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一抹の寂しさ

「19歳の子に告白されるとか、俺もまだ捨てたもんじゃないね。」


その男の大きな右手がその女の頭を包み、まるで櫛を通すように髪を撫でていった。



その瞬間だけ、時が止まったような感覚。時の流れが遅くなる。ゆっくりと振り返って視界に入れた頃にはその男はもう、すこし遠くまで離れていて、


完全に体をそちら側に反らせた頃には彼はもうずっと遠くにいて、


私、頭撫でられた?


確かめるように自分の頭に触れ、


「あっ、あの!!!」


顔面を紅潮させながら篠山は声を上げた。


清川はちらっと後ろを見て、


「これから仕事。」


と言って、また歩き出したが、少しして立ち止まり、


「19時!」


また振り返りつつ、


「19時にFM!聴けよ!」


と通りの良い声で言ってちょっと手をひらひらさせて、離れていった。


「あっ…」


(声かけなきゃ…)


篠山えりかはそう思って息を吸い込んだが、どうして声をかけて立ち止まらせる必要があるのだろう?


清川瑞樹をここにとどまらせる理由?


とどまらせて、どうしたいのか。


(何やってるんだわたし…)


「はぁ…」


サインくらい貰えば良かったなぁ…


なーんて、この状況でそんなの無理に決まってるんだけど…


不意に、『告白されるとか俺も捨てたもんじゃない』が脳内再生された。


なんとも言えない気持ちになる。


告白なんかじゃないって…………


そうじゃないって…………


語彙が少なすぎて、日本語が下手くそすぎて、


「ぁあ〜もう!」


落ち着け!


ほんの数分の出来事だったというのに、頭の中がごちゃごちゃだ。


篠山は手元をちらっと見る。


学生証。


わざわざ返していただけたことだし、ありがたくレポート作りに行くかな…


篠山えりかはもう一度、図書館に行くことにした。



-------------------



清川瑞樹はバスに乗り込んでいた。


バスを使わないと辿り着けない、はちゃめちゃな場所に存在する大学を後にし、電車に1時間ほど乗り継いで仕事へ向かおうとしていた。


(なーにやってんだ俺)


頬杖をつきながら窓の外を眺める。


学生証持って、会えるかどうかもわかんない女子大生探して、見つけたから良かったものの、あんなたぶらかすみたいな真似して…


(ファン食っちまうバンドマンみたいじゃん)


いや、でも実際それに近いことしようとしてたのか…あの子ファンみたいだったし。


あの女子大生の外れたイヤホンから微妙に流れていた、自分がインディーズの頃の曲を聞き逃すわけがなかった。


あれ聞いてるとか。絶対俺らのこと好きだろ…


ちょっと嬉しかったかもしれない。


清川が少しニヤニヤしてると、走り抜ける道がガタガタで、バスが揺れ頬杖をついていた顔が滑り落ちた。


「っぶね…」


ポケットの中でスマートフォンが震えた。


震えが止まらないので、清川瑞樹はポケットからスマートフォンを取り出した。


電話か。


バスの中ということもあって、拒否をした。


それと同時に、SNSのチャットを開く。


『ごめん』


『でんわでられない』


『いま、ばすんなかだわ』


送信。


画面には桃井祝詞と映し出されている。


『了解です』と、返事。


『どこにいるんですか?』


語尾にはいちいち絵文字がついている。


『JDにこくはくされてきたwwwww』送信。


『は?意味わかんないんですけどwwwww』


『後で詳しくですね』


『もうすぐつくので先いますよ』


相手は相当文字を打つのがはやいらしく、恐ろしい速度で返事が送られてくる。


『おけ』送信。


画面を切り、ポケットにスマートフォンをしまいこむ。


告白かあ………


少し体が冷たくなる気がした。


今は目の前の仕事に集中だ。


早いところ新しい曲作って発売して、できれば何かとタイアップできたらいいけど。仕事しまくって、早いところ忘れたい。


脳裏に女性の顔がちらついた。


忘れろ、忘れろ。


終わった恋。


今でも涙が出そうになる。


『わたしがhigh estが好きで、清川さんが好きで、だからなのかもしれないけど、どうしても目が離せなくて、私じゃなきゃダメな気がして』


ふと、さっきの言葉を思い出した。


まあ、あくまでもファン宣言。


でも、好きって言われたのはちょっと…


再びバスが激しく揺れた。


清川は思わずカバンを抱きしめた。


(私じゃなきゃだめって…ダメ男に引っかかりそうな典型的な発言だよなぁ。いい意味で健気。悪い意味でヒモ。)


『清川さんが好きで…』


好きって言われたのいつぶりだろう。


ふと、我にかえり、思わず感情を抑え込んだ。


(あんなクソ真面目に答えてくれたのに俺はセックスセックス何言って…)


何があったのか本当に覚えていないが、俺自身があの子に何もしていない可能性はゼロじゃないし、あの子だったらきっと、強く言われたら断れないような気もする。


(もう酒2度と飲まない…)


軽く後悔した。


(学生証の顔写真見て、どんな子が出てくるかと思ったけど…)


(変だけどいい子そうだったな。)


流行り廃りタイアップ関係なく、ああいう子もちゃんとhigh estの曲を聴いていてくれるんだ。俺もつまらないこと考えてないで音楽やらねーとな…


もう2度と会うことはないだろう。


ひどいことをしたかもしれない。


でも、あの子はきっと俺を見続けてくれる。


俺はより一層輝かなければならない。

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