若さと青さとウブさ
「はい。それじゃあ、次は僕。大林洋也のおすすめの2曲目にうつりますね。」
大林は淡々と喋り、全員をちらっと見てから少し笑った。
「お前なんでちょっと笑ったんだよ」
清川瑞樹が少し吹き出しながら、大林を指差して言う。
「えーっと…巻きでいきますね」
「おい」
清川が突っ込んだところで小さなスタジオが笑いに包まれた。
「2曲めなんですけど、これは僕が…あ、僕はベース担当で、ライブの時とかはハモりもやってるんですけど」
「僕がベースやってて、一番楽しくて、かつコーラスも一番好きかなぁって思った曲ですね。」
大林は清川のことをちらっと見て、思い出したように続ける。
「もちろん、僕は瑞樹さんの作る曲全部いいと思いますけど」
「急に媚びてきたぞ」
清川は腕組みしながら楽しそうにそういった。
「あはは」
すると、再び笑いが起こる。
「この1時間のラジオ番組のセトリを作るにあたって、今回あげたテーマってものがあって」
「そうそう!」
「へぇ!そうなんですねぇ!」
「本当は瑞樹さんが言った方がってかんじだとは思いますが…ここで喋っとかないと大林いたのかって言われちゃいそうなので」
ははは…
「その、今回のテーマというのが、『若さ』なんですね。」
「若さ!といいますと!」
相槌をなんとなく打っていた女性MCがここぞとばかりに質問をしてくる。ここで食いついておかないと、high estに全部持って行かれてしまうと危惧したらしい。
「瑞樹さんね、ただ『若さ』で行こうね。としか言わなかったよね。」
「言わなかったですよねぇ」
大林と桃井で顔を見合わせてから、清川に視線を投げかける。
「うん。」
「え!そうなんですか!」
大林が清川を見つめても、清川はただニコニコしているだけだったので、俺が言うところなのか、と思いふっと息を吸い込んだ。
「はい。えっと、僕の解釈なんですけど、さっき1曲めで瑞樹さんが選んだのは、精神的な若さに関する曲だったんですね。やっぱり、インディーズの頃の曲でしたし、なんなら瑞樹さんの中でバンド組む前くらいからあった構想だったんじゃないかなと。」
そうだよね、と大林が言うと、うんうんと清川が頷いた。
「若々しいのは羨ましいことだけど、それと同時に未熟でもあるということで…僕もちょっと似た判断ではありますが…というか毎日一緒に仕事してるから清川さんに毒されてきたんだと思うんですけど」
ははは…
「毒されたってなんだよ!」
「毒されましたよねえ…清川教ですね」
桃井が頷いて、小さな声でそう言ってから清川は優しくパシンと叩き、口を開こうとしたら、大林がすごい勢いで喋り始めたので、清川は少し姿勢を正した。
「青春、という初めて僕らがバンドを組んでから主題歌を担当させていただいた曲を2番めに流す曲として選ばせていただきました。」
「正直、最近の曲が出るまでは僕らの中で1番くらいに有名な曲だったんじゃないかなと思いますね。いい意味で僕ららしくない曲なんですけど、こう、なんてかダークサイドに落ちたみたいな。」
スタジオの窓越しにスタッフがカンペを見せてきているのにMCは気がつき、腕時計を指差すようなジェスチャーをすると、清川は笑顔で
「あー、じゃあタイトルコールしますか!大林さん!ちょっと熱くなったね!」
となだめるような声で言い、
「語りだすとすごいですね!清川さんも大林さんも!」
と女性MCも続けた。
「実際一番壊れてるのは桃井なんですけどね」
「いやだから壊れてるって…」
「はい!では、2曲め、青春!聞いてください!」
〜♪
曲が流れ始め、スタジオの4人のマイクの電源がオフになった。
「すいません、少し語りすぎました。」
大林が淡々と謝罪した。
「ご自分たちの曲に対する思いが強いんだなってちゃんと伝わりましたよ!」
MCはニコニコと白い歯を見せた。
「いやー、僕も嬉しいです。基本的に作詞作曲全部僕なので、僕のこと大好きすぎますね、大林も桃井も。」
「さっき言われてた清川教ってやつですか」
女性MCの発言に清川はそれに対して苦笑いし、大林と桃井は大爆笑していた。
「あはは、割とそうかもです。僕清川さんの作る曲大好きすぎて泣いちゃいますもん。いちーち泣きますよ。」
桃井は恥ずかしげもなくそう言った。
