレイ。我が国の頼もしい兵だ」
……場が、静まり返る。最初に口を開いたのは、ちゃっかりこちらの言葉を聞いていた大賢者マーリンだった。
「どうした事かのう。儂の目か耳が腐ってしまったのか……グレイと言えば、誰もが知っておるがしかし、そうーー戦士ではないのう」
戦士ではない。これは、誰もが心に思った言葉である。紹介の言葉からもそれは間違いのないはずなのだから。
だからこそサクヤ姫は微笑んだ。
「大賢者マーリン、皆の心の内を代表しての発言感謝しよう。
して、それが何か? 」
「ほほっ、豪胆豪胆。よもや世界会議の決まりを忘れた訳ではおるまい」
「もちろんだとも。だが、それを言ってしまえば紫はどうだろうな」
皆の視線が集まるが、ブルーハートとレッドソウルは、眉ひとつ動かさず冷静に答えた。
「世界会議は、国の代表が最低でも2人必要だと決められている」
「私たちは何も決まりを破っていない」
大賢者マーリンが口を挟もうとした前に、すかさずサクヤ姫が言う。
「そう、つまり黒の国も、ただの1つとして決まりを破ってなどいない。
それを……ふふっ、なんのイチャモンか知らぬが、そんなに構って欲しいのなら世界会議など放っぽり出して愛孫と戯れておればいいのに」
「かぁー……言ってくれるのう」
「いやいや、なーに。本音を言えば少々心苦しい思いをしているのは私だ。
いつか是非、我が国の戦士をお披露目したい。何しろ、自分で自分の事を天才と称するほど、面白い奴なのだよ」
再び、静寂が訪れる。だが今度のこれは、皆がサクヤ姫の心中を図ろうとしていた為だ。
どうして戦士を連れて来なかったのか? そこにいかほどの理由があるのか?
もちろん答えなど出ない。よもや誰も、黒の戦士が今頃迷宮の最上階で修行をしているなど想像すらつかないだろう。
他にも、考えなければならない事は山ほどある。お披露目したい、という言葉がただのハッタリか、それとも黒の戦士にそれほど自信があるのか……
考え出してはキリがない。こういう時こそ司会の役目。いばら姫が最後の自己紹介を終える。
「皆、自国の戦士に誇りを持っているようで何よりです。私いばら姫も、それは同じ事ですけど」
いばら姫が目配せをすると、察したグリーンライダーが大袈裟なポーズを取った。バッーーバッーーシュタッ。一挙一動が、どうも、演技くさい。
けれど見た目に惑わされてはいけない。この男? こそ、緑の戦士にして正義のヒーロー、グリーンライダーなのだ!
「私の名は、グリ〜〜ンッッ、ライダァァ! 何だ何だーこのギスギスとした雰囲気は? みんな、仲良くしよう! 今日は全ての国が一同に集まるめでたい日だから!」
バッーーバッーーシュタッ。最後は人差し指と中指だけを立ててからの……
「ピースピース、ピィースッッ!!」
……
「ありがとうグリーンライダー。貴方のおかげで、みんなの表情が柔らかくなったわ」
ーーいやいやいや。
表情が柔らかくなったかはともかく、みんなの心は1つになった瞬間。
流石である、グリーンライダー。