「めっちゃ共感します。なんでこんなに俺のこと歌ってんの、みたいな。」
「女子高生のカリスマだなんて言われてますものねぇ。」
「いやー、俺女子高生なのかな。」
楽しく談笑していると、女性MCはハッとした表情で窓の外を見つめ、
「もうそろそろですね!一旦CM挟んで、またよろしくお願いしますね。」
と言い、曲が終わってから流暢な英語を披露してCMを迎えた。
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「はい、3曲めは新曲を聴いていただきまして、お次が最後ですね!」
「いやー時間が経つのが早いですね!」
清川は少し伸びをしてから、
「次が最後の曲!ということで、最後っぽいバラードを聞いていただきましょう!」
「バラードですね!さっきの明るいポップな曲とは打って変わってって感じですね。」
「実は、僕らの持ち歌はバラード系が半分くらいで結構多かったりしますけど」
「ええ!そうなんですか!」
「最近は応援ソングとかで明るめなのが多かったですからね。」
女性MCはニコニコと笑っているが、大林と桃井はまずい、と言った表情になった。
「まあ僕ら実際は失恋ソングばっかりなんで…」
いつもそう言っていたが、今はその言葉の重みが違う。清川はなんとなく心臓が締め付けられる感覚になる。
清川は少し蔑むような声色だったが、隣に座っていた桃井に膝をトントンと叩かれ、ハッとして切り替えたように口を開いた。
「ああでも!次のも失恋の歌ではあるんですが、ただ打ちのめされて終わっているものではないです!」
「失恋して、若い自分から成長していこうって歌ですよ!」
「辛いけど頑張ろうって切り替えてる歌なので、明日も仕事!辛いよぉ〜ってひとも切り替えて!頑張ってくださいという応援歌でもあるんですよ!」
「都合いいな」
「あははは」
「それじゃ、最後の曲!聞いてください!どうぞ!!」
〜♪
マイクが切れ、清川は桃井の方をちょっと見て小さい声でありがと、と言った。
桃井はキメ顔で頷き、それに対して清川は吐き捨てるようにうぜえ、と笑った。
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「お疲れ様でした。」
「いえいえ!こちらこそ!ありがとうございました。楽しかったです。」
一通りの挨拶を済ませ、high estはスタジオを後にしようとしていた。
大林があっ、と立ち止まった。
「ツイートしたいから写真撮りたかったんだけど…」
清川は今初めて知ったような表情で
「ああ、そっか」
「忘れてた」
と言った。
「いいや、次の現場で撮らせて。」
大林が残念そうに言うと、桃井は頷いて、清川はいいよ。と答える。
「次どこだったっけ。」
「六本木で22時。」
「うっわ時間ねぇ。ギリギリになっちゃうな。」
「ねえ、車出してもらえるってさ。」
「まじか、急ごうぜ」
流れるように3人は走って車に乗り込んだ。
15人は乗れそうな車に、high estの3人と運転手とマネージャー。随分と空間が余っている。
大林とマネージャーが通路を挟んで会話をしている。
清川が眠りにつこうとしたその時、
「寝かせないですよ」
と言いながら一つ前の席に桃井祝詞が腰かけてきた。
「ふぇー疲れた。」
「ふぇーとか2次の女子ですか清川さん。」
「寝かせないとか女の子に言われたい…あぁ、さっきありがと桃井。」
「清川さんダークサイドよくないですよほんと。」
「治したいとは思ってんだけどさ…」
清川はリクライニングを下げながら伸びをした。
「まあ、次は鬱な曲だな。タイアップつくといいけど。」
あはは、と笑いながら桃井は通路を挟んで隣の席に座り直した。
「で、なんですか。仕事の前に言ってた、告られたって」
「…ああ」
桃井はウキウキを隠しきれていなかったが、清川が思い出したような顔をしたのに温度差を感じて少しおとなしくなった。
「JDに告られたんよ。」
「え、いやいやいやいや」
桃井は再びノリを取り戻す。
「そんな軽い感じに言えることですか!」
「女子大生!ですよね、じょ、し、だ、い、せ、い!」
「うん、19歳」
「うっわ、しかも未成年とか!俺より10個も年下!小学校もかぶらない!犯罪だ」
「やべえよな」
桃井は清川にどこか夢うつつなのを感じ取った。
「まあ、実際告られたっていうよりは…あなたたちの音楽が好きです宣言されたってだけなんだけどね。」
「おお、まあ、ありがたいことじゃないですかね。」
桃井は少しほっとしたような表情になる。清川は相変わらず心ここに在らずといったところか。
「私じゃなきゃだめだとか、言われた。」
「なんじゃそりゃ」
「うーん…俺もよくわかんない。前さ、打ち上げで飲んだだろ?」
「って、ついこないだですよね。清川さん途中でいなくなったから、みんなで数時間は探したんですよ。大林さんに生きてるよって連絡入れてくれたからよかったものの。」
清川は前の方に座っているマネージャーや大林をちらっと見てから、小さな声でごにょごにょと喋った。
「俺全然覚えてなくてさ、どうやらその時にその女子大生と絡んだらしくてさ。その子の学生証持って帰っちゃったんだよね。」
「ええ〜」
清川は口元で人差し指を立てて、桃井に訴えかけた。
「さすがに引きますよ。清川さん幾つですかあなた。」
「30歳でーす。」
「え?しかも19でしょう?」
「うん…まあ、なんでか返しに行ったんだけど」
「返しに行ったってそれまた突飛な…」
「俺もなんでそんなことしたかわからない。」
清川は足を組み替えたり伸びをしたりしながら話を続け、
「実際会えて、なんか変な子だったんだけどさ。その子のリアクション的には俺が記憶ない日にやばいことしてないとは思うんだけど…」
「でも何もしてない保証はなくてね…変だけど優しい子っぽかったから、もしかして何か隠してるんじゃないかなぁとか…」
「自分の犯罪者予備軍的な何かが呼び起こされてるんじゃないかとか恐ろしくて…」
清川は少し自嘲するように言ったが、桃井は少し笑った。
「まあ、なんすか。100%何もなかったとは言い切れないけど、あなたhigh estの清川瑞樹じゃないですか。」
「はい、そうです。」
「こんな女々しい歌ばっかり作ってて、時々ハードボイルドな曲作っても遠回しに下ネタだったり、女々しさの代名詞みたいな清川瑞樹にはアホなパリピみたいにヤっちゃったぜ俺と今晩ヤろうぜみたいな感覚ないじゃないですか。」
「それなんだよなぁ…納得できちゃってつらい。」
「だからまあ大丈夫でしょう。申し訳ないけど、相手がいい子でよかったですね。あることないこと、通報されなくて。」
「申し訳ないけどマジでそれなんだよなぁ。」
清川は少し顔を伏せてから、思い出したように、
「あと、下ネタの歌って言ってるけど、曲の方が先にできて結構かっこよかったからハードボイルドっぽい曲にしてみようってなったの!俺なりに流行に乗って婉曲表現しただけだから!下ネタって解釈する方が下ネタなんだからな。」
軽く桃井に平手打ちを決め、
「いてっ」
「でも、俺たちの曲が好きって言ってくれた。ずっと、ずっと応援してくれていたらしい。『ステイ』の頃から、ずっと!」
清川は少し声が震えた。
「正直、見せちゃいけない舞台裏を見せてしまったと思う。俺たちは夢を売る仕事。だから、より輝きを見せる必要がある!」
桃井には清川がなんとなく嬉しそうに喋っている気がした。
「お、おお前向き」
「俺らを期待してくれてる人がいるわけだし、もっと頑張って楽器練習して、かっこいい曲作って、歌詞も洗練してかなきゃなって話。」
マシンガンのごとく言い終わると、清川はふうっと息を吐いた。
「…そうですね。頑張りましょうか。」
桃井は少し微笑む。
「じゃああと寝るから!近くなったら起こして!」
「は、はいおやすみなさい。」
桃井もリクライニングを倒す。
感情の起伏の激しい人だ。何もかも、全力で一生懸命受け止めてる。
それだけ、この前はショックが大きかったんだろうけど…泣いてたし。
テキトーで飄々としてそうだけど、ちゃんと考えているところもあって、仕事は丁寧で…
この人はだめなところもたくさんあるけど、やっぱりこの人に救われる人も多いしその分期待されているから…
やっぱりこの人のことが俺は大好きだし、この人と活動ができて光栄に思うし…
俺も同じグループとして、期待裏切らないように、恩返しできるように、全力でついていかなきゃなぁ…。